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幻影桜花

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喧嘩すればすぐに手と足がとんでくるそんな姉だった。結婚してから少しはまともになったのかと思ったのが間違いだった。雪男の名を囁いたのを最後に飛んできたのは拳だった。咄嗟に避けるが寝起きが災いしてよろける。それを見逃さなかった姉は素早雪男を抑え込み、羽交い絞めにしてくる。急激に首を絞められ、息苦しさにストップをかけるが力は一向に緩まない。癪に障るがここは自分の方から折れるのが賢明である。そう考えたところで、急に力が緩んだ。咳きこみながら顔を上げると彼女はベッドの傍にある窓を見つめていた。
「――空気が騒がしいな」
雪男と同じ血に連なるものである彼女は、巫女の名を背負う。未来(さき)を見通す力を持つ。ゆえに、代々の巫女が受け継ぐ名――一族から先読みの姫と呼ばれている。
雪男とは異なる紫の瞳を細め、ただじっと窓の外を見据える。その先には雪男にも分らぬ世界が見えているのだろう。
「雪男、今日は“あれ”を持って行け」
視線を合わすことなく囁いた。彼女の視線の先にあるのは雪男が通う高校である。
「姉さん……?」
あれが何を指すか嫌でも分かる。神社の宝刀「倶利伽羅」を扱えるのは雪男しかいないのだ。













