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ありえねぇ 6話目 前編

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 兄や自分にとって、小学生時代からの知り合い……、岸谷新羅の父親だけあり、とても変わった趣味の男だった。
『東京の空気は汚いから』と、絶対ガスマスクを外さない姿に一抹の不安も横切ったが、相手が変すぎると逆にこっちも理性を取り戻すのか、親の診察は迅速に行われた。

『ノイローゼと鬱、あとパニック症候だな。大自然での療養をお勧めする』
 
 医師の診察を考慮し、両親の希望を聞き入れた結果、取材の旨みなんかない、半径10キロは殆ど誰も居ない山奥に小さな山小屋を建てた。
 今では日がな一日趣味の下手な焼き物を作りながら、幽の仕送りで穏やかな生活してもう二度と東京に戻る気はないようだ。
 兄も、『スター街道を進む弟に迷惑はかけられない』と遠慮し、同じ池袋に住んでいながら、電話で極たまに会話はするけど、年に1、2回会えればいいと言うぐらい疎遠になった。
 折原臨也をぶっ殺してトムさんへの義理を果たし終えたら、ゆくゆくは、父母の所に合流し、林業従事者になるつもりらしい。

 ねぇ、何所で間違ったの?
 俺はただ、昔みたいに家族4人で仲良く一緒に暮らしたかったのに。
 
 兄さんだって両親だって、皆心優しい人達で、それぞれがそれぞれの家族を思いやって大切に思っていたって、判っている。判っているけど。


 俺、我慢したじゃない。
 我侭言わなかったじゃない。
 兄さんに殴られた奴が仕返しに来たって、クラス中に無視や嫌がらせされたって、何されたって頑張った。皆と一緒に暮らしたかったから、俺なりに一生懸命やってきたのに。

 何で俺達、一家離散してるの!!


★☆★☆★

「……馬鹿野郎……!!」

 悪態を吐露した瞬間、全身総毛だった。
 知らなかった。
 自分の中に、こんなにもどす黒い怒りが燻っていたなんて。

 奥歯を食いしばり、ぎゅっとハンドルを握る手に力が篭る。
 頑張ったのに、全く報われなかった落胆と絶望、それが胸の奥を焦がす。
 もう何年も前の話なのに、なんで今この瞬間、胸が痛くて苦しいのだろう。

 悔しい悔しい悔しい悔しい。凄く悔しい!!
 どうにもならなかった。親や兄が決めた事に、幽自身だって引き止めなかった。

 いいや違う。
 幽の意志なんてそもそも、誰も省みなかったではないか。
『お前はどうしたい?』なんて、今まで親や兄に聞かれた事などあっただろうか?

 嫌、無い。
 皆無だ。

 ふと気がつけば、フロントガラスの向こう側がぼんやり霞んでいる事に気がついた。
 日が沈み暗くなった空と裏腹に、輝く街の光が何故か滲む。
 信号も、行きかう車のヘッドライトやテールランプ、ビルや店舗の照明すら目映くて。
 と同時に、頬に何か熱い雫が伝わる気配に身が強張った。

「……あ、あれ?……」

 驚きのまま、ゆうるりとほっぺに手を当てる。
 拭った指先を見下ろせば、それは間違いなく涙の雫だった。

「……はは…………、あはははははははは…………。なんだ俺、日常でも泣けたんだ……」

 自分自身が信じられなかった。
 この自分が、哀しんでいるなんて。

 家族にとって、自分は透明人間だったと気がついて嘆くなんて。
 心が痛い。
 何で急に感情が戻ってきた? 変だ、今日の自分。

「ははははははは………、あはははははははははは……」
 涙を流しながら笑っている、そんな自分自身が不思議でならない。

「俺、おかしいのかな? それとも、これが『普通』って事なのか? 俺、一体どうしちゃったんだ?」


 さっきも、飼い猫を物扱いされ、営業マンを怒鳴りつけた。他人を怒る事ができた。
 昨日は兄からの電話で笑ったし、今はこうして、過去の痛い記憶を思い出して傷つき、あの時泣けなかった分、涙を流している。
 何故、急に?
 
 そんなの、答えは判ってるじゃないか。

「……ミカドだ。ミカド……、君のお陰で、俺は気がつけた……」

 ずっと寂しかったんだって。
 生きてきて20年、兄にずっと寄り添って来た自分には、兄の友人は殆ど網羅していたが、兄繋がりでない知人には恵まれなかった。

 近寄って来るのは兄に恨みを持つものか、静雄が壊した人や物の諸々の弁済を迫る者達で、学校でもクラスメイトには遠巻きにされ、先生は腫れ物を触るように基本無視。
 学生生活でも孤独だった。
 しかも芸能界関係なんて論外で、相手はライバルだし、会社の人間だって所詮仕事上の付き合いで、今だ心許せる幽個人の友なんて一人もいない。
 自己を犠牲にしても守れなかった家族は、幽の側から消えている。


 俳優という職についたのは、役を通じて『愛』を学ぶ為とかほざいていたけど、違う。
 どう生きればいいか判らなかったから、手当たり次第役を引き受けて、擬似人生を送っていただけ。
 なんと空しい自己満足だ。
 でも、もう演じなくても良いかもしれない。


「……だって俺はもう、『愛情』を知っている。俺が気にかけたら、それ以上見返りがある。そんな愛してくれる存在をやっと手に入れたんだ……」


 今朝だって起きた時、キッチンから良い匂いがして。
 ひょいと覗けば、足元に纏わりつき餌を強請る独尊丸と戦いつつ、楽しげに幽のためだけに料理する首無し幽霊がいた。
 家の中に、心許せる誰かがいるあの安心感。
 それも、彼は今の所、幽だけしか見えないのだ。
 しかもあの孤独な幽霊は、幽としか意思疎通ができない。

 彼は、今後も自分から幽の元を離れていかない筈。
 幽が『消えろ』と言わない限り、必死で彼の元に戻って来ようと頑張る筈。
 裏切らないどころか、自分が手を差し伸べてやらなければ存在自体が誰にも認められない儚い生命。
 
 彼は今後も、彼が普通に接するだけで、必死になって幽に尽くすだろう。
 今日こっそり忍ばせたドーナツの差し入れのように。
 幽が喜ぶような事を、無い頭で健気に真摯に考えて。
 ああ、なんという優越感!!

(彼は俺のだ!! 手放してたまるか!! ミカド、ミカド!! 俺が絶対に見つけてやるからな!!)

 幽は己が歪んだ自覚が無いまま、決意も新たに益々アクセルペダルを深く踏み込んだ。