Wizard//Magica Wish −10−
「まぁな!空腹の辛さは嫌って程知ってるし、なんだかほっとけないんだよ、こいつ」
「っ…そっか、そうだったね」
杏子ちゃんの生い立ちは知っている。一緒にいる間に全て俺に話してくれた。
かつて魔法少女になる前、教会の聖職者であった杏子ちゃんの父親が世間から怪しい新興宗教と認識され、信者を失ったうえ教会を破門されてしまったらしい。
そこから収入といえる収入を得ることができず、まともな食事ができない程の貧困な生活になり、そのときから食べることに執着し始めたという。
杏子ちゃんは愛する父親が誰からも話を聞いてもらえないことに心を痛め、そんな時現れたインキュベーターと契約を交わし、父親は過去以上の信者と信仰を取り戻した。
だが、幸せは長くは続かなかった。
自分の教えではなく、魔法の力で信者を獲得した事を知ってしまった父親に「魔女」と罵られた上、父親はそのショックから杏子ちゃん一人を残し家族を巻き込んで無理心中してしまったという。
結果、奇跡によってそれ以上の絶望を味わう事になってしまい、杏子ちゃんはこれ以降「他人のために魔法を使わない」と心に決めていた。その後は自分の利益だけを考えて悪事を何度か働いていたみたいだけど、皮肉にもそうやって勝手気ままに生きることが魔女化抑止の一因になっていたみたいだ。
この話を聞いた時、普段は明るく、表情豊かな彼女の過去は非常に重く辛い日常を体験してきたという事実に俺は何も言葉が出なかった。その時俺は感じた事が一つある。杏子ちゃんは俺以上に強い精神力を持ち、絶対に希望を捨てない素晴らしい人物なのだ、と。きっと、俺はそんな杏子ちゃんに惹かれてしまったのだろう。俺がこうして頑張れるのは、傍に杏子ちゃんがいるからなのだと。
「あ~美味しかった!キョーコ、すっごく甘かった!」
「そっかそっか!良かったな ゆま!」
口元に餡子を付けて満面な笑顔をする ゆまちゃんに釣られて杏子ちゃんも自然と笑顔になっていた。好き勝手と良いながら人のために行動する事ができる杏子ちゃんは本当にすごいと俺は思う。恥ずかしいから口には出せないけど。
「さて、と。ゆまちゃん、そろそろお母さんの元に帰らないと。近くまで送ってあげるよ」
俺は ゆまちゃんに手を差し出し、親元に ゆまちゃんを連れて行ってあげようとした。だが ゆまちゃんは何故か不思議そうに俺を見つめる。
「ゆま、お母さんいないよ?」
「…え?」
あれ、今ゆまちゃんはなんて言っただろうか?母親がいない?…しまった。もしかしたら ゆまちゃんのお母さんは、家族関係で別居しているのだろうか?いやいや、考えすぎだ。きっと病院に入院しているとかそんなとこだろう。…しかし、もしかしたら既に故人なのでは…とりあえず、ゆまちゃんには悪い事を言ってしまったな。
「そ、そうなんだ…だったらお父さんのところに帰ろっか?」
「お父さんもいない、ゆまは一人だよ?」
「はぁ…はぁ?」
「お、おいハルト…もしかして、ゆまは…」
作品名:Wizard//Magica Wish −10− 作家名:a-o-w