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(差分)クロッカスとチューリップ

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 伏見が抜けてしばらくの間、八田は店にこもりがちだった。外をうろついていた連中の話では青服の巡回に伏見は混じっていなかったようだが、いずれ青い制服を着て八田と鉢合うこともあるだろう。
 店の中だって物理的に孤独にならないだけで居心地が良いとも思えなかった。周囲の話題は裏切り者のことに集中していて、話したいのに八田がいる店内では気を遣う。お陰でいつもよりも店が静かだったが辛気臭かったせいか客足は伸びなかった。
 以前だったらカウンターのスツールに座った途端に腹が減ったと言う八田が店で食事をしなくなって、心配する鎌本を押し留めて何度か連れ帰って飯を食わせた。こういう時に食が細くなるような繊細さを持っていたのは意外だったが誘えばついて来た。
 十日ほど経って調子を取り戻し始めた頃、八田はオーディオコンポに目を留めた。
「草薙さん、コレ、人気あるモデルなんスか?」
「あるといえばある……けど、随分前に生産終了しとるから欲しがってもなかなか手には入らんかもな」
 だから壊すなという牽制を含ませたつもりがさっぱり理解されなかったようで、迷いのない手つきでディスクトレイの開閉ボタンを押された。
「……なんや、まさか八田ちゃん同じメーカーの持っとるんか」
「いや…………」
 溜めてから静かに「猿が」と言い足した。
 それからディスクラックを見渡してジャズアルバムを選び出して借りて行った。
 二日後にはヘッドフォンを引っ掛けていて、それと同時に店の活気も戻った。