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幻影桜花

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問うた燐に希妃は一つ息をはいた。同時に燐の背にあるなぎの木が葉を大きく揺らした。枝を震わせ、さんざめく。 
その音が泣いているように聞こえた。彼女の苦悩が痛いほど伝わってくる。同胞を愛しながらも人も同じく愛しく思う。それが白山の鎮守。鬼と化した神を放置すれば、何よりもまず人に危害が及ぶ。希妃が憂いているのはまさしくそれだった。神が鬼と化す引き金は人に他ならない。
希妃はひとつ息を吐くと扇を閉じ、そしてそれで山の向こうを指し示した。
「――お主は、どれほど年月が過ぎようとも変わらぬな。その力強さがわれは羨ましく思う

彼女が微笑む。その眼差しは確かに泣いていた。同胞が終焉を迎えようとしていても何も出来ぬと嘆いた囁きが耳の奥で蘇る。その時の面差しとまるで同じだった。
燐は何も言えず、ただ彼女を見つめた。
彼女が囁いた場所――そこに鬼と化した神はいる。燐は山間を見据えた。青い瞳がゆらりと揺れた。







*****




「おーい、若先生!」
授業が終了を迎え、帰り支度をしていたときだった。不意に呼び止められ顔を上げた先にいたのは幼いころからの知己――志摩廉造だった。高校に上がった途端、やたらと派手なピンク色に髪を染め、父親が嘆いていたのを鮮明に覚えている。
「相変わらず派手な髪色だね。どうしたの、志摩君」
「ほんま、若先生の一言目は心臓にくるわ~」
眉を下げ、胸元を握りしめながら机に倒れ込む。雪男は苦笑いを零した。
「――それより、どうしたの?」
呼び止められた理由を問うと、急に真顔になり黙りこむ。しばらく逡巡したのちゆっくりと口を開いた。
「なあ、若先生」
「何、志摩君」
「――最近、えらい空気が騒がしかったんやけど、ここ数日は重いなんてもんやない。何かあったんやろか?」
声を潜め、問いかけてくる。志摩廉造とは幼いころからの知り合いだが、それだけではない。志摩家はもともと奥村と同じ家系だった。神社を建立した祖が死した後、その当時神名を受け継いでいた当主により、西と東に拠点を分け、神々を静め続けてきたという。その西の拠点の一つとなったのが志摩家である。神名を読めるだけでは補えない力を、先読みに長けた巫女の血統を奥村の血筋に織り込むことでさらに力を強めていった。その巫女の本家の拠点となったのが京都である。もともと彼も京都で生まれたのだが、ある事情により親戚のうちに放り出されたらしい。曰く、「煩悩に支配されているうちはうちの敷居は跨がさん!少しは世間の波に揉まれて成長して来い!」と言うことらしい。
本家である奥村より血の濃さは薄まってはいるが稀に本家と同じように神名を読める者が生まれるが大抵は廉造のように場の空気を察知する能力に長けている。雪男の父親も志摩家の出身であり、先読みの姫と呼ばれる姉シュラの力は分家の血を濃く受け継いでいる。
神名が読めたとしても、雪男には場の変化は分かりにくい。微かな変化だけでは見逃してしまう。そのほんの僅かな揺れすら廉造は見抜いてしまう。
「――それは、いつから?」
「最初はちょっとしたもんやったんです

ぽつり、ぽつりと語り出した異変に雪男は耳を澄ませる。登校中、後頭部に微かな痛みを感じたのが始まりだったらしい。静電気が走ったような微かな痛み。その時は気のせいだと思っていたそうだが、日を追うごとに徐々に痛む個所は広がり、とうとう今日、目の前で火花が走ったという。
「静電気というより、空気が緊張しすぎて破裂したゆう方が正しいかもしれません。問題なんがその場所なんですわ

彼が告げた場所、それはまさしくこの学校に他ならなかった。脳裏に姉の言葉が蘇る。真剣な面持ちで窓の外を見つめていた。
「今は何ともないの?」
彼が言う問題のある場所がこの学校ならば、かなりの苦痛を伴っているのではないだろうか。そう思って問いかけるが、返ってきたのは何とも気の抜けた返答だった。
「――へ?ああ、今は何ともありませんよ。何でやろ、若先生がおるからやろか」
「――え?」
「気付いてへんのですか?」
志摩はそう言って微笑んだ。
「先生の周りの空気、清浄と言うかなんというか。時たまですけど、何やええにおいがしますし。流石は奥村の跡取りや」
どう返答を返せばいいか分からず曖昧に微笑んだそのときだった。
ぞくりと肌が泡立ち、とっさに風呂敷に包んでおいた「倶利伽羅」を握りしめていた。兼造に視線をやれば、彼もまた顔を強張らせていた。
「――志摩君、今の」
「……ええ、間違いありません、この気配ですわ」
禍々しいまでの気迫は校舎の裏手から感じる。雪男は握りしめていた剣を抱え、すぐさま走り出した。
「志摩君!」
「――はい!」
雪男が呼びかけるよりも前に彼もまた同時に駆け出していた。横に並んだ二人は頷きあうと感じる気配の元へと駆けて行った。
授業が終わり、静まり返る校舎の中、走る二人の足音がやけに大きく響く。山の入口に建てられたこの学校は自然に囲まれている。人工的に作られた並木道などではなく、自然そのままの姿を感じることが出来る。よく言えば自然との共存に取り組んでいるとも言えるが、悪く言えば自然以外の何の取り柄もない学校ともいえる。郊外学習と称して裏に広がる山に入ることも多いがこんな気配は始めてだった。今が放課後であることを雪男は心底感謝した。もし、これが日中ならばこうして動くことも出来なかった。何かが起こってからでは遅い。特に鬼と化した神が関係しているとするならば尚のこと。普通の人間では手も足も出ない。
それでも教員たちはいまだ仕事を続けている上、部活動を行っている生徒も多い。何も起こらぬようにと、ただ祈るしかなかった。





――その数分前。
裏山に程近い場所に造られた花壇の手入れを行う生徒たちがいた。皆、園芸部に所属する者たちであるが、正門、中庭、そして裏門に当たるこの場所には季節折々の花々が植えられ、毎年県の表彰を受けるほど整えられた花壇は美しい。その製作者の一人である杜山しえみはふと顔を上げ、手に持つスコップを置いた。
(何だろう……)
誰かに呼ばれた気がして立ちあがるが辺りにいるのは見知った園芸部員のみである。皆、それぞれに分かれ作業を行っている。気のせいかと再び作業に戻った時だった。
――悲しい……
今度こそはっきり聞こえた声にしえみは立ち上がると声のした方向に耳を澄ませた。
(……誰?)
――もう、嫌だ……
悲しみを帯びた声に胸が痛んだ。
どうしてもその声の主を放っておくことが出来ず、しえみは声のした方向に歩きだした。
「杜山さん、どうしたの?」
「ううん、ちょっと……。すぐ戻るから」
側にいた友人から呼び止められるが、しえみは曖昧な返答を返し駈け出した。声の聞こえた方向、裏山の方へと。
作品名:幻影桜花 作家名:sumire