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(差分)クロッカスとチューリップ

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 片付けも明日の仕込みもひと通り終えて一人きりのバーカウンターで煙草を一本つまんだ時に八田はやってきた。
 今日は来ないかもしれないと思っていたが、こんな時間にやってきたことに驚きはなかった。

「おう、八田ちゃん。ちょうど一服したら帰ろうおもうとったんや」

 いつもなら扉のベルにかぶさって挨拶が聞こえてくるところだが、声をかけても会釈なのか頷いたのか、軽く頭が揺れたっきりだ。

「尊ならもう寝とるけど」
「いや、用事ってわけじゃないんで……帰ります」

 店に入るだけ入って立ち尽くしていたからくるりと回ればすぐ扉に手がかかった。照明を落とした薄暗い中、白っぽいシャツの肘に黒いシミができている。ハーフパンツの裾から下の剥き出しの足にも黒ずんだ部分があった。
 聞こえないようにため息をついて煙草を指に挟んだまま後頭部を掻く。こういうのは十束の担当だが、今日はもう帰っているしわざわざ呼び出すのもそれはそれで面倒だ。

「伏見か?」

 ドアノブに手をかけたまま動きを止めた。

「その傷……」
「違います。」

 トンと断ち切るように言ってから言い訳のように言葉を継いだ。

「その辺のチンピラに囲まれて」
「ストレインか」
「フツウの奴ッス」
「フツウ、な……」

 目を細めて改めて怪我の状況を確認して煙草を諦めてポケットへ収めた。代わりにキーケースを握ってカウンターを出る。

「今車出すから乗り」
「いや、あの、大丈夫ッス」
「勘違いしなや。ウチに連れてって手当ついでに飯食わせたる」

 八田が断りの台詞を見つける前に代わりに扉を開けた。背中を押して外に出して鍵をかけ、再び背中を押して駐車場へ向かった。何度も躊躇う素振りを見せながらも、結局逆らったりはしなかった。
 そういえば自宅に八田をあげるのは初めてだった。元々プライベートな領域にはあまり他人を招きたくないタイプだ。自宅も、バーカウンターの内側も限られた人間しか許していない。普段のやかましい八田なら連れて行こうとは思わなかっただろう。
 あまりにも埃っぽい八田を玄関からバスルームに直行させ、水音がしている間に食事の支度を始めた。自分でつけた二つ名通りカラスの行水で出てきた脱衣所に着替えとタオルを届けて救急箱をテーブルに運ぶ。
 やや時間をかけて脱衣所から出てきた八田はシャツの袖を捲り上げ、下はスウェットパンツは履かずに下着のままだった。裾丈も余りがちなシャツで尻が隠れて色気のないパンツがチラチラ見える。

「あざといな」
「は?」

 曰く、サイズが合わなかった、と。ウェストが多少緩くても紐が通してあるのだから絞ればいいはずだ。どこが合わなかったか。武士の情けで訊かずにおいてやる。
 裾を捲り上げる必要がなくなった膝から傷を確認して消毒液を染み込ませた脱脂綿をぐいぐい押し当てた。

「イテテテテッ!ちょ、もっと優しくっ」
「自業自得や。黙っとき」

 店で見たよりも酷い。あちこちに打撲の色が見え、腕に至っては痕になりそうな刃物傷もあった。自分で止血はしていたようだが貸したシャツが早速汚れている。

「刃物に鈍器に……知っとるヤツか」
「向こうは知ってるっぽかったけど俺は知らねえヤツでした」
「恨み買った相手の顔なんぞいちいち覚えとらんちゅうことか」
「…………ッス」
「力、使わんかったな」

 グッと奥歯を噛んで口ごもった。

「多勢に無勢でもフツウの奴相手にこないにヤラれる八田ちゃんとちゃうやろ。ウチの切り込み隊長ともあろう男が」

 また脱脂綿を無遠慮に押し当てられて顔をしかめても文句は言わなかった。

「そらむやみに炎使うもんやないけど、やせ我慢もアホやで」
「…………やせ我慢とか、そういうんじゃないっす」

 ガーゼを切って包帯を巻いて。救急箱の中身を近々補充せねばならない。
 ため息が漏れた。若い連中が多い分アホも多いがその中でもこの子は群を抜いている。

「伏見が抜けたからむしゃくしゃして暴れたかったっちゅうとこか?」
「…………!」
「夕方本人からウチ抜けてセプター4に就職しますって連絡があってな。まったく、今の若いもんは電話だのメールだの一本で簡単に辞める。ほんまに礼儀がなっとらんて仕入れ先のジジイも言うてたわ」
「……アイツ、何て」
「別に何も。話す前に切りよった」
「そう、っすか……」
「八田ちゃんは直接伏見から聞いたんやな」

 顔を上げて目が合うと少しだけうろたえて観念した様子で頷いた。

「会いました。アイツ、……俺たちを………吠舞羅をバカにしやがった」

 苦しげに吐き出した八田とは対照的に、様子を想像しても少しも腹は立たなかった。喧嘩しか能のないヤツやはみ出し者が寄り集まって、尊に忠誠を誓うことで誇りと自信を持ってヤクザの真似事をしている。そんな集団が八田の言うほどカッコイイものではないとわかっている。

「それで頭に血ィが上って自分の体も大事にせんと暴れまわっとった、と」

 顔を背けるガキ臭い拗ね方が憎らしい。避けられたはずの喧嘩に興じてこれだけの怪我をして。こんなところばかりどこかの誰かに似ている。
 仲間がいることを理解しているのに自分が傷つくことに対してはどこまでも自分勝手だ。
 そういう衝動に打ち勝つつもりのない連中には言い聞かせてもあまり意味が無いのも知っている。

「痛い思いしたいんやったら俺がやったるのに」
「イッ………!」

 包帯を巻いたばかりの腕を掴みあげてやった。腹いせはそれでおしまい。六割ぐらいは八田への苛立ちじゃないから八つ当たりともいう。
 鍋に沸かした湯でパスタを茹でて具の余りとコンソメキューブでスープにした。腹が減っていないわけではないだろうに食は進まないようだった。
 麺の上に乗った野菜を行儀悪くフォークで転がしている。

「伏見もようそんなことしとったな」

 そんな言葉でからかったら漸く口に運んだ。美味そうな顔はしなかったが。

「……アイツ、もう仲間でも友達でもないんスよね」
「別に、ウチと向こうは仲良うしとらんだけで、メンバー個人の交友関係まで制限しとらんけどな」

 堂々慣れ合うのも考えものだが、店に通ってくる青のナンバー2を追い出したことのない自分が偉そうなことは言えない。
 一度顔を上げた八田はすぐに視線を皿に落として首を振った。

(美咲ィ、お前はずっとおばさんみたいになりたくねえって思ってたんだろうけど、結局一緒なんだよ)

 テーブルに点々と置かれたティッシュボックスとカップと選びかねて両方押しやると顔を上げないまま手を伸ばしてカップを選んだ。こんなに世話を焼かせておいてこれだ。付き合いで自分用に並べたグラスとチーズの皿をさっさと空けてシンクに運んだ。使いっぱなしの鍋やフライパンと一緒に時間をかけて洗った。
 面倒くさいものを拾ってしまった。十束が店の片付けを申し出た時に断らなければよかった。
 でも仲間だということを別にしても自分はアレを叩きだしたりできない。何年も経つ今だってこういうアホにどうしたらいいのかわからないままだったけれど。