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紅月の涙

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不安を気取られない様に表情に出してはいないつもりだったけれど、アッシュも同じ事を考えていたのだろう。
僕とは対照的に不安を押し隠そうともせず表情に出しながら、足に根が生えてしまったかの様になかなか動こうとしなかった。
いやそりゃ僕だって正直ユーリを止める以前に生き残れるのかも確かに不安だけどサ、それでも迷ってる暇はないんだってば、バカ犬。

「スマ、やっぱり俺が…」

「ダ~メ。僕、キミみたいに早く走れないもん。モタモタしてる間にアッス君がユーリちゃん逃がしちゃうかもしれないでショ」

「それは、…。…アンタの事だからユーリが殺す事はまずないと思いますけど…死なないで下さいよ」

「ア~ララ~?アッス君が僕の心配してくれるなんてどんな風の吹き回し?」

「スマ!俺は真剣に…」

「ホーラ、急ぐんでショ?僕の事は大丈夫だから、さっさと行ってさっさと帰って来てよネ~、僕が死んじゃう前にサ」

言葉を濁しながらも僕を気遣うアッシュに対し、いつもと変わらないおどけた調子でやり取りをしながら背中を押してやると、彼は一度此方を振り返って何か言いたげな表情をしたけれど―――少しでも早く帰って来ようと考えてくれているのか、すぐに外へと飛び出していった。
アッシュの姿が完全に見えなくなると、まるでそれを見計らったかの様にユーリの気配が地下室から近付いてくる。
地下室で過ごした事で頭が冷えたのだろうか、先程の様な激しい殺意は感じられない。
しかし代わりに背筋を凍らせる様な静かな殺意が近付いてくる。その大きさは計り知れず、恐ろしい程にゆっくりと、一歩一歩確実に僕への距離を縮めてくる。
自然と滲み出した冷や汗に、ユーリの恐ろしさを思い知らされる。彼は夜を統べる吸血鬼―――僕等には到底及ばない、唯一無二の圧倒的な存在だったのだと。
果たしてこれ程までに時間が経つのを遅く感じた事があっただろうか。

―――腹、括るっきゃないよねェ…

唇を湿らせて警戒心を強めながら、僕は存在を消して空気と同化した。
吸血鬼や人狼とは違って、本来戦闘能力のない透明人間には飛び抜けた能力がコレ以外にはない。
僕は隊術と包帯でそれを補いながらこの能力術をそれなりに極めているから、並みの能力のヤツには存在すら気取られずに仕留める自信がある。
尤も、極限状態まで力を引き出しているユーリには通用しないだろうけど、何もしないよりはマシだろう。
あと僕に出来る事は隙を突いて包帯で拘束するくらいだろうか。
計り知れない戦闘能力を誇る彼に太刀打ち出来る術が見つからず、上手く戦術を練る事が出来ない。
そうこうしている内に、僕と彼を隔てていた想い鉄の扉がゆっくりと鈍い音を立てて開く。
刹那、射殺す様な視線が突き刺さり僕は姿を消していた事すら忘れて息を呑む。
加えて予想の範疇を凌駕する光景に、彼の名前が音となって唇から自然と零れ落ちた。

「ユーリ、」

彼の手には銃が一丁と短剣が一本。一瞬コートの隙間から覗いた煌く存在から、その中にも無数の短剣が隠されている事が分かった。
彼は何時の間にこんなに武器を持っていたというのだろうか?
元々地下室にあったものなのだろうか、それとも水面下で彼が密かに集めて地下室に隠していたのか…
どちらにせよ夥しい数の武器だ。それに今はそんな事を考えている場合ではない。

「…スマイル」

僕が警戒心を強めたのに対し、突如としてユーリは首を緩く傾げたかと思うと、端正な顔付きを歪めて悲しげな表情で僕を見つめてくる。
本当に悲しげなものだ。その痛ましい表情に、殺意を向けられているにも関わらず心がちくりと痛む。
彼は純粋に僕に対して疑問を抱いているのだ。何故立ちはだかるのかと…
手に在るものとその身に瞳に纏った夥しい殺意を除けば、いつも通りの彼なのではないかと錯覚するほどにユーリは理性を取り戻し落ち着いていた。
それはつまり、冷静に判断した上でシャディへの憎悪と殺意は揺らがないという事を証明している。

「何故私の邪魔をする」

表情に相反せずゆっくりと悲しげに紡がれた発言からして、どうやら僕の予想は的中したらしい。僕だってユーリの邪魔はしたくないしそんな表情なんてさせたくないけれど、ユーリがシャディを殺すという悪意を改めない以上こっちにも譲れない理由がある。
アッシュとファズが頑張ってくれている間、少しでも時間を稼がなければならない。ファズがシャディを逃がすのに成功すれば取り敢えず最悪の事態は回避出来る筈だ。
と同時に、ユーリが此処までシャディを憎悪する理由が気になる。本当にそれが蘇った記憶だったとして、シャディは一体彼に何をしたというのだろうか。
幸いにも彼は理性を取り戻して冷静になっているし、取り敢えずはまともに会話が出来そうだ。
一か八か、その話題を切り出す事にした。

「…逆に聞かせて貰うと、どうしてシャディを殺そうとするの?そりゃ兄を殺しに行こうとしてるんだから止めるに決まってるじゃない」

「………」

ユーリは暫く黙っていたがどうやら一戦交えるのは本意ではないらしく、武器はそのままに蘇った彼の記憶の事を語ってくれた。

「あいつは…シャディと私に血の繋がりはない。あいつは私の本当の両親を、殺した…」

「!…それ…本当なの?」

「本当だ。あいつは、…私の両親を殺しておきながら…私の肉親のフリをして…!まるで自分が親になったかの様な態度で騙し続けてきたんだ!エル兄様やギル兄様だってそうだ!皆して私を欺いて笑っていたんだ!」

驚きを隠せない僕に対してはっきりと言い切ると、ユーリは頭を抱える様にして蹲る。固く武器を握り締めたその手は震えていた。もしその話が真実ならば、無理もない。
シャディは彼の両親を殺しておきながら兄弟面をして記憶を失った彼をのうのうと育て、ユーリもまた両親を殺した相手の元でのうのうと暮らしていた事になる。
僕とて決してその話に憤りを覚えなかった訳ではない。寧ろもしそれが本当であるならば、僕だって彼等を許す事は出来ない。今すぐにでもユーリと一緒に乗り込んで殺してやるところだ。

…でも。

でもそれは真実を見極めてからだ。この憤りは、真実を知るまで封じ込めて置かなければならない。
もしそれが誤解だった時、全てを知ってから後悔するのはユーリだ。

それに僕には、やはりあのシャディの態度が偽りのものだとは思えなかった。あれは確かに、ユーリへの愛情を感じさせるものだった。
リィエルやギルディも然りだ。慈しみ、大切に育てていたのが嘘だとは思えない。あくまでそれは僕が客観的に見て思った事だけれど、意外とそういったものは本人には分からないものなのだ。
親の心子知らずという言葉がある様に。

「ごめん、ユーリ」

―――やっぱり僕にキミを行かせる事は出来ない。
キミが大切だからこそ、僕は止めなければならない。
キミが後悔に苦しむ姿だけは見たくない。
行くのはアッシュが真実を得て戻って来てからでも良いじゃないか…!


決意を固めてからの僕の行動は早かった。何せ相手はユーリだ。寸分の油断も隙も許されない。
彼の一瞬の隙を突いて、僕は包帯を繰り出す。
この一撃に全てを懸けるつもりだった。
作品名:紅月の涙 作家名:侑莉