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紅月の涙

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そうなる前にこの戦いを終わらせなければならない。実力の差は歴然だ、兄が力を完全に解放してしまえばユーリは間違いなく殺されるだろう。
銃という最後の切り札を残し、ユーリは捨て身の覚悟で全ての短剣を手にした。
しかし、シャディはまるでそれを待ち望んでいたかの表情になる。
今までの悲しげな表情が嘘の様な歪んだ笑みを浮かべ、そして――――

「…だがな、ユーリ」




ぱ き ん 。






「兄に逆らうものではない」


まるでスローモーションの映像を見ている様だった。
軽い音を立てて、ユーリの手にしていた全ての短剣が無数の破片となって砕け散る。
玩具を壊すかの如くいとも簡単に、シャディはユーリの切り札をその手で触れる事なく打ち砕いてしまった。
予想の域を遥かに超えた兄の実力にただ放心する事しか出来ないユーリに、彼はそのまま言葉を投げ掛けた。

「…そうだ。俺が殺した」

「…ッ!」


それはユーリの求めていた答え―――即ち真実。余りに唐突な内容にびくり、とユーリの小さな肩が跳ねる。
何が目的なのか分からない。ユーリを挑発しているのか、破滅に追い込もうとしているのか。
武器を失ったユーリを前に解放していた力を抑え、未だ血の滴る腕も御座なりにシャディは淡々と言葉を続ける。
歪んだ笑みを浮かべたまま、一言一言確実に。

「本来俺たちに血の繋がりはない。だが俺はお前の力を、資質を、その全てを欲した。お前の両親を殺し、奴らに成り替わってお前を育てた」

「―――ッ!」

シャディの紡ぎ出す言葉が胸へと突き刺さり、ユーリは瞠目しながら声にならない声を上げる。
此処まで殺意に突き動かされて行動してきたとは言え、シャディが両親を殺した光景はあくまで夢に見たもの、辻褄が合うと言うだけで封じられた記憶の憶測に過ぎない。
シャディの落ち着き払った様、全てを予知していた口ぶりからして、その記憶に間違いがない事は分かっていた。
しかし直接本人から全てを断言され、それが揺らぐ事のない確信へと変化した事に対する衝撃はやはり余りにも大きい。殺意に狂いながらも抱いていたほんの僅かな期待が砕けた音がした。

真実、兄たちとの時間は全て両親の死の上に作られたまやかしのものだったのだ。
幸せだった夢が悪夢へと転じる瞬間に覚えた感覚が蘇る。
あれは正にこの瞬間を予知していたのではないだろうか。


「では私の記憶を封じたのも…!」

「俺だ」


目の前が真っ暗になる。
両親を殺して記憶を封じたのがシャディの独断で、残る兄に知らせる事なく彼だけが手懐ける事に必死だったのだとすれば、自然とそうなるのが道理だろう。
他の兄たちのユーリへの愛情と、シャディのユーリへの愛情の注ぎ方にはそれ程の差があった。それこそユーリ自身が自覚する程にだ。

銀髪に透ける様な白い肌、血の様な紅い瞳。アルビノと称されるそれは、真の吸血鬼が持つ容姿であると聞いた事がある。
そのアルビノに当て嵌まるユーリは、兄たちでは到底及ぶ事のない恐ろしい程の才能を開花させた。
兄たちが決して劣っていた訳ではない。彼らは吸血鬼の中でも圧倒的な存在だった。ユーリが彼らを凌ぐ並ならぬ能力を有していたというだけの事だ。
恐らくシャディはそれを欲したのだ。アルビノ―――真の吸血鬼であるユーリの類稀なる力を。
そして彼は何れこうなる事を分かっていたのだ。手懐けた弟が封じられた記憶を蘇らせ、やがて自分を殺しに来る事を。
それを止める事が出来ると絶対的な自信を持った上で懐に入れ、ユーリを此処まで育てたのだ。現にこうしてユーリは最後の切り札を残して為す術もなくひれ伏している。


決意を固め、友を傷付けてまで此処まで来たにも関わらず、その事実が確たるものになっただけでユーリの胸は掻き乱される。


――――ユーリ、駄目だ…、行っちゃ、駄目…!

スマイルの言葉が頭の中で反響する。
今になって分かる。スマイルもシャディの事を信じていたのだ。シャディがユーリを異常なまでに可愛がっていたのは彼も知っている事だった。
シャディが自身にした仕打ちのの全てを語っても尚、彼はユーリを止める事を止めなかった。
あくまでそれはユーリの憶測で、断定された訳ではない。最後まで兄を疑うなと、そう言いたかったのかもしれない。

結局それはユーリも同じで、最後の最後まで心の何処かで信じていたのかもしれない。
しかしその一欠片の希望すらも打ち砕かれてしまった。
自身を見下ろしている兄の恐ろしいまでに冷徹な表情が、全ては真実だと物語っている。
シャディはその様な表情を他者に向けこそすれ、ユーリには一度たりとして向けた事はない。
ユーリに向けるのはいつも締まりのない笑みだったり、熱視線を注ぐ時の妙な方向で真剣なそれだったり。
いまいち尊敬出来ず兄の中で唯一呼び捨てにした理由も其処にあった。

だが、ユーリはそんな兄を愛していた。尊敬こそ出来ず素直にもなれなかったが、そんなだらしのない兄を誰よりも愛していた。
しかしその兄の面影は最早残されていない。
現在は此方に向いている他者を蔑む際に見せる冷徹なそれこそが、本来ユーリに抱いている兄の本性。
今までの彼の表情も、躊躇のない行動も、全てが打算だったと思わせるに十分過ぎるものだった。

両親の仇。
人生の全てを偽りで塗り潰した忌むべき相手。

全てが真実であり、最早躊躇する必要もなくなった。
恐らくシャディは油断している。銃を取り出してその心臓を貫いてしまえば一瞬で終わらせる事が出来る。
冤罪の余地もなく、殺意に任せて殺してしまっても構わないというのに、最後の一手に出る事が出来ない。
間違いなく、情だ。例え偽りのものの上に成り立ったものだとしても、ユーリの彼への愛情は本物だった。
全てを知った上で断ち切る事の出来ないそれが、ユーリの理性を繋ぎ止めていた。

「…本当に…」

―――本当に、本当に今までの幸せは、打算だけの上に成り立ったものだったのだろうか?
切っ掛けはそうだったのかもしれない。
だが、欠片ほどの愛情もなく、打算だけであそこまで演じきる事が出来るだろうか?

最早それはただの願望だった。
殺したい程に憎んでいるのもまた事実だ。殺意に負けて引き金を引いてしまいそうになる。
だが、全てを知り、兄を敵だと認識した上で芽生えたたった一つの希望。それは言うならば兄を許す為の免罪符だった。
今までユーリに注いできたそれが、切っ掛けはどうあれもし本物であったなら。
最初は打算の上だったかもしれないが、徐々に本物の愛情として育ったものなら。
愛情を注いで、注がれて、確かにユーリは幸せだったのだと言える。
両親には申し訳が立たないが、シャディが両親に代わって愛してくれたと言うならば、彼を許す事が出来るかもしれない。
それが最後の砦、ユーリは藁にも縋る思いだった。

「私は利用する為だけの存在だったのか?弟として愛情を注いだ事は、一度もなかったと言うのか…?」

声が自然と震える。
当然だ。否定されてしまえば全てが消えてなくなるのだ。
自分が今まで兄たちと過ごしてきた時間。自分が此処まで生きてきた人生。
その全てがただの夢として霧散するのだ。
作品名:紅月の涙 作家名:侑莉