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パラレルワールドストーリー

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「薫風」

六月初め、第三回体育祭が行われた。体育祭実行委員会のフォローや校外からの客に対応する為、生徒会メンバーは朝から方々に駆り出され忙しくしていた。午前の部はどうにか無事に終了し、生徒達は家族や友人と弁当を広げ始める。それを横目にトキヤが生徒会本部のテントへ戻ると、そこは宴会会場のようになっていた。
 地面に敷かれた赤い繊毛。その上に漆塗りの重箱が並んでいる。
 レンと真斗が用意したのだろう。重箱の中身は伊勢海老やホタテ、寿司にステーキと贅沢を極めている。積み重ねられた有名菓子店の箱にはきっと極上のスイーツが入っているに違いない。
 確か、一年前の体育祭でも同じような光景を見た。けれど、今年はそれ以上にレベルアップしているようだ。
 全く…。
 レンはもちろん、真斗も、どうも一年生二人に甘いところがある。どちらかといえば自立している翔と違い、音也は二人を兄のように思っているのか、平気で甘えている。年上の二人もそれを許している。
 だから音也が調子に乗るのだ。
 腕組みをし料理を見ていると、背中にドンと何かが当たってきた。自分に対し無遠慮にそんなことをするのは一人しかいない。肩越しに振り向けば、音也の笑顔があった。
「トーキヤ、何突っ立ってんの?…うっわー!すっげー美味しそうっ」
突然耳元で大声を出されて、トキヤはその煩さに思わず耳を塞いだ。
「煩いですよ、音也。静かにしなさい」
「だって、伊勢海老にステーキに…それにお寿司もあるじゃん。俺、こんな豪華なお弁当初めてっ」
すげーすげーと煩い音也を自分から引き剥がそうとしていると、レンと那月がテントへ戻ってきた。
「やあ、イッキ。気に入ってくれたかい?」
レンが気障な仕草で首を傾げて笑う。
「うん、すごいよレン!俺、感動しちゃったよ」
音也は嬉しそうに言って、それまで離れようとしなかったトキヤの傍をあっさり離れ、レンに飛びついていった。身長差があるので、レンは容易く音也を腕の中へ受け止めて子供にするように頭を撫でてやっている。その横で那月が仲間に入りたそうな顔をしていたので、これ以上は収集がつかなくなると考え、トキヤは音也の腕を掴んでレンから引き剥がした。レンが意味ありげな笑みを浮かべたが、無視をして音也を敷物の上へと促す。
 すぐに翔と真斗もテントに戻ってきた。
 翔は所狭しと並ぶ豪華な料理に、「うっわーすっげー」とセリフこそ音也と同じだったが、若干引き気味の声を上げた。それが正常な反応だとトキヤは思った。
 六人全員が揃い、車座になって料理を囲んでのランチタイムとなる。
 豪華な料理も、音也はどれを食べても美味しいとしか言わず、もっと他に感想は無いのかと呆れたトキヤを他所に、レンと真斗は「ではこれも」と次々に音也に食べ物を与えていた。音也が断ったのはピーマンの肉詰めだけだった。
「最高級仙台牛の肉を使っているのだが」
「ごめん、マサ。俺、ピーマンだけは食べれないんだよね」
「子供ですか」
呆れて言えば、「トキヤだって嫌いなものくらいあるだろ」と珍しく不機嫌になった。
「好き嫌いなどありませんよ」
「へー、じゃあ蜂の幼虫とか食べれるんだな」
「私は普通に食卓に上るものの話をしているんです」
「とにかく、俺はピーマンだけは嫌なんだよ。トキヤにあげるね、はい」
音也がそう言ってトキヤの皿にピーマンの肉詰めを放り入れてくる。レンと翔がそれを見て笑った。その頃、那月はもうデザートに夢中になっていた。
