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待宵メロドラマ

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☆たくさん水を与えましょう (ルカとリン話)

「よいしょ」

肩からずり落ちたショルダーバッグの紐を、勢いをつけて背負い直す。そろそろ目的地のはずなんだけど、もしかして道を間違えたかしら。ジャケットのポケットから、しわくちゃになった地図を取り出した。

初めてのバス、初めての電車までは完璧だったし、出だしは好調だったのに。地図に集中して歩いているうちに、路地に入り込んでしまったようだ。もしかして……これが、初迷子。困ったわと呟いてみても、「そうだね」と同意してくれる相手がいない。急に心細くなって、地図を開いたまま道の隅に寄りかかった。

VOCALOID2のコード03として世に出ることが決まってから、私は幸いにも行き先が決まっていた。噂に聞くところによると、先輩方が揃って生活しているお宅らしい。(マスターとは、電子通信で交流しているそうだ。) 本当は、送るなり迎えを寄越すなりしようかと提案されていたのだけれど、丁寧にお断りさせて頂いた。まだひよっ子の私が、ご迷惑をおかけするわけにはいかない。一人で伺います、……なんて。言ってしまった手前、“念の為”と教えられている相手方の電話番号にも、非常にかけにくかった。でも、最終手段が無いわけじゃない。私はボーカロイド、残念ながらナビゲーションシステムは無いけれど、声がある。

「あ、のっ……すいませんっ!」

酷い発音だったはずなのに、通りかかった女の子には何とか振り返ってもらえた。綺麗にパーマのかかったツインテールが、肩に触れるすれすれでふんわり揺れる。

あれ、この人、どこかで。

よぎる思考を片隅に追いやると、とにかく必死に目的地を指差して、ここへ行きたいのだと告げる。ふむ、と珍しく文語のような相槌をうって、女の子は私が手渡した地図を眺めた。しばらく、まじまじと地図を眺めた後、次に私をまじまじと見つめて、もう一度地図に視線を落とす。それから静かに「なるほど」と呟いた。

「この印の場所は、ここからすぐだ。近くを通るから、良ければボクが案内しよう」

歩き出したその背中を、半信半疑で追いかけること数分。ぴたりと立ち止まった女の子は、目の前の家を指差して「ここだよ」と微笑んだ。地図を見て確認しようかと思ったけれど、歩いてきた道順を覚えていない今となっては、たぶん役に立たないだろう。それなのに、女の子は「間違いない」と自信を含んだ口調で言った。

「もしかして、あなたもボーカロイド、なのですか?」

仄かな疑問の裏側に自信がある気がして尋ねてみると、女の子はぱちくりと大きく目を見開いて私を覗き込んだ。

「……今、気付いたのか?そうなのだとしたら、君はあのじゃじゃ馬たちを上回るお馬鹿さんだ」

いえ、違うんです。本当は、声をかけた時から、“同じもの”を感じていたのです。続けるつもりだったそんな言葉は、女の子があまりにも楽しそうに笑うものだから、そっとしまい込んでおくことにした。

*

お礼と共に後ろ姿を見送って、きょろきょろと家の周辺を見回す。何となくだけれど、以前ちらりと見せてもらった家の外観写真に似ている気がした。今度は室内に耳をそばだててみる。しっかりと防音が施されているのか、室内の様子はよく分からない。誰もいなかったらどうしよう。緊張する胸を抑えながら、そおっとインターホンを押した。

ピンポンとベル音が鳴ってから数秒後、「はい」という返事と一緒に玄関が開いた。出てきた人を、知らないけれど……知っている。ずっと、ずっと、前からだ。挨拶をしようと口を開きかけた私より早く、「ちょっと待っててね」と告げて、物凄い速さで室内へと戻っていく。引き留めることも出来ず、私はぽかんと立ち尽くしたまま、走り去る金色の髪が揺れるのを見つめていた。

「お待たせしてごめんね!」

待っていたのは、ほんの数分のことだったけれど。

「荷物、重かったよね!リンだけじゃ気が利かなくて……。こういう時にレンとか、お姉ちゃんたちが居てくれたら良かったんだけど……、今はみんな外出中なの」
「いえ!軽いので平気でした!お構いなく!」

しょんぼりと元気なく項垂れる頭の大きなリボンを見ていたら、反射的に答えていた。本当は、長時間持ち歩いていたせいで最初より重く感じるくらいなんだけど。「それなら良かった」と微笑む横顔に、胸をなで下ろす。これで、やっとご挨拶ができる。

「わたしっ、巡音ルカ、です。……これから、お世話になりますっ」
「リンはね、鏡音リンだよ!分からないことがあったら、リンに何でも聞いてね!」
「はい、…………リン、お姉様っ」

どのようにお呼びしようかと散々悩んで私が選んだ呼称を聞いたリン姉様は、お姉ちゃんってこそばゆい響きだったんだねと少し頬を染めた。どうやら、これは正解選択だったみたいだ。家に上がると、すぐにリビングに通された。中は、外から見た時より広く見える。

「お茶を持ってくるね。お茶菓子が無いかもしれないけど」
「あ、お、お手伝いしましょうか!」

大丈夫!という一言を残して、キッチンに向かう背中を、私はぼんやりと見送った。結局、その場に黙って腰を下ろす。何もすることが無くて部屋の中を何となく見回してみると、生活用品が所狭しと置かれていて、それだけのことが、凄く嬉しかった。私のいた「開発所」にも、テレビだって冷蔵庫だってヒーターだってあったのに、何でだろう?と思う。これからは、ここで過ごす日々が当然のことになるのだと思うと、心臓が跳ねた。……でも、きっと、こんなに心が熱くて痛いのは、嬉しいからという理由だけじゃない。本当は、すぐ泣き出してしまいそうなくらいに緊張している。ちゃんとやっていけるかしら、ご迷惑をかけてしまったりしないかしら。疑いたいわけじゃないのに、疑っている自分が嫌いだった。(突然、お手伝いだなんて厚かましかったのかしら。) 無意識に溜息が零れていた。

焦る必要なんかないのだと、自分に言い聞かせる一方で、不安が音もたてずに積もっていく。早く歌いたい。早く認められたい。……早く、“家族”になりたい。

ふと、ふらつく視界の隅に、ひらひら動く何かが入り込んだ。窓の外だ。暫く注意して見ていると、その「何か」は風が吹く度に合わせて揺れているようで、お姉様はまだ戻らないようだし、そっと窓際に寄ってみる。結論、ひらひらと揺れているそれは、黄色い紐リボンだった。縁側に置かれたプランターの小さな樹に、ちょこんと結んである。奥の株にも、同じリボンが結わえられていた。

「それ、気になる?」

振り返ると、いつの間にかお茶を持って戻っていた姉様が笑っている。テーブルにティーカップを置いて、わざわざ窓を開けてくださった。二つのプランターを少しだけこちらに手繰り寄せて、お姉様はそっと撫でるようにリボンに触れた。そして、静かな声が言う。「競争してるんだ」と。

「競争……ですか?」
「うん!オレンジ色のリボンがリンの樹で、手前の黄色がレンの。どっちが先に大きくなるか、競争!これは、その目印なの」

まぁ、そうなのですか。そう答えて、私はこっそりと安堵を吐き出す。良かった、引っ張って解いてしまったら大変なことになるところだった。
作品名:待宵メロドラマ 作家名:四季