ありえねぇ 6話目 前編
3.
その頃、セルティは混乱していた。
(一体、何がどうなっているんだ!?)
影でできた大鎌の柄を両手で持ちつつ、背に庇った矢霧波江をちらりと見る。
彼女はつい先程、臨也のマンションで会ったばかり。
なのに何でこんな所にいる?
多分、今この場では、まともな判断ができる者など一人もいないだろう。
波江は今、断末魔と呼ぶに相応しい叫び声をあげ、尚且つまるでいつかセルティが見た映画のワンシーンのように、己の背についた火を消すみたく、激しく地面で転がりまくっている。
これは一体何なんだ?
傷口に劇薬でも塗られたのか?
それとも単なるパニック? ヒステリー?
彼女の事はあまり良く知らないし、今後も特別知りたいとも思わない。
セルティの認識では、流石折原臨也に雇われるだけあり、切り裂き魔事件前には人を使って身元不明扱いできそうな家出少女や不法入国者を大量に攫い、平然と人体実験をしていた【外道】というぐらいか。
この女が、この場に集う黄巾賊に何をしでかしたかは知らない。
人からの恨みも大量に買い捲りだろうし、人体実験をやられた仲間や身内がいた場合、復讐で殴りたくなる気持ちも判る。
けれど、例え性格に難があったとしても、一応生物学的には女。
彼女一人を少年青年達が入り混じって集団暴行など、常識がある大人なら見過ごせる訳がない。
まぁ自分は妖精だけど。
(乗せて新羅の所へいくしかないか。はぁ、また厄介事か)
臨也側の人間だってだけで、マリアナ海溝より深いマイナスポイントだ。助けるのも億劫だが仕方が無い。早く用事を全部済ませて、可愛い帝人の首を捜しに行きたいのに、思い通りにいかなすぎて、ますますイラつく。
「黒バイク、何で?」
突然現れた自分に、皆驚いている。
特に青年4人組。
彼らは、確か静雄の友人で、自分が己の首を捜しまくっていた半年以上前、帝人の呼びかけに答えて張間美香を連れてきてくれたグループだ。
4人でつるんでいるのを見かけた事もあるし、楽しそうで好ましい印象しかなかった。 なのになんでこんなリンチに加担しているんだ?
正直、失望だ。
「その女を渡せ、黒バイク」
黄巾賊を背後に従え、中心で声を放ったのは、いつも帝人や杏里と一緒にいた、あの陽気な少年だ。
個人的に話した事はない。
けれど、確か帝人の親友で杏里を取り合っていた三角関係の一角で、世話焼きでムードメーカーで二人の頼れるお父さんポジションだと聞いていたのに。
紀田正臣の琥珀の瞳が、憎々しげに歪む。
「渡せって、言ってるだろう!!」
(落ち着け、私は敵じゃないんだ)
こういう時、声が出せぬ身が恨めしい。
手首を振り、影の中から何時ものPDAを取り出す。
だが入力を試みる前に、激哮した少年の手が伸び、小気味いい乾いた音と同時に払いのけられた。
何か変なものを取り出したと勘違いされたらしい。
「黙ってねぇで、なんとか言いやがれ!!」
そんないきり立たれても、こっちが困る。
(こっちはPDAがなければ、会話が成り立たないんだぞ)
「だんまり決め込んでねぇで、何とか言え!! お前がしゃべれるのは判ってる!!」
(はぁ!?)
ヘルメットが落ちないように気をつかいつつ、ぶんぶん首を激しく振るが。
「とぼけんな。てめぇダラーズの初集会の時、ビルのてっぺんからバイクで降りて来た時、『吹っ切れた』だの、『私には首がない』だの『それが何だというんだ』とか、色々派手に絶叫してたじゃねーか!!」
(それ違うし!! 嫌、違くないけど、あれ同調思念だから一種のテレパシーみたいなものだし。私だってあの時、自分でどうやったかなんて知らないし!!)
無い頭を抱えたくなった
門田達を頼ろうにも、初っ端に大鎌の柄でなぎ払って倒してしまった為、警戒バリバリのはりねずみみたく、こっちをギラギラ睨んできているし。
切羽詰っていたから使った暴力だったが、庇った相手は外道な波江。
知らなかったとは言え、報われないしついてない。
バイクで割り込むだけにしておけば良かったと、今更後悔したって遅い。
静雄がここに居れば、きっと取り成してくれただろうが、セルティ単品でお願いできたとしても、雰囲気から橋渡しをして貰えそうも無い。
【自分は話せないんだ】と。
そんなたった一言を伝える事ができたなら、色んな誤解も済し崩しで解けていきそうなのに、意思疎通ができないのが、なんてもどかしい。
だが、このまま突っ立っていても、永遠に平行線だ。
仕方無く、とぐろを巻く己の影の中から一本使い、2メートル先に弾き飛ばされたPDAを取ろうと長く伸ばす。だが、少年の方が素早かった。
運動靴の踵に鉛でも仕込んでいるのだろう。小さな機械は勢い良く踏まれた途端、メキッと硬い金属音が鳴り、一撃でパネルが割れ細かい部品も飛び散った。
一瞬、セルティは唖然と立ちすくみ、我に返って総毛立つ。
(あああああああ!! 新羅がくれた大切なPDAだったのに!!)
いくら帝人や杏里の親友でも、今勘違いしていたとしてもだ。
人間、やっていい事と悪い事がある。
新羅の愛情を、砕くなんて許せない!! 絶対に!!
(貴様!! 謝れ!!)
セルティの感情に呼応した影が、更に激しくうねうねと渦を巻いて紀田の足元から蠢きながら上に向かい、彼を捕えにかかる。
が、紀田も臨戦態勢だ。
彼は一般人のようにトグロを巻く影に怯える事も無く、あっという間にセルティとの間合いを詰め、大きく振りかぶって拳で殴りかかる。
(うわぁ!! って!!)
大鎌の柄で防戦しようにも、紀田のスピードには敵わない。
蠢く影の触手を潜り抜け、バネのように飛び上がると、顔面のど真ん中を殴りつけてくる。
が、所詮中身の無いヘルメットは軽い。
今度はネコ耳の黄色いヘルメットまでが弾き飛ばされ、セルティの首から上がない異様な姿を晒す事になってしまった。
けれど皆、何故かどよめかない。
首の無い姿にも、怯みもしない。
静雄の友人達はダラーズの初集会の時現場にいた。だから驚かないのは判る。
だが、黄巾賊の好奇心旺盛な10代の子供達が、揃いも揃って全員無反応なんて、ありえない。
(何だこいつら? 妙だ)
だが、話は全て後!!
PDAの件はムカつくし、今でも腸が煮えくり返っているけれど、セルティは空気が読めないKYではなかった。
紀田の猛攻撃を大鎌でいなしつつ、影の触手を伸ばしてネコ耳ヘルメットと波江の体をくるりと巻き、持ち上げ手繰り寄せ、とっととバイクを起動させる。
「逃すか!! お前達、波江をとっ捕まえろ!!」
紀田の号令が飛んだ途端、今まで微動だにしなかった少年達まで、一斉に飛び掛ってくる。
再び、巨大な鎌を振り上げて、四方八方群がる彼らの胴を薙ぎ払うが、吹っ飛ばされても突き飛ばされても、奴らは全然怯みもしない。
(拙い、多勢すぎる)
人の気も知らず、今だ悲鳴を上げつつ己が身だけを抱え、身悶えている波江に殺意すら沸きそうだ。
作品名:ありえねぇ 6話目 前編 作家名:みかる