******



かさり、かさりと葉がさんざめく。
燐は見上げた先にある枝に目を細めた。遥か昔、この山にあった城。今やその姿は消え失せ、石垣のみが辛うじて残る山頂にその木はあった。遥か昔から白山と呼ばれ、神々の降り立つ場所として崇められた神聖な場所。枝を空一面に広げ、悠々と立つ姿はいつ見ても厳粛な気持ちになる。
「どうした、燐。難しい顔をしおって」
腰かける燐の耳に届いたのは柔らかな風。否、それは自分と同じ古の神の声。ふわりと香った清廉された空気に思わず見惚れる。とんと隣に腰かけたのは色鮮やかな打ち掛けを纏った黒髪の美しい女だった。端然とした姿はこちらまで身が引き締まる。淡い藤色の瞳と、口元を彩る紅。白い肌は人が持ちうることの出来ぬほど透き通り彼女の表情を明るく輝かせる。初めてこの場に招かれた時纏っていたのは幾重にも重ねた色鮮やか衣――袖着物 、袴、単、五衣 、打衣、表着、唐衣と五衣唐衣裳と呼ばれる出で立ちであった。それは神の名に相応しい姿だった。だが、昨今は簡単な着物と打ち掛けを羽織るのみとなった。何故と問うた燐に白山の鎮守は扇の奥で静かに笑った。
『もはや、われを神と祀る者は少ない。ここがかつて神の御膝であったなどと誰が知っていよう』
悲しげな声音とは裏腹にその横顔は慈愛に満ちていた。人の世の移りは早い。特にここ最近の変化は激動とでも言えよう。だが、彼ら古の神は変わることなく留まり続ける。 
それを悲しむのではなくありのまま受け入れた彼女は人々に忘れ去られようともこの地から人々を見守り続ける。
――人を愛し続けている。
「希妃(きひ)、久しぶりだ」
燐は素早く立ちあがると彼女に向かって軽く会釈する。すると彼女もまた音もなく立ちあがると軽く頭を下げた。
それは古の一族の挨拶。
基本的に彼らはそれぞれ独自の場を持ち、互いに干渉することなく人の世に溶け込み暮らしている。相手の場を踏み荒らさぬことを固く誓い最大の禁忌とさえされているというのに。彼女はやすやすとそれを破る。今日も突然使いを寄こしたかと思うと燐を招いた。袖で口元を隠すとほほほっと軽やかに笑った。
この付近で巨大な力を持つ彼女の本体は樹齢一千年のなぎの木である。
「律儀よのぉ、青の君は。われとそなたの仲ではないか。はよお、座りなされ。今しがた、われの元を訪れたものが珍しゅうものを持ってきてな。是非ともそなたにと思って呼んだのだ」
青の君。それは彼の本体――山桜がある神社の通り名から来ている。青鎮め――青い炎を持つ燐に相応しいと珍しく通り名で燐を呼んだ希妃は、嬉しそうに言った。彼女は燐の真名を知らない。そして、燐もまた希妃の真名を知らない。古の一族は通り名で相手を呼ぶのが通例である。そして、袖の中から取り出したのは真っ白な徳利と二つの盃。一つを燐に出しだす。燐は有難く受け取った。
数少なくなったとはいえ、彼女を祀るものもいまだ存在している。特に山登りと称される人界での儀式の折には必ずと言って、彼女の元を訪れ、許しを得に来る。古の一族とは自然界にひっそりと溶け込み、自然と共にあるもの。千年もの長い月日を過ごした大樹、悠々と流れる川の流れに身を削られながらも鎮座し続ける大岩、昏々とわき続ける清らかな水を抱く泉、朗々たる水音を響かせ、数多の命の導となる大滝も。彼らは各々独自の力を有し、故に神と呼ばれるものもあった。人は神を敬い、慕い、時に畏れ崇められてきた。燐もその一人である。かつて、鬼と呼ばれたものが人々を襲った。その時、彼は己の持つ青い炎を持ってそれを鎮めた。それが燐の本体である山桜を祭る神社の通り名の由来である。そうして彼は人々に敬われる存在となり、本体の山桜は御神木となった。
“鬼”
それは悪しき力を持ち災いを齎すという異形の者。
時が、移ろわなければ、よかったのかもしれない。
歳月は人と神との間に埋めることの出来ぬ距離を生んだ。時が流れるにつれ、人々の中から信仰が薄れ、神の存在自体が少しずつ失われるようになった。人は神の領域を侵し、破壊していった。場所を追われた神と呼ばれた古の一族は力を失い、多くが消失していった。残った数少ないものは、その力故、異形の者として忌み嫌われ時に辱めを受けた。そのために心を病み、正気を失い力を制御できなくなったものもいた。
――それが、“鬼”
遥か昔、燐が鎮めた鬼もまた、同胞であった。同じ古の一族であり、共に神と崇められたものだった。神と崇め、敬い、祈りを捧げた存在に人々は迷うことなく刃を向けた。燐にとって信じがたい光景だった。だから、燐は「倶利伽羅」を抜いた。鬼と化してしまった同胞へのせめてもの手向けのために。青い炎は浄化を意味し、炎に包まれた同胞は最後の瞬間、理性を取り戻した。そして、笑ったのだ。嬉しいと有難うと呟きながら消えていった。
すでに数百年もの昔の話だが、未だにその時の記憶が色鮮やかに蘇る。燐は少し疼いた古傷に気付かぬふりをしながら同胞の名を呼んだ。
「希妃、俺を呼んだ理由がほかにあるんだろ?」
燐は炎と同じ青い瞳を側に座る古の神に向けた。彼女は何も言わず目を細めると扇を静かに閉じた。そして、音もなく立ち上がると遥か向こうに見える山間をさした。
「何、おせっかいな噂好きがわれを訪ねてきてな。言うのだよ、近いうちに鬼が現れるであろう、と」
風の一族が運ぶ噂ほど的確なものはない。希妃ほどの神の元に届いたという噂。彼女の耳に届いた時点で噂の域を脱している。噂の元凶たる神は、すでに鬼と化してしまっているのであろう。希妃も分かっている。それでも濁した言葉の裏には計り知ることの出来ぬ葛藤と願いが込められているように感じた。また一人鬼となった神。その事実を受け止めねばならぬと言い聞かせながらも間違っていてほしいと思う心。相反する想いは燐にも覚えがある。互いの干渉を是非とせずひっそりと生きる。だからと言って、同胞を想う心は人と変わらない。
「――希妃、教えてくれ」
――鬼の居場所を。
作品名:幻影桜花 作家名:sumire