二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

パラレルワールドストーリー

INDEX|6ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「入梅」

六月下旬、気象庁が入梅を宣言したその日、朝は綺麗に晴れていた空に次第に灰色の雲が広がり、昼過ぎから雨が降り始めていた。
 放課後、生徒会の仕事を終え一番最後に鍵を閉めて生徒会室を出ると、トキヤは一人昇降口へ向かった。
 グラウンドが使えないので校舎の階段を使って室内練習をするサッカー部を横目に階段を下り、下駄箱から上履きと交代に取り出した靴を履く。
 しばらくは同じような天気が続くのだろう。
 うんざりとした気分で曇天を見つめ、手に持っていた傘を開く準備をしながら出口へ急ぐ。その途中でふと人の気配を感じ何となく視線をやると、そこに音也の姿を見つけ驚いた。音也は随分前に翔と那月と三人で帰っていったはずだ。まさか、まだ校内にいるとは思わなかった。
 音也はトキヤには気付いていない様子で、下駄箱に付けて置いてある長方形の傘立てに座り、ぼんやりとサッカー部の室内練習を眺めている。
 このまま気付かない振りをして通り過ぎてしまおうかと思ったが、それも意地が悪いような気がして、仕方なく声を掛けた。
「…音也、何をしているんですか」
トキヤの声に、音也は驚いたように振り向いた。
「あ、トキヤ」
咄嗟に取り繕うような明るい声を上げたが、トキヤに見つかったのを気まずく思っているのがはっきりと分かった。
 さっさと帰れと叱られるとでも思ったのだろうか。そう思って呆れながら、音也に近付いた。
「四ノ宮さんと翔はどうしたんです?一緒に帰ったんじゃなかったんですか」
「えーっと、俺、教室に忘れ物しちゃって…それで取りに戻ってたから、先に帰ってもらった」
「そうですか」
頷きながら、トキヤはちらりと音也の手元を見た。トキヤの視線に気付いて、音也が手を広げて見せる。
「実は傘忘れちゃったから、雨が弱くなるの待ってるんだ」
そう言って、音也は「バイバイ、また明日ね」と言って広げた手を振った。
 どうも、おかしい。
 普段の音也ならば、一緒に入れてくれと言ってトキヤの傘に強引に入ってきているところだ。珍しく、遠慮でもしているのだろうか。
 それならばもっと別のことで気を遣って欲しいものだと思いつつ、トキヤは傘を広げた。
「…帰りますよ」
溜息混じりに言えば、音也がそれを聞いて目を丸くした。
 まさかトキヤがそんなふうに自分を誘ってくるとは思わなかったのだろう。トキヤもこんなことになるとは思っていなかったので、音也のその表情に少々不愉快になる。
「え…良いよ、俺、大丈夫だし、トキヤ先帰って」
「いいから。早く来なさい」
トキヤは叱るようにして、音也を傘の下へ呼んだ。有無を言わせぬ口調に、音也はのろのろと立ち上がり、遠慮がちに傘の中へ入ってきた。
 昇降口の屋根の下を出ると、途端にパラパラと傘を打ち付ける雨の音が、傘の中へ大きく響き始める。足早に歩くトキヤの歩調に合わせるように、音也が付いてくる。
 いつもはトキヤが黙っていてもお構い無しに話しかけてくる音也が、黙ったまま静かにしているので調子が狂った。
「…家はどの辺りですか?」
「俺は駅の反対側なんだ。トキヤは電車通学だよね」
「ええ」
「電車通学って憧れるな」
ぽつぽつと会話を交わしながら、駅までの道を歩いて行く。
 雨は止む気配を見せず、それどころかだんだんとひどくなっているようだ。
 この雨の中、放り出すわけにもいかないので、音也の家までこのまま送っていくかと、トキヤがそんなことを考えていると、急に音也が立ち止まった。
「ありがとう、トキヤ。ここでいいや。じゃあね」
まだ駅にさえ着いていないというのに、そう言って音也は傘の下から飛び出し、雨の中へ駆け出して行ってしまった。
 それは、あっという間の出来事で、トキヤが呼び止める暇さえ無かった。
 何かおかしい…。
 普段の音也ならば、家まで送ってってよとねだっただろう。それが、傘に入ることを遠慮した挙句、途中で逃げるようにいなくなってしまうなど。
 音也の見せた態度が気になり、トキヤは足を止め音也が走っていった先をじっと見つめた。
 
 


次の日、トキヤは用事があると言って他のメンバーよりも先に生徒会室を出ると、校門の陰で音也が出てくるのを待ち、音也の後をつけた。
 こそこそとした真似をするのは本意ではなかったが、どうも前日のことが気がかりだった。
 音也は寄り道もせず、駅に辿り着くとコンコースを通り過ぎ、トキヤに話した通り駅の反対側の出口へと出ていった。
 トキヤは駅の反対側に行くのは初めてだったので、入り組んだ住宅街に音也の姿を見失ってしまわないよう注意した。音也は迷いの無い様子で緩やかな坂を上り、その中腹にある教会の敷地へと入っていった。
 教会…。ここが、音也の家…?
 蔦の絡んだ背の高いフェンス。紫陽花の咲いた庭の中に、天辺に十字架を掲げた白い教会が建っている。音也はその脇道に入っていったようだ。そっと近付いて、フェンス越しに中を覗き込んだトキヤの目に、教会の隣に建つコンクリートの建物が入ってきた。音也がその建物の扉を開け、「ただいま」と明るい声を上げた。
「おかえり、音ちゃん。今日サッカーした?」
「音兄ちゃん、ケンちゃんがユリのぬいぐるみ取った」
途端に聞こえてくる賑やかな子供の声。一人一人に応えながら音也は建物の中へと入っていく。音也の姿が見えなくなり、声が聞こえなくなると、トキヤは潜めていた息を長く吐き出した。
 建物の入り口にある古ぼけた看板。そこには、児童養護施設という文字が刻まれていた。
 まさか、音也はこの施設で育ったのだろうか。だから家まで送られることを嫌がったのか…。
 それならば、昨日の音也のあの態度にも納得がいく。
 とにかく明日、レンに確認しなければ…。
 トキヤはそう思い、そっとフェンスから離れ駅までの道を急いだ。




そうして、意を決して問い掛けたトキヤに対するレンの応えは単純だった。ただ一言、「そうだよ」と何でもないことのように言われ、むかむかと腹が立つ。
「私は、知りませんでしたが」
知っていたのなら何故教えてくれなかったのかと、怒りを耐えた低い声でそう言ったトキヤに、レンは目を細めた。
「それはイッチーが訊かなかったからさ。イッキのことを少しだって知ろうと努力したか?」
「それは…」
言葉に詰まる。
 確かに今まで自分は音也に対して無関心を装ってきた。自分から何かを訊くことは無かった。けれどそれは訊かなくても音也が勝手に話していたからだ。訊く必要が無かったからだ。
 言いたいことはあったが、そのどれもが下らない言い訳のように思えて言葉にならない。
 レンが溜息を吐いた。
「イッキに両親はいない。父親は不明、母親は早くに亡くなって、あの施設で育ってる。縁があってうちの高校に来ることになったが、学費は特別に免除されている。その代わり、イッキはあの施設で週に一度奉仕活動をする約束になっている。とはいえバザーの手伝いや、子供達の世話といった簡単なものだけどね」
レンはそう説明して、机に頬杖をつきトキヤの顔を斜めに見上げた。