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be my baby

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PM9:00



鞄から鍵を取り出し、部屋の扉を開ける。ケーキが横になってしまわないよう慎重に部屋に入ると、窓にへばりつくようにして外を見ていた音也が振り向いて走ってきた。
「トキヤっ」
「待ちなさい音也、荷物を置いてから…」
走り寄ってくる足を止めさせようとそう叱りかけて、音也の顔が涙に濡れていることに気付き、言葉が途切れた。持っていた荷物を全部床に置いて屈み、しがみついてくる音也の体を胸に抱きとめる。痛いほどに抱きついてくる細い腕。音也の濡れた頬が、顎に擦り付けられた。
「…なんで、泣いているんですか。私が遅くなったからですか」
柔らかな髪を撫でそう訊くと、無言で首を振る。小さな嗚咽が聞こえて、仕方なく背中を撫でて宥めた。
 カーテンを閉めた真斗が近寄ってきて荷物を持ってくれたので、音也を抱えたまま立ち上がる。
「おかえり、一ノ瀬」
「ただいま戻りました。遅くなってすみません」
とりあえずテーブルに行き椅子に座ると、真斗が熱い煎茶を入れてくれた。音也はまだトキヤの胸にしがみついて泣いている。
「…ずっと泣いていましたか?」
どう慰めて良いのかわからず戸惑い、真斗を見る。
「ああ、違うんだ」
真斗はそう言って、音也の髪を撫でた。
「雨が降っただろう。雲で星が隠れてしまって、一ノ瀬が帰ってこれなくなってしまうと言って心配していたから、顔を見て安心したんだろう」
「そうですか…。音也、顔を上げてください」
髪に口付け、促す。音也は濡れた顔をそろそろと上げると、赤くなった目でトキヤをじっと見つめた。その目尻から零れ落ちた涙をティッシュで拭ってやり、ついでに鼻もかませた。
「私が帰ってこないと思ったんですか?」
「だって…お星様が隠れちゃったからっ…」
そう言ってまた泣き始めた音也に、呆れて笑う。
 やはり電話をしてやれば良かった。声を聞けば、ちゃんと言葉にしてやれば音也も安心しただろう。
「…音也、良く聞いてください。星が出ていなくても雨が降っても、私はちゃんとここに戻ってきますよ。音也のいるところが、私のいる場所です。…分かりましたか?」
ゆっくりとそう話しかけたトキヤの言葉に、音也はこくりと頷いてごしごしと涙を拭った。顔が腫れるからと言ってそれを止めさせ、音也の身体を膝から降ろす。犬のぬいぐるみの入った包みを渡すと、音也は目を輝かせそれを抱えてベッドへと飛んで行った。
「…子供相手ならば素直になれるのだがな」
一部始終を見ていた真斗が、思わせぶりにそう言ったのが聞こえ顔を見ると、「こちらの話だ」とはぐらかされた。
 ホテルで買ってきたメロンパンと、小分けにしてもらったケーキを一箱、真斗に渡す。
「今日は本当に有難うございました。助かりました。これはほんのお礼です」
「ああ、これはすまない。有難く頂こう。絵本とCDは置いていくから、好きに使ってくれ」
「有難うございます」
真斗を部屋の扉の前まで送る。
「音也もこちらに来て、お礼を言いなさい」
ベッドの上で大きな包みと格闘していた音也が、それを放り出して来て、真斗の膝に抱きついた。
「マサ、ありがとう。大好き」
そう言って音也が、膝を折った真斗の頬へキスをしたのには閉口したが、一日面倒を見てもらった恩もあったので何も言わずやり過ごす。だが不愉快な表情が出てしまったのだろう。音也の体を離した真斗が立ち上がって、笑った。
「…明日になっても戻らなかったら、連絡をくれ。爺に相談してみる」
「有難うございます。そうさせて頂きます。…おやすみなさい」
「おやすみ、一ノ瀬」
「ばいばい、マサ!また明日ね」
「おやすみ、一十木。また明日遊ぼう」
最後に音也の頭を撫でると、真斗は部屋を出ていった。パタンと音を立てて閉まった扉に鍵を掛け、音也の肩を叩いて促す。
「…プレゼントは見れましたか?」
寂しそうに扉を見ている音也の横顔にそう話しかけると、音也は急にそのことを思い出したようにベッドに飛び乗って、包みのリボンを引っ張って解き、中からぬいぐるみを出した。
「わあっ」
ぬいぐるみは音也の背丈ほどあって、音也が抱き上げると尻尾が床を引きずってしまう。自分と同じような大きさのものを一生懸命抱えて、部屋中を歩き回る姿は可愛らしかった。
「気に入りましたか?」
「うん、すっごく!ありがとう、トキヤ」
ぎゅうとぬいぐるみを抱き締めて笑う音也に、トキヤも笑った。
「ではそれは一度ベッドに置いてらっしゃい。ケーキを食べましょう」

作品名:be my baby 作家名:aocrot