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僕のものではない君に

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微かに洗剤の香る、さらりとしたシーツが心地いい。記憶の奥底にある、懐かしい感覚に包まれてもう少し眠っていたかった。
そんなバサラを腹の虫が揺り起こす。
仕方なしに、大きく伸びをするとゆっくりとベッドから降りた。
少し寝癖のついた逆立った髪を、ガシガシとかきながらキッチンへと向かう。
ガムリンが煎れていったコーヒーはすっかり冷めていた。
もう、昼も近い頃だった。
テーブルの上には、昨夜のデリバリーのピザが二切れ残されていた。
タバスコをたっぷりかけると、すっかり固まってしまったチーズにお構い無しに口に運んだ。
物足りなくてバサラは冷蔵庫を開けてみた。
期待はしていなかったが、中身は殺風景だった。
入っているのは缶ビールとゼリー状のスポーツ飲料くらいだ。
仕方なくゼリー飲料を口にすると、ギターを手に部屋を出た。
宛てなど無い。
自分が何者で、どこから来たかなんてあまり気にならなかった。
とりあえず外に出てみようと思った。


歩きだして程なくすると駅前のロータリー広場に出た。
タクシーやバスの乗り場、いくつかの鉄道の乗換えがあるらしく、人の往来は多かった。
何かのモニュメントがある。待ち合わせの目印のようで、カップルも多かった。
バサラはべンチに腰掛け道行く人を眺めていた。
見上げると空は高く、日差しがまぶしい。
行き交う人、車、その流れを見ながらバサラは違和感を覚えた。
奇妙な感覚を振り払おうと、バサラは歌い始めた。
今の自分にとってただひとつの確かなものは、歌だけだった。
歌うことで、いつも道を切り開いてきた。記憶こそないがそれは間違いの無い事実に 思えた。
しばらくすると一人の男がバサラの前で足を止めた。
見上げると、色黒の体格の良い男が腕を組んで歌に聞き入っている。
「俺の歌、気に入ったか?」
「あ、ああ。良い歌だな」
バサラは嬉しくなって歌い続けた。
「隣、座っていいか」
「ああ、構わないぜ」
「俺はレイ・ラブロックだ。君は?」
「熱気バサラ。たぶん、だけど。」
男は一瞬、驚いたように目を見開いた。
「おいおい、なんだよ、その、たぶん、ていうのは?」
「記憶喪失?なのかな~」
バサラは他人事のように言うと、ここ数日のことを掻い摘んで話し始めた。
聞き終えたレイは、バサラに少し待っているように言うと駅のほうへ歩いていった。
戻ってきた彼はコーヒーとホットドックを手にしていた。
「腹、減ってないか?」
「ああ、」
空腹だったバサラは、それを素直に受け取った。
ソーセージが見えなくなるほどのマスタードをかけて、ホットドックにかぶりつくバサラを、レイは黙って見ていた。
食べ終わってひといき着くとバサラはまた、歌い始めた。
先刻感じた違和感など、もう、どうでもよくなっていた。
なぜだかとても気持ちよく歌える。
気のせいだろうか、レイと名乗った男から暖かい視線を感じる。
不快ではなかった。
行き交う人が一人、二人と足を止め、バサラの歌を聴き始めた。
いつの間にか、小さな人集りが出来ている。
一人が、飲み干したコーヒーのカップに小銭を投げ込んで行くと、幾人かがそれに続いた。中には紙幣を入れて行く者もいた。
バサラが一通り歌い終わるとパラパラと拍手が沸いた。
散らばって行く人の群れの中にバサラは見覚えのある人影を見つけた。
逆光で表情は良くわからなかったが、凛とした立ち姿に“彼”だとわかった。
気付けばもう、夕暮れだ。
「よう、今、帰りか」
バサラに声をかけられ、歩み寄ろうとしたガムリンの横を、一人の少年がすり抜けるように、小銭を投げ入れにきた。
「ちょっと待てよ!」
バサラの静止も聞かずに少年は走り去った。
「俺は、金が欲しくて歌ってるんじゃねえ!」
小銭が投げ入れられた紙コップに煩わしそうに目を向ける。
「誰もお前に金を施したいって思ったわけじゃないだろう。それがお前の歌を聴いた人たちの気持ちだ。」
穏やかな声でレイがバサラに語りかけた。
「どう感じるかは聴き手の自由だろう。拍手をするのも、金を置いていくのも。お前の歌に身銭を切る価値があると思ったんだろう。」
「俺は、ただ、俺の歌を聴かせたかっただけだ。」
「聴かせるだけでいいのか?」
「いや、俺の歌で、感動させたい」
「ならば、それが感動の代価かもしれんな。どうしても嫌なら、寄付でもすればいい」
バサラは叱られた子供のように、何も言えなくなってしまった。
二人のやり取りを聴いていていたガムリンが声をかけた。
「あのう、あなたは彼のお知り合いですか?私はガムリン・木崎といいます」
「レイ・ラブロックです。ここで歌っていたバサラに声をかけたという次第で。
残念ながら彼の知り合い、といわけではなくて。あなたが、記憶の無いバサラを保護したんですね」
「ええ、行きがかり上そういうことになります。歌の他にはまだ、何も思い出せないようです。あなたには何か、話しましたか?」
「いやぁ、歌のほかには・・」
見れば、いつの間にか寄ってきた鳩に、バサラはホットドックの屑を与えている。
「歌といえば、自分はこの近くでライブハウスをやっているんですがね。 どうでしょうか、バサラに歌いに来させてみては」
「自分は歌のことはまったくわかりませんからね。おい!バサラ!」
ガムリンが呼びかけると、バサラは今度は通りかかった散歩中の犬と戯れている。
呑気なものだ。
「どうだ、俺のバンドで歌ってみないか。ちょうどもう一人ボーカルが欲しいところだったんだ。」
バンドと聴いてバサラの目の色が変わった。
「いいじゃねぇか!」
「お前の曲でいいぞ、やってみてくれ、明日、メンバーが集まるので紹介しよう」
レイは懐から名刺を取り出すと二人に手渡した。


帰り道、二人で並んで歩いた。
バサラは疲れたようなガムリンの横顔をちらりと盗み見た。
一昨日の晩のことを思い出す。
彼はひどく寝苦しそうだった。悪夢の中で、迷い苦しんでいるように見えた。
無意識に伸ばされた手に腕を捕まれ、振りほどくことが出来ずそのまま朝を迎えたのだった。ガムリンには話していないあの晩の事実。
彼の寝顔が穏やかなものに変わるまで、 なんとなく眺めていたことも。
今の彼もまだ、何かに悩み苦しんでいるのだろうか。
端正な横顔は暗く沈んでいる。
口を閉ざしたままのガムリンにバサラは話しかけた。
「そういえば、お前の名前、ガムリンていうんだな」
「え?」
「さっき、レイに自己紹介してたろう。そういやぁ、俺、お前の名前知らなかった。 だけど、全然、気にならなかったぜ。変だな」
「知らなかったのか?」
「ああ、」
「しかし、今朝、俺の名前を呼ばなかったか?」
「そうだったか?覚えてねぇなぁ」
言われれば何か甘い夢を見ていたような記憶がある。
ガムリンを見れば、キツネにつままれたような顔をしている。
「まぁ、いいんじゃねぇの」
この話はここまで、とばかりにバサラは鼻歌を歌い始めた。
作品名:僕のものではない君に 作家名:小毬