ただの高校生なので。
店に着いてみると、ゆりっぺは店の奥の方に陣取っていた。窓側よりは学校の奴らに見つかる可能性が低いからだろうことは明瞭だ。
俺が来るまでに決めていたらしいゆりっぺは、席につくと俺の方へメニューを向けてくれた。…う…分かってはいたけど結構なお値段で…。ケーキの値段もピンキリで、高い方のケーキを選ばれていると正直お財布の中身が心配だ。
「ゆりっぺは何にするんだ?」
おそるおそる聞いてみると、ゆりっぺは何も言わずにメニューを指さした。人差し指が指し示したケーキは、一番安いわけではないが比較的安い方の分類だ。ほっと胸をなでおろす。これなら俺もケーキと飲み物のセットを頼んでも大丈夫そうだ。
その辺に居た店員さんに声を掛けて注文すると、さほど時間をかけずにケーキと紅茶が運ばれてきた。
ここまでの間、ゆりっぺが言葉を発したのは注文する時の一言二言だけだった。
「いただきます」
お、喋った。そういうところはきっちりしてるよな。
俺も遅れていただきますを言ってから、手元のケーキに手をつけた。一口、うん美味い。
今日行く事を提案した時もだが、今、食べたいと言っていたケーキを口にしても尚、ゆりっぺは浮かない顔をしている。
なんでコイツはこんなに沈んでいるんだろう?
昔の俺はゆりっぺのことをよくわかっていたのに、今の俺にはわからない。それは今のゆりっぺと一処にいる時間が短いからだろうか。生まれ変わりとはいえ、生きていた環境も背負っているものも違う、昔とは異なる人間なんだから仕方のないことかもしれない。
けれど、それをなんとなく悔しく思ってしまう自分がいる。
何だ?何が原因なんだ?
ゆりっぺの様子を窺いつつ、手元のケーキをつつく。
ゆりっぺは何かを言おうとして口を開くがそのまま閉じる―という動作を繰り返していて、
「お前は酸欠の金魚か!」
とツッコミそうになるところをなんとか抑える。
何か言おうとしているのを邪魔してはいけないと、自分も何も言わないまま、時間は経っていく。
気心知れた奴となら、沈黙の時間も苦じゃないが、今のこの空気の沈黙はちょっと苦しい。
「わりぃ、ちょっとトイレ行ってくるな」
一言断って席を立つ。
おもしろくない状況だ。
アイツには笑っていて欲しいのに。
原因さえわかれば、どうとでもしてやるのに。
わかってやれない自分に腹が立って、乱暴に頭を掻いた。
用を足して席に戻ってみれば、ゆりっぺの目の前のケーキはさっきと変わらぬ姿のまま。フォークを握っていた右手は、左手とともに膝の上に納まっていた。
「どうしたんだよ、ずっと黙って」
そう言おうとしてやっぱり止める。聞いたところで素直に答えるとは思えない。
けど…言い出すきっかけくらいにはなるだろうか。
少し考えて、やっぱり言ってみようと決め、口を開く。
「あの…さ…!」
「お、おう…」
俺の言葉より先に、ゆりっぺの言葉が飛び出し、開けた口は予定の言葉とは別の言葉を発せざるを得なくなった。
一度深呼吸をしたゆりっぺは、もう一言ぽつりと呟く。
「あの子…ユイ…とは……」
それだけ言ってまた口を閉じてしまった。
ユイとは…?
考えろ、ゆりっぺの言いたいことはなんだ?
