Wizard//Magica Wish −8−
今日も雨が降り続く。
目が覚めて窓を覗くと雨雲が隙間なく空に浮かび、太陽の光は一切地上に降り注がれなかった。隣りに寝ている杏子ちゃんを起こさないように音を立てずに身支度をして俺は傘を持ち恭介の病院へと向かう。
きっと、恭介もこんな光景を毎日見せられて退屈しているだろう。
「そろそろ降やんでくれないと困るな、洗濯物も乾かないし」
独り言をしながらゆっくりと俺は歩いていく。特に急ぐ必要もなかったからだ。木々が立ち並ぶ林道を抜け、目の前に大きな病院が目に映った。流石にこんな天気の下を誰も散歩する人なんていない、普段なら病人が散歩がてらによく歩く入口前はがらんとしている。そんな中に一人だけ傘をさして入口に立っている女性の姿があった。
「…ん、あれ?もしかして、仁美ちゃん?」
「…はっ…、あ、操真さん!おはようございます」
私服姿の仁美ちゃんだった。流石お嬢様だけあって、私服と言ってもどこぞのブランド品なのか、白いロングスカートが様になっている。
「仁美ちゃんも恭介の見舞い?一緒に行こうか」
「…そうですね、はい…」
しかし、今日の仁美ちゃんは何か様子がおかしかった。普段はひだまりのような笑顔をする仁美ちゃんだが今日はどこか悲しげな表情だった。さっき俺が声をかけても一瞬気づかなかったようだ。そこまで周りが見えていなかったのだろうか。
俺たちは病院の入口に入り傘を置いてエレベーターに乗る。俺が他愛もない話を仁美ちゃんにするが、どこかあっけなく、それどころではないと言わんばかりに黙り込んでいた。エレベーターが目的の階に到着し、病室へと向かう。
「恭介~、見舞いにきたぞ」
「お、おはよう、ございます!上条くん!」
「…あ、二人共…来たんだ」
病室に入るが、俺は嫌な予感がした。仁美ちゃんの様子が変なのは察していたが、それは恭介も同じだった。間違いない、何かあったんだ。
とにかく俺はいつも通りの振る舞いでパイプ椅子を置き、仁美ちゃんを座らせてあげた。俺と二人の時とは打って変わり、恭介の前ではいつもどおりを演じているのか、どこかぎこちなく恭介と接していた。
「上条君、ちゃんとご飯食べてますの?なんだか疲れているように見えますわ」
「うん、ちょっとね…」
「ちゃんとご飯を食べないと身体が持ちませんよ?あ、忘れてました!今日はクッキーを焼いてきましたの!」
「ごめん、今は食べる気になれないんだ。今度頼むよ」
「えっ…」
何か嫌なことでもあったのだろうか、いくらなんでも仁美ちゃんに冷たすぎではないか?いや違う。恭介はそんな奴じゃない。恭介は別に身体の調子が悪い訳では無く、ただどこか、大事な話をしようと身構えているように俺は見えた。もしかして仁美ちゃんもそのことに察しているのではないか?
「ねぇ仁美…あのさ」
「上条くん!そういえば私、CDを買ってきましたの!この前上条くんが聞きたいって言っていたアーティストの限定版ですわよ?」
「っ…仁美…」
「プレーヤーどこに片付けましたっけ?あぁそうでした!ここの棚に片付けてましたわよね?イヤホンは…えっと…」
「仁美!」
「上条君は私の彼氏ですのよ!?」
「…っ!!」
「ちょっと、仁美ちゃん!落ち着いて、ね?」
「仁美…」
「何故ですの!?なんで…ひぐっ…私を見てくれないのですの!?…そんなに…そんなに…っ!!
