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僕のものではない君に

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"夜明け前が一番暗い”
薄闇に包まれる窓の外をを眺め、そんなを言葉を思い出し た。
もうすぐ、夜が明ける。
ガムリンの無事は分かっていたが、バサラは一人、眠れず に部屋で待っていた。
空も白み始める頃、事情徴収を終え、ようやくガムリンは 戻ってきた。
「起きてたのか」
「まぁな」
緊張と疲労で消耗しているのは、顔色をみればすぐ にわかった。頬には大きな絆創膏が貼られている。
「バサラ、おまえの歌に、助けられた。」
「俺は助けた覚えなんかねぇぜ。歌いたいから、歌っただ けだ。」
「そうか。」
バサラを見てガムリンは顔をほころばせた。
「なぁ、おまえさぁ、大丈夫か?」
「ああ、もう、大丈夫だ」
「みたいだな」
ガムリンの疲れてはいるが、迷いのない、真っ直ぐな瞳に、 道を見つけたことを見て取った。
わずかの会話を交わした後、ガムリンはベッドに潜り込ん だ。
「今日は、休むから起こさなくていい」
それだけ言うと、数分で眠りに落ちた。
日頃から白いと思っていた肌は更に蒼白で、目の下には隈 ができている。銃弾が掠った頬には大きな絆創膏が貼られ ていた。
「いい男が、台無しだな」
バサラはガムリンの頬にそっと指を滑らせた。
大した傷ではないだろう。自分の腕の傷のように、数日も すれば消えてしまう。
しばらく、ベッドにもたれて座り込んでいたが、ガムリン の規則正しい寝息を聞きながら、バサラも浅い眠りに落ち た。


 眠るガムリンを残し、部屋を後にしたのはもう、日も高 い頃だった。
レイとは店の前で落ち合う約束だった。
ガードレールに腰掛けていると、一台の赤い四輪駆動車が 止まった。レイだ。
「乗れよ」
促されるまま、バサラは助手席に座った。
「どこいくんだよ、ドライブって訳でもないだろう」
「まぁ、そんなところだ」
会話が弾むといった訳でもなく、ぼんやりと聞いていたラ ジオから、昨日の事件の報道が流れていた。
市長の対立候補が暴力団を使って、娘の誘拐を企てたと報 じていた。
一時間ほど走っただろうか、街を外れた公園のようなとこ ろで車は止まった。
車外に出るとそこが公園ではなく墓地だとわかった。
「こっちだ」
小振りな花束を手にしたレイの背中に着いて行った。
墓参りかだろうか。
一つの墓の前で足を止めたレイは、しゃがみ込むと花束を そっと置いた。
墓石には nekki basaraと記されていた。
立ち上がったレイはバサラの方へと向き直った。
「おまえは誰なんだ?」
「熱気バサラだ」
バサラは淀みなく、そう答えた。
「俺の知っている熱気バサラは十五歳の時に死んだ。事故 だ。友人の運転する車に同乗していた。今はここに眠って いる。」
「そうか」
「十歳位のころからだったか、一緒に暮らしてた。 歌の好きな奴でな。弟みたいに思ってた」
レイの話を聞きながら、バサラは刻まれた名前を見てい た。
自分が死んだ話をされても、心は何も動かなかった。
「あんたは、俺を誰だと思ってるんだ?」
しばらく考えてからレイは答えた。
「やっぱり、熱気バサラだ。誰だと聞いておいておかしな 話だが、おまえがバサラ以外には思えん。」
期待通りの言葉を聞けてバサラは唇の端を上げた。
自分が何者で、これまで何をしてきたのか、バサラには、 もう分かっていた。
分からないのは、ここが何処で、なぜ 此処にいるのかだった。
「なぁ、平行世界ってあると思うか」
「パラレルワールドってやつか?」
「ああ」
「さぁな。無いとは言い切れないが」
「俺がその別の次元、別の世界から来たって言ったらあん たは信じるか?」
レイはすぐには答えられなかった。
「わからん。だがおまえが熱気バサラだってのは感じられ る。俺の知っている、十五で死んだバサラではないが、お まえがバサラだってのは信じられる。だから、そういうこ とも、あるかもしれんな。」
フォールド航行中の事故か、何かしらの事情で別次元に飛 ばされたとは、考えられないだろうか?
あり得ない話ではない。問題は自分の世界へ戻れるかどう かだ。
「何にしても、大人になったおまえに会えて、俺は嬉し かった。」
レイの手が頭にぽん、と置かれ、くしゃりと撫でられた。
その大きな手が頬へとすべり、顔を包み込まれる。キスさ れるとわかったのに避けなかった。
押しつけられた唇と忍 び込まれる舌を受け入れたが、応えることはしなかった。
咥内に残るタバコの味が、レイとキスをしたことを強く意 識させた。
「すまん」
「大丈夫だ。あんたに、こうゆう事されても、嫌じゃな い。嫌じゃねぇけど、、、」
確かに嫌では無かった。うまく説明できずにいるとレイが 先に口を開いた。
「ガムリンか? 彼もおまえの世界にいるのか?」
「ああ、あんたも、ミレーヌも俺の世界に存在する。みん な大切な仲間みたいなもんでさ。ガムリンは、なんて言う か、もっと特別な奴さ」
「恋人か?」
「そういう部分もあるけど、それだけじゃねぇ。なんて言 うか、もっと深いところで繋がってる」
お互いの強さと生き方を認めあえる。飛び方は違うけれ ど、見据える先はきっと同じと信じられる。
こいつにだけは負けたくない、みっともない姿を見せられ ないと思う一方で、自分の弱さも涙も、受け入れてくれる であろう存在。
「俺、あいつに呼ばれたのかな?迷ってたんだよ。自分の 道を見失っちまって。あいつはそんなに弱かないんだ。だ から、ちょっとだけ、道を示してやれば、また、歩き出せ る。ちょっと火をつけさえすれば、簡単に燃え上がる。俺 と同じでさ」
バサラは懐かしそうに、愛おしそうに、目を細めその男を 思い浮かべた。
自分のいた世界のその男は、迷う自分を叱咤した。
そして、彼もまた、迷いながら自分の道を見つけた。
バサラのいないこの世界のガムリンは一人、道に迷い闇の 中にいた。
ここに来た理由があるとしたら、迷うガムリンを導きにき たということだろうか。
ならば、役割はもう、果たされたのだ。
きっと、彼はもう、大丈夫だろう。
今朝ほどの、疲れてはいるが、吹っ切れたようなガムリン の顔を思い浮かべた。


自分はこの世界には存在しえない者。
摂理があるのなら、ここには留まれない。
「五日間だけなら」とガムリンは言った。
恐らくはそれがキーワードだ。
ガムリンがバサラを必要とした時間。
明日までだ。魔法の時間はもうすぐ終わる。


帰りの車中で、バサラはあくびをかみ殺した。
「寝ててもいいぞ」
「悪いな」
レイの丁寧な運転が心地よくて、眠りに落ちるのは簡単だ った。
手持ち無沙汰にレイはタバコに火を付けようとした が、静かに眠るバサラの横顔を見ると、それを懐に戻し た。
作品名:僕のものではない君に 作家名:小毬