ユイと会ったことは伝えた。なら?ユイが関係する何か―――。
ああ―わかった。そういうことか…。
「お前なんで知ってんだよ…あの時あの場にいなかっただろ?」
ゆりっぺは何も答えない。けれどたぶん、あの時の、ユイが成仏した時のことを言いたいんだ。
あの場にゆりっぺはいなかったはずだが、知っていてもおかしくはない。音無の普通じゃない行動に気づいていたのなら、注意していなかったわけがない。遊佐あたりが近くに隠れていたか、盗聴器か…何にせよ音無の様子を窺っていた可能性はある。
さて、どう話そうか…。
「ユイは…本当に俺に結婚してもらいたくて言ったわけじゃねぇよ」
できるだけ、普通に聞こえるように努める。
「でも…」
「俺もユイと本当に結婚したくてああ言ったわけじゃない。妹みたいで気に入ってたからさ、変な成仏の仕方して欲しくなかったからでしゃばっちまったけど。それにアイツさ、再会した時に何て言ったと思う?“今のあたしにはバンドという恋人がいるので、ひなっち先輩は要りません“って言ったんだぜ?」
「そう……」
俺の言葉に納得してくれたのか、ゆりっぺの顔に明るさが戻ってきた。
「だから変なことで悩むなよな。ユイとはなんでもない。安心しろよ」
「なっ…何言ってんの馬鹿じゃないの!?悩んでないし心配なんてしてませんけど」
もう冷たくなってしまったであろう紅茶に手を伸ばし、飲むふりをして赤くなった顔を隠そうとしているんだろうけど…はっきりいってバレバレだ。
まったく素直じゃなねぇなぁ。
ゆりっぺに従来の明るさが戻り、ひとまず俺の悩みも1つは解決だ。
もう1つの方も、できるだけ早く解決しようと心に決め、今は目の前の笑顔を眺めることにした。
*
「おはよーさん!ゆりっぺ!」
下駄箱で上履きに履き替えていると、朝っぱらからうるさい声で日向くんが話しかけてきた。
「おはよう、日向くん。昨日はご馳走様」
「おうよ!」
日向くんが履き替え終わるのを待って、一緒に教室へと向かっていると、隣から視線を感じる。
「な…なによ…!?」
「いや、今日はついてくるな!とか朝から日向くんに会うなんて最悪!とか言わねぇんだなって思って」
「言って欲しいなら言うけど?」
「いえ、遠慮しておきます」
両手を上げて降参のポーズをした日向くんに、思わず笑ってしまう。
我ながら現金だなと思う。ただのライバルならいさ知らず、生まれる前からの約束があるライバルとなれば弱気にもなる。けれど、日向くんはユイとそうなるつもりはないことがわかり、あたしにもまだ望みはあるとわかった。
それならば行動あるのみ!…とは思うのだけれど、自分の素直じゃない性格はよくわかっている。
ひとみのアドバイスは少女漫画やラブロマンスドラマに影響されすぎていてとてもじゃないけど実践はできない。
それでも、今はただ、日向くんの隣で平和な言い合いをできるだけで幸せだ。
そっと隣を窺うと、日向くんも幸せそうな笑顔を浮かべていて、勘違いしてしまいそうになる。
間もなく教室に着く。2人揃って入れば、きっとまたからかわれるんだろう。
けれど、本音を言えばそれも嫌ではない。ただ、恥ずかしいだけで。
日向くんはどう思っているんだろう?
既に開いている入り口から、先に日向くん、次いであたしの順番で教室に入る。
「ひゅーひゅー!昨日放課後デートしてたお2人のご到着ですよ〜!」
「あんな雰囲気のある喫茶店で2人っきりで会ってたってことは〜」
「ついにくっついたか!?」
案の定これだ。
今までならすぐに噛み付いていたけれど、心の悩みが晴れたせいか、少し余裕が出てきた。これからはきっと適当にあしらえる。
「あなた達毎日毎日よく飽きな…」
「そうだよ」
瞬間、時間が止まったのかと思った。教室の全員の動作が止まる。音も止まる。あたしの思考も―止まる。
ソウダヨ…?
ナニガ…?
人は予想していない言葉を言われるとなかなか頭に入ってこない。
ナニガ、ソウダッテ…?
*
「日向、お前今、何て…?」
作品名:ただの高校生なので。 作家名:涼風 あおい