そんなに美樹さんのことがお好きなのですかっ!!?答えてください!!上条くんっ!!!!」
「あっ…」
「なんだって…」
仁美ちゃんは、パイプ椅子を倒して勢いよく立ち上がり、今まで堪えていた感情を全て表へ出し切っていた。俺は何度も落ちつかせようとしたが軽くあしらわれ聞く耳もないみたいだ。だが、俺は彼女の言葉を聞いて、今まで疑問に思っていた出来事が綺麗につながった。そうだ…もっと早く気づくべきだった。恭介の言っていた幼馴染の話、まどかちゃんが言っていた さやかちゃんが恋を抱いていた男の子の話、そして…さやかちゃんが願った病人の正体…全ての辻褄が組み合わさった。
そして、俺は途方もない後悔を抱いてしまった。
−本当の気持ちと向き合えているか?−
よかれと思って口に出したあの言葉。
それが、彼女達の関係を余計にこじらせてしまったんだ。
俺は、馬鹿だ。
他人事だと思っていたことが、全て自分が蒔いた種だったなんて。
「答えてください!!上条くん!!」
「恭介…」
「仁美……その、…ごめん」
「っ!!」
恭介の口から出た言葉。
きっと、彼女の中の時間が一瞬止まってしまったのだろう。
俺は、この選択肢が本当に希望への道しるべになっていたのだろうか。
仁美ちゃんは、俺の身勝手な行動のせいで、絶望してしまうのではないか。
「っ!!!!」
「仁美!」
「仁美ちゃん!!」
次の瞬間、仁美ちゃんの目から大量の涙がこぼれ落ち、病室を出ていってしまった。俺は恭介に大丈夫、俺がなんとかする、と一言残して仁美ちゃんの後を追った。仁美ちゃんは最上階を目指しているのか、階段を駆け上がる。俺は何度も彼女に声をかけた。しかしきっと彼女には俺の声が届いていないのだろう。
「はぁっはぁっ…俺、馬鹿だ!くそっ…」
何が大丈夫なんだ。
全部、俺の責任じゃないか。
偉そうなことばっかり言って、他人を絶望に陥れてしまった。
これじゃ ほむらちゃんの言うとおり、絶望を振りまく存在と言われても否定できない。
最後の階段を駆け上り、雨が降りつづく屋上へと出た。
そこには、膝を着いて泣いている仁美ちゃんがいた。
「うぅ…うあぁぁぁぁぁぁぁん!!あぁっ!!あぁぁぁぁぁ!!!!」
「仁美…ちゃん」
俺は自分が着ていたジャケットを仁美ちゃんの肩にそっとかぶせ、目の前に座った。
「うっ…ぐすっ…操真…さん?」
「……っ…ごめん…」
こんなことをしても許してもらえるとは思っていない。
けど、今の俺はこんなことしか出来ない。
俺は、仁美ちゃんの目の前で地面に手をついて大きく頭を下げた。
情けない…こんなことでしか謝罪ができないなんて。
俺は…大馬鹿野郎だ。
「何故、…ぐすっ…操真さんが謝るんですか?」
「俺が恭介に余計なこと言ったんだ。けど、こんなことになるとは思っていなくて…まさか、さやかちゃんの事を…」
「違いますわ…操真さん。本当は私も、全て最初から…知っていましたの」
「…え?」
仁美ちゃんは涙を手で拭い、下をうつむきながら喋り始めた。その言葉の一つ一つが弱々しく、今にも泣き崩れそうだったが、俺は黙ってその話を聞くことにした。
「最初、上条くんとお付き合いを始めた時、彼は私をとても大事にしてくれました。どんな些細な話でも興味を持って聞いてくれて、私自身も…幸せでした。けど、上条くんの心の中に、私は存在していませんでした。上条くんは、たまに遠い目で窓の外を見つめます。その目はとても寂しげで、どんな話題を持ちかけても、どんな事をしてあげても、私の力では彼を笑顔にすることはできませんでした。きっと、心のどこかで、美樹さんを探していたのでしょう…」
「仁美ちゃん…」
作品名:Wizard//Magica Wish −8− 作家名:a-o-w