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ココアとホストとハンカチと。

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『あの…話を、聞いてもらってもいいですか?』

「えぇ、もちろん。」



私が口を開くまで、そ~まさんはただ黙って待っていてくれた。
優しくて穏やかな相槌に、ぽつりぽつりと胸の内を零していく。
話しているうちにまた涙が込み上げてきて、膝の上でぎゅっと握った拳を濡らした。



『なんで…でしょうね。
 彼が好きで、彼と結婚して、幸せになりたくて、
 そのために仕事だって辛くても頑張ったのに、
 なんで…好きな人と幸せな誕生日って、思ってたのに…なんでっ…』

「………誕生日?」

『え…あ、はい。
 一緒に過ごしてくれる人、もういなくなっちゃいましたけど…』

「いつです?」



それまではずっと落ち着いていたそ〜まさんが、
前のめりになる勢いで訪ねてくる。
その勢いに驚きつつも、またぽつりと呟く。



『明日…あ、もう日付も変わってるから、今日、ですかね。
 誕生日前日にフラれるなんて、本当…バカみたい………』



そう言って俯く私の横を、そ〜まさんがすり抜けていく。
こんな女の失恋話になんて、いい加減うんざりしてしまったんだろうか。
いくら優しい人でも、初対面の女のこんな話、聞いてて面白くもないだろう。

どんどん自己嫌悪の波の中に沈んでいく。
じっと耐えて暫く待っていたけれど、そ〜まさんは戻ってこなかった。
愛想を尽かされてしまったんだろう。

優しさに甘すぎてしまった自分が情けなくなりながら、
居たたまれなくなって席を立とうとすると
パタパタと慌てて走ってくる足音が聞こえてきた。

それも、複数。



「すみません、お待たせしました。」



顔を上げると、そこにはそ~まさんと、
何人かの他のホストの人たちの姿が見えた。
みんな、何故か嬉しそうにグラスを持っている。

訳が分からずに見上げていると、
最初にココアをくれたウェイターさんからグラスを渡された。



「ジンジャーエールです。平気ですか?」

『え、あ、はい………』



グラスを受け取ると、パッとお店の照明が落ちた。
突然の出来事に事態が飲みこめないでいると
どこからともなくロウソクの灯されたケーキが出てきた。



「せーの!」



そ〜まさんの掛け声で、店内にホストの人たちの歌声が響く。
初めて会った、顔も名前も知らないはずの人たちが、
笑顔を浮かべて私の誕生日を祝ってくれていた。



誕生日は幸せな日なんて、誰が決めたんだろう。

誕生日はおめでたい日なんて、何で信じてたんだろう。



数時間前までそう思っていた私のために、
最悪の誕生日だと思っていた私のために、
見ず知らずの私のために、おめでとうと言ってくれていた。

ホストの人たちだけじゃない。
お店にいた他のお客さんたちからも、
おめでとうの声と拍手が聞こえて来ていた。

信じられない気持ちでケーキの上で揺れるロウソクを見つめていると、
だんだんとその視界がぼやけてくるのがわかった。



『あ…れ………』

「あ、オーナーが泣かせた。」

「いーっけないんだーいっけないんだー」

「おっ、おいお前たち…!!
 あああほら、これで涙を拭いて。乾杯して、火を消さないと。
 せっかくの誕生日なんです。素敵な笑顔を見せてください。」



鼻をすすりながら、貸してもらったハンカチを受け取って涙を拭いた。
気を抜くと涙腺が緩みそうになるのを必死に耐えて、笑顔を作る。
きっと不細工な笑顔だったと思うけど、そ~まさんは満足そうに頷いてくれた。

ロウソクを吹き消すとわっと歓声が上がって、
拍手とともに照明が灯された。



「姫の誕生日を祝して!乾杯ー!!」



あちこちで、ガラス同士のぶつかる音がする。
何人ものホストの人たちが代わる代わる私の前に現れて、
グラスを合わせて「おめでとうございます」と言って去っていく。
ほんの数時間前までは、信じられなかった光景だった。



「はい、どうぞ」



いつの間にカットしたのか、
ウェイターさんが私の前にケーキを差し出してくれる。



『………いいんですか?』



困ってそ~まさんとウェイターさんを交互に見やると、
何だか意味ありげな表情で視線を交わした後に
にっこりと笑って黙ったままウェイターさんは去って行った。

お言葉に甘えて一口頬張ってみると、
ふわふわとしたスポンジの食感と
甘すぎないクリームとの相性が絶妙で、
すごく心が温かくなる味だった。

ふと視線を感じて顔を上げると、
そ~まさんが嬉しそうに私のことを見ていた。



『あの………?』



不思議に思って見つめ返すと、優しい笑顔が返ってくる。



「よかった。やっぱりあなたには、笑顔の方が似合いますね。」



照れもせずに伝えられた言葉に、思わず顔が熱くなる。
ホストの常套句なのかもしれないけれど、
生憎私はそんな褒め言葉に耐性なんて持ち合わせていない。

そもそもそ~まさんが見たのは泣きそうなのを
必死にこらえた笑顔であって決して見られたものじゃないはずなのに、
ということはやっぱりただのお世辞なんだろうか。



「あ、お世辞じゃありませんよ?
 少し前まで悲しみの底にいたはずのあなたが、
 無理矢理でも僕たちに笑顔を向けようとしてくれた。
 僕たちに応えようとしてくれた。
 それが、とても素敵だと思ったんです。」



術中にはまっているのかもしれない、と思いながらも、
嬉しいと思う気持ちを抑えられなかった。

ついさっきまで失恋したと言って大泣きしていたのに
我ながら現金だなと思ったけれど、
気持ちを引き上げてくれたのは、間違いなく目の前のこの人だ。



「誕生日が、哀しい思い出だけに染まってしまうなんて勿体ないです。
 誕生日は、その人が生まれて来てくれた日というだけで特別なんですから。
 あなたが生まれて来なかったら、こうして、今日出会うこともなかったんです。」



ホストにハマる女の人の気持ち、というのがわかってしまったかもしれない。
こんな風に優しくされたら、嘘かもしれないとわかっていても信じたくなる。
とても、優しい時間だった。