 真斗がポットからお茶とコーヒーを用意し、皆に配ってくれる。
 ケーキを食べながら、音也は上機嫌で、午前中の徒競走で一位を取った話を自慢げにトキヤに話した。
「あ、そうだ。俺、最後の混合リレーでアンカー走るんだ。トキヤ、応援しに来てよ」
「何故私が…。だいたい、そんな暇あるわけないでしょう。その時間は表彰式の準備がありますからね」
「冷たいねぇ、イッチーは。大丈夫、俺が行ってあげるよ、イッキ」
女子生徒が見れば目をハートにして嬌声を上げる笑顔で、レンが言う。
「ホント?」
音也が声を弾ませたので、トキヤは溜息を吐いた。
 無責任に音也を甘やかすのは止めて欲しい。その皺寄せで音也の面倒を見ているのは自分なのだ。
 そう思いながら、「駄目です」と言った。
「レン、閉会宣言の原稿は出来ているんですか?応援に行く暇があるなら、原稿を完璧に仕上げてください。適当に、では困りますよ」
トキヤの言葉に、レンが面倒臭そうに「はいはい」と応える。音也が目に見えて落ち込んだ様子になり、トキヤは少し…そう、ほんの少しだけ、音也に素っ気無い態度を取ったことを後悔した。
 ランチタイムが終わり、午後の競技の審判になっている一年生二人と那月が先にテントを出ていく。その背中を見送りながら、レンが溜息を吐いた。
「あーあ、イッキ、可哀想にな。イッチーが苛めるからだぞ」
「苛めてなどいません。人聞きの悪いことを言わないで下さい」
自分も後悔していただけにレンの言葉が妙に胸に響き、トキヤは静かな声でどうにか言い返した。
「だが確かに、一ノ瀬は一十木に厳しいな」
空になった重箱を重ねながら、真斗が言うので慌てて振り向く。
「聖川さんまで。…そんなことありませんよ」
「そうは言うが、俺は一ノ瀬が誰かに対して声を荒げたり、叱ったりするのを見たことがない。一十木に対してだけだろう」
「それは…音也が叱られるようなことばかりするから、仕方なく」
「仕方ない、ねぇ。俺には逆に、イッチーがイッキに構わずにいられないように見えるけどね」
「レン」
「おっと。そろそろ行かないと、この後の競技に間に合わなくなるな」
レンがテントを出て行ってしまい、真斗と二人残される。暫く黙って後片付けをしていたが、やがて真斗がぽつりと、「あの男は馬鹿なようでいて結構鋭いところがあるからな、一ノ瀬」と言う。トキヤは仕方なく、頷いた。
「ええ…そのようですね」
自分でも分かってはいるのだ。何故か、音也に対して反応が過敏になってしまう。
 無視をして放っておけば良いのにそう出来ないのはきっと、音也が警戒心も何もなく自分に寄りかかってくるからだ。ただ、鬱陶しいと言って突き放すには、相手が子供すぎて、頼りない。
 だから仕方なく、面倒を見てやっているだけだ。
 そう結論付けて、トキヤも真斗に声を掛けテントを出た。
 グラウンドに音也を探せば、放送席の傍で体育祭実行委員会の腕章を付けた女子生徒と何か話をしていた。
 屈託無く笑うその笑顔に、何故か胸がもやもやとした。
 結局、甘えられる相手ならば誰でも良いのだろう。
 レンでも真斗でも、その他の人間でも。
 そう思い、トキヤは音也から視線を逸らした。
 何にせよ、自分には関係の無いことだ。
 踵を返そうとしたトキヤの名前を呼ぶ声がする。振り向けば、音也がトキヤに向かい大きく手を振っていた。
 何か問題でも起きたのだろうかと思い、トキヤは音也の元へ向かった。
「何ですか」
「ねぇ、やっぱりリレー応援しに来てよ。俺すっごい頑張るからさ。トキヤが応援してくれたら、何か早く走れる気がするんだ。表彰式の準備なら、リレーの前に手伝うから」
良いでしょ?とねだられ、溜息を吐く。