サプリメント
そこでは小さなマーケットが催されて、時折笑い声の混じった人々の声が広場に響いていた。道端にはそれなりに人の往来はあった。ともすればごく当たり前にある小さな街の風景だが、抉れた道路や、石壁には蜂の巣のような穴が散在していた。
日常の風景が一瞬ののちに非日常へと変化する場所なのだと、それらが戒めているかのようだった。
ぽつりぽつりとサガが紡ぎだす記憶の糸を辿りながら、街のあちこちを用心深く歩く。胡乱げに見る街人の視線。サガはこともなげに微笑み、親しげに声をかけては見事に懐柔させていた。元々生まれ育った場所だからなのか、それとも持って生まれた資質なのだろうかと、妙に納得する自分があった。
「……ここら当たりだな」
「家族と別れた場所かね」
「ああ。あそこから、こっちに向かって……養父を迎えに車が来た。銃弾が雨のように降り注いでいた。そう……私は母の手に引かれて、弟は父の手に引かれていた。身を隠しながら少しずつ、距離を縮めて。一瞬の隙……銃弾の雨が止んだその瞬間、避難しようと車に駆け込む養父に向かって母は私の手を放した。咄嗟のことに驚きながらも、私を受け止めてくれた養父の顔がはっきりと『見える』。そして養父はそのまま私を抱えて車に乗り込んだ。次の瞬間……」
「サガ」
「そこに……母がいた。父と弟も。もう一台、車があった。そこに駆け込もうとしていた他の要人も……」
半分以上崩れ落ちた建物の門。かろうじて「大使館」とだけ残っていて、読み取ることができた。その前にある石畳は大きな衝撃を受けたあとのように、抉り取られたままとなっていた。そこを刺すようにサガはじっと見つめていた。彼の中で過去の時間が、現在として今、まざまざと在るのだろう。
「……生きているわけはない、だろうな。母も父も弟も。でも何故だろう。生きていると信じていた。でも、今日、やっと……この状態を目の前にして踏ん切りがついたよ」
「そうかね……」
「政治家を目指すにしても、うまく演じられるほうが、何かと都合がいいとの役者稼業だと思ってやっていたが。本当は多くの人に目につきたかったのだろうな。無駄に華を添えるような行動を取ってしてみたのも……まったく馬鹿馬鹿しいことをしてきたと思うが。それとは思わずに、私はもうこの世にはいない家族との繋がりが欲しくて、彼らといつか会えることを信じて……探していたんだろう」
どこかサガは他人ごとのように話しながら、私へと向き直った。
「彼らの最後の瞬間を見たのかね?」
「……凄まじい衝撃と砂埃。走り出した車。それ以上の記憶はない。でも、十分だろう?」
「そう、だな」
慰めの言葉が浮かんでこなかった。なんと声をかければいいのかも、わからなかった。そんな折、怒鳴るようにかけられた、同行者の空気の読まない「腹が減った、そろそろ食事休憩にするぞ」という声に私たちは救われた気がした。
微妙な空気を醸し出す二人を余所に、同行者たちが空腹を満たそうと選んだ露店で手にした、あまり美味しいとはいえない食べ物を口にしながら、形ばかりの椅子の様を呈す木箱で各々腰を落ち着かせていた。
食み出た汁が指につき、ベタつくのが少々不快だったのと、大事な商売道具に不備を来したくはなかった私が、彼らから離れて子供たちが屯している水道を拝借していた時だった。
ちょうどサガたちが休憩を取っている場所と中間あたりの距離に位置する場所に、後ろのあいた貨物車が割って入るように止まった。8人ほどの男たち。顔を隠すように布をぐるぐると皆、巻きつけていた。
彼らが手にしているものが何かと認識した瞬間、私は目の前にいた数人の子供を小脇に抱えて脇道へと飛び退いた。
次の瞬間。
広場を引き裂くような破裂音と怒号、悲鳴があたり一帯を覆い尽くした。