【カイハク】機械仕掛けの神
その日、ハクがどれだけ待っても、レリクは帰ってこなかった。
きっと、薬草の採取に夢中になっているだけと、ハクは自分に言い聞かせる。レリクがふらりと出かけていって、二・三日帰らないことも珍しくはなかった。魔道士としての経験は十分に積んでいる、例え事故に遭ったとしても、自力で対処できるだろう。下手に探しに行けば、かえって迷惑を掛けてしまう。そう自分を納得させていた。
だが、二日目、三日目になっても、レリクが帰ってくる気配はない。たまりかねたハクは、ついに村長の元を訪れ、主人が森へ向かったこと、三日も戻ってこないことを打ち明け、力を貸してくれないかと願い出た。
返ってきたのは、
「森に向かっただと!? 馬鹿が!! 何ということをしてくれたんだ!!」
罵声を浴びせられ、ハクは村長の家を追い出される。
「お願いです! マスターを捜してください!」
「ふざけるな!! この村はもう終わりだ!! この疫病神どもめ!!」
騒ぎを聞きつけた村人達も、レリクが掟を破ったことを知ると、悲鳴と怒声をあげた。
「あれほど森に近づくなと言ったのに!」
「だから魔道士など信用できないんだ!」
「ああ! 神様! どうかお助けください!」
「皆! 今すぐ家に戻り、戸を閉めて静かにしていろ! 下手に騒ぐな!! 時が過ぎるのを待て!!」
村長の言葉に、村人達は慌てて散っていく。
取り残されたハクは、目に涙を浮かべて暗い森を見つめた。
あの森のどこかに、レリクがいる。
けれど、恐怖で体が動かなかった。
どうか、ご無事で・・・・・・!
ぽろぽろと涙を流し、ハクは祈ることしか出来なかった。
村で騒動が持ち上がっていることを知らないレリクは、希少な薬草を求めて森の奥深くへと入り込んでいく。「夕飯までに戻る」と言ったことも忘れ、手つかずのまま残された宝の山に興奮し、躊躇い無く歩を進めていった。時折感嘆の声を上げ、手帳にのたくった字を書き込むと、傷つけないようそっと土を掘り起こして、薬草を採取する。
奥へ、もっと奥へ。
三度目の夜明けを迎えたレリクは、不意に、木々の隙間から巨大な建物が透かし見えることに気がついた。一瞬呆気にとられた後、魔道士としての探求心に火がつき、急ぎ足で近づく。
それは、巨大な城だった。
森の奥深く、不自然に開けた場所に、その城は鎮座している。周囲の植物さえ、城に近づくことは許されていないかのようだった。
「城・・・・・・だと? まさか、伝承は本当だったのか?」
レリクが入り口を探そうと壁伝いに歩いていたら、真正面から男が現れる。
「あっ!?」
レリクが驚きの声を上げると、相手は眉一つ動かさず手を伸ばし、レリクの腕を掴んだ。
「ひっ! ち、違うんだ! 誤解なんだ!! わ、私はただ、薬草を採りに!!」
掴んでくる手の余りの力強さに、レリクは恐慌をきたす。ふりほどこうとしてもびくともせず、男は感情のない瞳を向けてきた。
「たっ、助けてくれ! 知らなかったんだ!」
暴れるレリクを、男は片腕で引きずりながら、きびすを返す。壁沿いに歩いて扉にたどり着くと、そのまま中へ入った。
「頼む! 命だけは!! 誰にも! この城のことは言わない!! だから!!」
その時、レリクは大ネズミが男の体を駆けあがっていくのに気づく。ネズミは男の肩に乗ると、不審な臭いをかぐように、レリクに向かって鼻をひくつかせた。
「旦那、どうします?」
ネズミが話しかけると、男は広いホールの隅に掛けてある大鏡に視線を向ける。
「あー、まあ、旦那がいいんなら」
「ひっ! 嫌だ! 助けっ!!」
レリクは力を振り絞って抵抗するが、相手は気に掛ける様子もなく、軽々とレリクを引きずっていった。
「助けてくれ! 殺さないでくれ!!」
「いいんですか? こいつ、絶対喋りますよ?」
「喋らない! 誰にも言わない!! だから!!」
喚くレリクの体を、男は鏡に押しつける。そのままぐいっと押すと、レリクの体は鏡面に吸い込まれていった。
レリクがいなくなったホールで、カイトは先ほどまで掴んでいた手を見つめる。肩に乗っていたガルムは、床に飛び降りると、
「旦那、大丈夫ですか?」
「何だか、ぐにゃぐにゃしてて気持ち悪かった」
「よく握りつぶさなかったと思いますよ。お湯を用意しますからね、手を洗ってください」
「ああ」
「それにしても、いいんですか? この城のこと、知られたままで」
「大丈夫だろう」
「まあ、あれだけ怯えてりゃあ、二度と来ることもないでしょうけど。それにしたって、不用心でしたかねえ。もう少し考えないといけませんや」
ガルムは頭を振ると、カラクリ達に湯の用意をさせようと走り出した。
作品名:【カイハク】機械仕掛けの神 作家名:シャオ