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ありえねぇ 6話目 前編

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 門田と渡草に取り押さえられ、いまだに暴れている女に全力で駆け寄り、腹を一発蹴りつけてから、俯く女の長い黒髪を、てっぺんから鷲掴み、顔を上げさせる。

 泣いて化粧の剥がれた彼女は、憎憎しげに紀田を睨みつけた。

「……あんた、私の弟に……、誠司に何をしたの!! 誠司が……、誠司が私を蹴るなんて……。嘘よ……、嘘よぉぉぉぉぉ!!」

 この期に及んでコレか?
 口元が引きつり、思いっきり波江の横っ面を平手で張り飛ばす。
 女だから自制して、拳では殴らずにはいたけれど、手加減なんてできなかった。


「そういう手前は俺の帝人に何してくれた? ええ? お前が殺したかったのは、憎んでるのはあっちの張間美香だろう。なのに何で、何で俺の帝人を!! 殺るならあの女だけにしやがれ!!」
「できる訳ないでしょ!! そんな事したら、私が誠司に嫌われる!!」
「だからって、帝人に八つ当たりやがって!! お前のせいで、帝人はまだ意識が戻らねぇ!! もう死ぬまで起きねえかもしれないんだぞ!! 判ってんのか!!」
「ああ誠司……、誠司誠司誠司誠司……誠司誠司誠司誠司ぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 口の中が切れたのか、彼女の戦慄く口の端から血が滴り落ちる。それでも唱えるのは延々、恋しい弟の名ばかりと来た。
 押さえつけている渡草と門田だってドン引きだろう。

「ブラコン?……これも一種の痴情の縺れか?」
「世の中には、色んな性癖を持つ者がいるからな。はぁ、俺には理解できないが」

「紀田っち、それでこの女どうするの? 警察に突き出す?」

 狩沢が女を見下す目は、侮蔑に満ちていた。
 BLラブな彼女は、最早完全に正臣の味方らしい。

「嫌、ヤバイだろ。こんな過剰に痛めつけちまってんだ。下手したら紀田がパクられる」
そこにオズオズと遊馬崎が手を挙げる。

「俺、少し見てましたけど、その女を散々蹴ってたのって、そっちの弟含んだカップル二人ですよ」
「ええ、俺が殴ったのは、さっきの腹への蹴りと今の平手だけです」

 だから警察に突き出したとて、怪我は過剰な姉弟喧嘩と見なされる筈。其処まできちんと計算していたから、敢えて矢霧誠司と張間美香にやらせたのだ。

「でも、まだこいつは警察に突き出す訳にはいかないんです。俺にはもう一人、帝人と俺にとって、掛け替えのない大切な親友を、……嫌、家族を、探し出さなきゃならないんです」

 ヤンキー座りになり、波江の目線に合わせると、ポケットから携帯を取り出しぴっと開く。

 昨夜、赤林からメールで、ダラーズのとある掲示板教えてもらった。
 アクセスしてみて知った。
 失踪を決めた杏里が、最後に会っていたのはあいつらしい。
 辿れるモンは一つだって逃したくない。

 画面に、来良の制服を着た何時もの三人のメンバーが、楽しくじゃれあいながらアイスを齧っている写メを選んで映し出す。
 波江に見えるように突きつけ、真ん中のおかっぱ頭の眼鏡少女を指差した。

「この女の子が、杏里が、失踪する直前の最後の目撃情報だとさ、新宿の公園で折原臨也相手に日本刀振り回してたって。俺は正直、臨也がこの子に何かしたんじゃねーかって疑っている。で、あんたは臨也の秘書だ。何か知らねーか?」


「誠司……、誠司誠司誠司誠司……誠司誠司誠司誠司……」

 相変わらず、延々愛しい男の名を繰り返す彼女に、もう辟易だ。
 けれど、あの新宿の情報屋の側に侍り、公然と監視できるのもこの女だけ。
 絶対逃す訳にはいかない駒だ。

 右の中指のシルバーリングをくるりと回し、5ミリだけ針を出す。
 そして、ピタリと彼女の横首に手の平をあてがう。
 門田達の目には、単に正臣が波江の顔を上げさせてるだけにしか見えていないだろう。
 今後の協力を仰ぐのに、今、彼の秘密を知られるのは拙い。
 でも杏里が消えてもう10日以上も過ぎている。
 形振り構ってられるか!! バレた時はその時だ!!

「なあ、あんた……、これから俺のスパイ、やってくれるよね?」

 中指を軽くとんっと動かし、針をちくっと首に刺す。
 瞬間。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 獣が断末魔の咆哮をあげるかの様に、狂ったように叫び続ける。
 そんな波江の狂態に、ぎょっとして門田達は手を離した。

「何なんだ急に!!」
「この女、ヤバイ薬でもキめてんのかよ!! …………がぁはっ!!」

 渡草がバイクの前輪に跳ね飛ばされて吹っ飛んだ。
 続けて門田も、黒い大鎌の柄で腰からなぎ払われて、転がる。

 叫び声をあげたまま、地べたでゴロゴロ悶え苦しむ波江を背後に庇い、大鎌を手にしてバイクに跨るのは、池袋の伝説、首無しライダーだった。