その手を取ってしまったから
そこへ、腹心の二人が部屋に飛び込んできた。
「隼人、山本……」
表情は険しいが、こんな状況にあってさえ頼もしい二人の顔を見て、綱吉はふっと息を吐いた。
二人は口早に各自の担当部署の報告をする。
「偵察に出ていた部隊は無事に帰ってきたぜ」
「こっちも大体、収拾がつきました。後は、現在交戦中の二つだけです」
綱吉は首を振り、先ほど得た情報を伝える。
「……いや、北の方はやられた。あとはここだけだ。今はポイントD2へ向かわせてる」
モニターで点を示しながら説明すると、わかりましたと隼人は頷いた。
「D2は芝生頭の部隊ですね。では十代目、ここはオレらが変わりますんで、もうお休みになって下さい。もう2日以上一睡もなさってないじゃないですか」
「……ツナ、わかってんだろ?まだ戦闘は続く。ツナが倒れちゃどうにもなんねぇよ」
この状況下で、二人が揃って部屋を訪れた理由がそれで知れた。
モニターの前から梃子でも動かない自分を見かね、右腕と左腕が揃っていれば、少しの間、ボスの代理を努められると彼らは言いに来てくれたのだ。
(もちろん彼らの持ち場での役割がひと段落したのも本当だろうが)
綱吉はふ、と短く息を吐いて、二人を見上げた。それぞれが成長しても身長の差は結局、中学生の頃からあまり変わらなかったので。
「……わかった。ちょっと休む。二人ともよろしく」
「ああ」
「お任せ下さい!」
すると、それまで部屋の隅で存在感さえ希薄にひっそりと佇んでいたクロームが、伺うように優しい声を掛けてくれた。
「ボス、ボスのお部屋に戻りましょう」
「うん」
護衛のクロームと連れだって部屋へと戻る。早足にはならない。二人の心遣いを思えば一刻も早く休むべきだが、意識してゆったりと歩く。
ボス自ら余裕がない様を見せてしまえば、組織の者も狼狽するからだ。
涙も耐えた。泣いて視界を曇らせることはできなかった。
例え心が千々に千切れても、ボスとしての思考と判断だけは保っていなければ、あの無線の先の声は一つも残らない可能性だってあるのだから。
だから、そりゃもう、『何でオレ立ってんだろう、何で安穏と息してんだろう、こんなとこにいるくらいならせめて息絶えかけた彼らのところに行ってやりたい。看取ることすらできないなんて』と、全ての犠牲が水泡に帰すことも半ば真剣に考えてしまうほどでも―――オレは留まっていなくてはならないのだ、ここに。
しかし精神が、心が、破れそうなほど薄く磨り減っていたのも揺るがない事実だった。
「お困りのようですね」
「……む、くろ…!?」
だから、あいつの声を聞いて、警戒するより安堵するという危険なことをやらかしてしまったのだろう。
いや、後になってそうだと思った。先人の言葉は正しい。
――後悔はいつも、先に立たない。
作品名:その手を取ってしまったから 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)