ラブ・プルーフ
その3
「マスターの所に戻るんじゃないのか? 方向が違う」
ウサの足取りに迷いは無い様だったが、元来た道を辿っていない。ここから先はトラも来た記録が無いエリアで、念の為とラボの詳細データを展開させると使っていないらしい空室が目立つ。
「お前には、オレの実験に付き合ってもらう」
「実験…?」
「ここでいいか」
急に立ち止まったウサが部屋のロックを一瞬で解除すると、繋いだままだった手を引かれてトラは室内に引き込まれた。閉じたドアから聞こえた電子音は、施錠のものだ。
実験をする為に入ったはずの部屋にしてはアンドロイド用の設備など無く、奥の事務机に数台のパソコンがあるだけだった。それでもウサは部屋の中を進んで、仕切られている応接用のソファに座る。ウサと手を繋いだままだったトラは、勢いウサの膝の上に乗る格好になってしまった。
「オレと目を合わせろ」
顎を掴まれて上向かせられれば、言われなくても視線が合う。瞬間、“捕まえられた”感覚がして、トラは身動きが出来なくなる。そうしてすぐ、ウサと“繋がった“感覚に身体がびくりと揺れた。
「な、ぜ…?」
メンテナンスでセキュリティの強化が図られているはずなのに、何故か易々とウサは侵入してきた。強化が不十分だったのか、ウサのハッキング機能が上回っているのか。さすがにバーナビー達を疑えるはずもなく、ただ困惑するトラの目の前でウサは不敵に笑う。
「さすがに毎回ハックするのは面倒だし。お前が寝てる間にオレを自動認証するよう、細工しておいた。これでオレは、お前の中に出入り自由ってわけだ」
「何のために、こんな事…」
「実験って言っただろ。このファイル、展開してみてくれ。試作だけど、十分再現出来るはずだ」
リンクしているためすぐさま送られてきたファイルは、圧縮されているのにも関わらずやけに重い。何を再現するのか気になったが、言われた通り展開しようとして、パスワードが必要だとエラーを返された。
「ウサ、これを開くにはパスが必要なようだが?」
「あぁ、それは…」
ウサが言いきる前にパスワードは勝手に入力されて、ファイルが展開する。リンクしているウサがやったのだと気づく頃には、身体が異変を告げていた。身体中がざわつくようだ。
「…っウサ、なんなんだこれは?」
「この間お前が入られたウィルス、の改良版だ」
「っあ……っ?」
ウサがさらりと言ってのけた重要な事実を理解する前に不意に肩を触られて、意図せず甘い声が漏れた。トラは慌てて口を塞ぐと、ウサを睨む。
「大丈夫、システムに害は無いようにしておいた。全身、性感帯化しただけだ」
「せ…っ?」
先ほどから聞き逃せない単語ばかりウサの口から飛び出してくる。反芻する前にウサに腰から胸までを辿る様になぞられて、変な声が漏れそうになるのをトラはなんとか耐えた。確かに、触られる度じわじわと快感がこみ上げてくる。
「いや、だっ…これ、やだっ」
「気持ちよくないか?」
これまで体験した事の無い未知の感覚に、トラは目の前のウサの腕にしがみ付いてふるふると首を振った。数値上なら“良い”ということになるのだろうが、これは改良ウィルスによる疑似的な快感に過ぎない。虎徹に撫でられて気持ちいいと感じたそれとは、確実に違う。
「この前は触って触ってって、かわいかったんだけどな」
「…っ、なんの、はな、し、だ」
ウィルスに感染していた時の記録はまるで無いから、言われても解らない。先ほどから執拗にボディタッチをしかけてくるウサからなんとか身を捩って逃れようとしたが、腰から引き寄せられて叶わない。
「こら、逃げるな」
「ひ、あっ…」
首筋に直にキスをされて、服の上からとは違ったダイレクトな快感に身体が竦む。
「感度は十分っぽいけど、やっぱりシステムまでトばないと完全再現にはならないな」
ぶつぶつと独り言を続けるウサの手は休まずトラの身体を弄り続け、その度にびくびくと反応を示してしまい、変な声を抑えるのに必死だった。
「まぁ、耐えてる表情もなかなか」
「ウサ、もう、いい加減、やめ…」
とぎれとぎれにやっと伝えると、さすがにウサの動きは止まって、もう一度瞳を合わせられる。ソフトの終了と共に身体の力が抜けるように重くなって、そのままウサの胸に納まる格好になってしまった。
実験とはつまり、このソフトの動作確認だったのだろうか。ウサの言っていた通りシステム面にエラーは出ていないが、物理面の消耗が激しいようだ。フル充電してもらったはずが、もう半分にまで減っていた。