僕のものではない君に
男は威嚇の為か、一発 を店の壁に打ち込んだ。
外では銃声を聞いた人たちがざわめいている。
店を覗く物もいれば、怯えてその場から立ち去る者もいる。
まもなく店の外は警察に囲まれることになるだろう。
店は五~六坪程度の小さな中華料理店だった。
10人も座 れば満席であろうカウンター席だけで、店員は店主のみだ った。
居合わせた客は男性ばかり四人で、男の指示で店の端に寄せられた。
ガムリンだけは男の盾になるかのように、店に飛び込んだ時と同じ 位置で、通りを背にして立たされている。
大きな窓からは店内の様子は丸見えだった。
男は店主を地面に座らせ、自らは店主用であった丸イスに 腰掛けカウンターを防壁とした。
男が外の様子を気にしている。
警察が集まり初めているのだろう。
まもなく狙撃チームも配置されるはずだ。
同業者に背中を狙われる日がこようとは夢にも思わなかっ たと、
ガムリンは自笑めいた溜息をついた。
「何が面白しい」
自分が笑われたと勘違いしたらしい。
「すまない。笑ったわけではないんだ」
ガムリンが素直に詫びたが、男は何も言わなかった。
それでもガムリンは、言葉を交わすきっっかけを得た と、話しを続けた。
「なぜ、ミレーヌさんを襲った?」
答えなかったのでガムリンが質問を変えた。
「市長の娘だからか?何か恨みでも?」
男の肩が少しづつ震え始め、絞り出すように語りだした。
「お袋が殺された。この間の殺人事件で」
ガムリンは例の事件だと確信した。
「市長のせい、だって・・」
母親の死を思い出したのかサングラスの下の瞼を擦った。
ちらりと見えた素顔はまだ、十代のように見えた。
逆恨みによる犯行だとしたら、あまりにも不毛だ。
市長の失脚を狙ったとの噂を聞いたが根拠はない。
素人同然の年若い男が銃を所持しているのも不自然だ。
何やら裏がありそうだ。
狙撃手が男を撃つか、突入部隊が踏み込めばこの事件は終 わる。
最善を尽くせば多くの血が流れることもないだろ う。
だが、それでいいのだろうか?
”「駄目なんだよ。力でねじ伏せちゃ、暴力だけじゃ何も 解決しない。変わんねぇんだよ」”
昨晩のバサラの言葉を噛みしめた。
ガムリンはひとつの決意を持って、男と対峙した。
「君に提案がある。私以外の人質を解放しないか?」
「あんた、何、言ってる」
「人質は一人いれば充分だ。むしろ多いと君の方が不利な こともある。
ここにいるのは私を含めて男ばかりだ。それ なりのリスクはあるが五人がかりで君を取り押さえること も不可能ではないぞ」
人質の四人は、20代から30代の男性客だ。ガムリ ンの言い分が正しいことを明らかだ。
「わかった。四人は解放する。だけど、このオヤジさんに はもう少しつきあってもらう」
ガムリンが自分の命よりも、他人の命を盾に取る方が、言 いなりになる人間と思ったのだろう。
店主を残して、四人の客たちは腕を頭の後ろに組み、狙撃手から見えやすいよ うにドアをくぐった。
残りは店主と男だけだ。最悪の場合に背負わなければなら ない罪が軽くなったことに安堵した。
「さて、次は君の要求だ。君はテロリストとかではないん だろう。私に追いつめられてここに立て篭もっただけだ。 違うか?逃走ルートの確保か?それとも、市長か、その娘 さんの引き渡しでも要求するか?」
男は首を横に振った。
怒りの先が間違っているのは彼も承知なのだ。
「言われたんだよ。お袋が殺された事件は市長派の仕業だ って。敵を討ちたくないかって銃を渡されて・・」
いったい、誰に?とガムリンが思った瞬間、背後から一発 の銃弾が打ち込まれた。
それはガムリンの頬を掠め、壁に めり込んだ。
男はとっさに両手で銃を構えガムリンに向け た。店主は解放されたものの、恐怖からその場にへたり込 んでいる。
至近距離だ、動揺した男に引き金を引かれれば避けようが ない。
ガムリンがほんの少し体をずらせば、狙撃手が狙える。
しかし、そうはしたくなかった。
引き金に掛かった男の指に力がこもったその時だった。
「俺の歌を聴けぇ!!」
バサラの叫びとともに大音響のバンドサウンドが響いた。
あまりにも予想外の出来事に、その場の誰もが動きを失っ た。
店の目の前は、一昨日バサラが歌っていた駅前のロータリ ー広場だ。いつの間に準備したのか、レイやミレーヌらと 街頭ライブを始めたのだ。
男はまだ、銃を構えたままだったが、その指にはもはや力 は込められていない。
窓を背にしたままのガムリンには、外の様子はわからなか った。
「なぁ、何が起きてるか教えてくれないか?」
「昨日のあいつが、歌ってる。」
「そうか」
「なんで、こんな時に歌ってるんだよ・・」
男は絞り出すような声で言った。
ガムリンにも分からなかった。意表をついた陽動なのか、 犯人の戦意を喪失させる為なのか。
銃なんかくだらない、 捨てちまえと言いたいのか。
ただ、今は「俺の歌を聞かせたい」その思いがバサラを歌わせているのだろ う。
「お母さんのことは、お気の毒に思う。だが、君は、 まだ、誰も殺してはいない。大丈夫だから。ここで、終わ りにしよう。」
男は黙って頷くとカウンターにそっと銃を置いた。
外は事件の顛末を見届けようとする人と、ライブを見 ようとする人でごった返していた。
発電機と駅前の明かりとで照らされたそこは、ステージさながらに眩く、 取り囲む人々の熱い声援に包まれていた。
人混みの隙間から覗くとガムリンに気づいたミレーヌが視 線を送ってきた。
その身を案じて不安げだった顔に笑みが浮かぶ。
軽く手を挙げて応えると、レイやバサラも気づいたようだった。
もう少し見ていたかったが、事情聴取を求められ、やむなく、 その場を離れなければならなかった。
別の男が一人、連行されようとしていた。恐らく、店に銃 弾を打ち込んだ者に違いない。
口封じに立てこもった男を 撃とうとしたのだろう。
ガムリンがパトカーに乗り込む間際に、もう一度振り向け ば、歌うバサラが拳を頭上に、大きく降り上げていた。
作品名:僕のものではない君に 作家名:小毬