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LOST ③ 後編

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「後でちゃんと謝るから、心配すんな」
 そう言って、すばやく立ち上がり甲斐が現れた方法と同じ様に、サトウキビ畑へと身を躍らせる。
 甲斐が帽子を持ち上げて、体を起こす頃には平古場の姿はどこにもなかった。追いかけようと立ち上がったが、どの方角へ行ったかも分からず途方にくれてしまった。
「裕次郎、平古場は見つかったか?」
 振り向けば、知念が立っていた。駆け寄って、今までの平古場との会話を伝えれば「そうか」と頭を撫でられた。
「わん、怒らせる様な事言ったかな」
「心配すんなって言ったんだろ?なら、大丈夫さぁ。……裕次郎、頼みたいことがあるんだけど」
「ぬー?」
 知念は甲斐に頼みごとを伝えると、迷い無い足取りで歩き出した。その後ろ姿を見送って、甲斐は知念の頼みごとを叶えるために走りだした。


 サトウキビ畑に入って、ひたすらに前へと突き進む。
 甲斐に今の平古場の表情を見せたくなくて、とっさに逃げ出してしまった。甲斐の口から昔の木手の話が出ただけで、靄の様な暗い感情が胸を過ぎった。こんな時までそんな感情に支配されるだなんて、どうかしてるとしか思えなかった。
 『ごめん、裕次郎。ごめん、ごめんな』
 何度も何度も『ごめん』と繰り返し心の中で謝った。
 わざわざ心配して追いかけて来てくれたのに、置いてきてしまった。大切な親友でチームメイトで、木手よりもよほど気が合う。気分屋で、たまに驚くほど馬鹿なこともするけれど、そんな天真爛漫さに何度も救われてきた。平古場にとって、かけがえのない仲間。
 大切なのに、どうしてこんな酷いことをしてしまったんだろう。
 どうしようも無い馬鹿で、最低な奴だと自分自身が嫌になった。守りたいと言った端から傷つけて、もうどうしていいのか分からなくなっていた。
 ただ、走って走って。
 辿りついた場所は、いつも平古場が飛び込みをしている崖だった。崖と言ってもそれほど高い訳ではなく、波の流れも穏やかで泳ぐには丁度いい場所だった。
 海が見えるこの場所は、よく平古場が一人で来る場所だった。崖の端に座りこんで、足の間に顔を埋めていると、小さな足音が聞こえてきた。それは、平古場には聞きなれた足音ですぐに誰だか分かった。
 足音の持ち主は、平古場から少しだけ離れた場所に座った。何かを話す訳でもなく、ただ静かにそこにいた。
 どのくらいの時間が経ったのか、平古場の呼吸が幾分か落ち着いたものに変わってきていた。それを感じたのか、傍に座っていた人物がやっと口を開いた。
「裕次郎が心配してたさぁ」
「……後で、謝っとく」
 傍に座っているのは、平古場の予想した通りの男だった。知念だけは、この場所を知っている。幼い頃、一緒にここで飛び込みをして遊んでいたからだ。
「永四郎のこと、嫌いになったのか」
「……まさか。だた、ちょっと気に食わんだけやっし」
「永四郎も同じ。平古場のこと気に食わんだけだろ」
「…………なんだそれ」
「本当のことやっさ」
 そこで、ようやく平古場は顔を上げて知念を見返した。思ったよりも遠くに座っていて、ぼんやりと海を眺めている。近すぎず、遠すぎず。こういう時の知念は人との距離感を良く分かっている。特に、平古場とは幼馴染だからだろうか、無理やり心に踏み込んでくるようなことはしなかった。
「知念みたいなぼんやりした奴にでも分かるくらいなら、そうなのかもな」
「そうやっし」
 ぼんやりした奴と言われても怒ることなく、変わらず何を考えているのか分からないぽやんとした様子で海を見つめていた。平古場もそれ以上は茶化す様な事は言わずに、ただ静かに底が透けて見えるほど美しい海を眺めた。
 どこからともなく、緋寒桜の花びらが視界に飛び込んできた。近くに桜の木があるのだろうかと、腕に落ちた一片の花びらを摘み上げた。緋紅色の花びらは柔らかく、きっと沖縄のあちこちで人々の目を和ませているのだろう。
 そういえば、去年は強風で満開を迎える前に花が全て散ってしまったことを思い出した。今年も随分と風が強いから、早々に散ってしまうかもしれないと寂しく思った。
 ひらり、ひらりと何処からか風が連れてくる花びらは、海に散り、川に散り、大地に散り、人々に散る。祝福する様に、別れを惜しむ様に、一抹の寂寥を覚えるのはきっと儚く美しい幻想の様だからだ。まるで、目覚めれば醒める夢に似ている。いつか醒める夢だと知っているから寂しい。儚き一瞬の輝きのためだけに桜は咲き誇り、そして散りゆく花びらは夢の名残りだ。
 平古場は、その花びらを口に含み飲み込んだ。
 この恋が散りゆく花びらの様にならないように。醒めることのない現実であってほしいと願いながら。


 次に風が届けたのは、賑やかな声だった。振り向けば、何やら小競り合いをしつつこちらに歩いてくる木手と甲斐と田二志がいた。
「裕次郎に頼んだのは間違いだったかや……」
 ぼそり、と呟いた知念に何のことだと聞けば、この場所に木手達を連れてきてほしいと頼んだのだと言う。道案内くらい出来るだろうと笑って返したが、甲斐の性格を考えれば真っ直ぐにはここに来れないかもしれないと不安になった。
 とにかく、賑やかにこちらに向ってくる一行に呆れながら、知念と共に立ち上がり出迎える。先ほどまでの荒れた感情が嘘の様に、落ち着いた気持ちで木手達と向き合える。知念のおかげなのか、昔から馴染み深いこの場所と海のおかげなのか。
「知念、にふぇーど」
「……ん」
 ふっ、と薄く微笑めば感情の読み取りづらい顔で短い返事が返ってきた。知念はあまり感情を表に出すタイプではないし理解しきれない不思議な行動をとったり、おっとりしている様で意外に短気な所もあって見ていて飽きない。そして、知念もまた平古場が守りたいと願うものの一つだ。
 向こう側から歩いてくる木手の気難しそうな顔を見つめた。きっと、守られることなど端から頭にないだろう男だ。それでいいと思う。木手は誰かに守られる様な、か弱さなんて持ち合わせていないし、守る側でなければここまで部を引っ張ってこれなかっただろう。
 けれど、やっぱり平古場にとって見れば、大切な人に代わりはないのだけれど。
 どれだけ心を砕こうと、届かない想いもあるのかもしれないと、この時に平古場は初めて終わりを予感した。
 胸の蟠りを振り払う為に、こちらに手を振る甲斐に大きく手を振り替えす。そうすれば、甲斐は何か楽しそうに木手へと話しかけていた。
「良かった。凛の様子が戻ってる。やっぱり、寛だな!!」
「そう、ですね」
 歯切れの悪い返事をする木手を不思議に思いながら、甲斐と田二志は平古場達の傍へと駆け寄った。
「裕次郎、さっきはわっさん」
「ううん。わんも悪かったさぁ」
 にこりと笑うと甲斐は平古場の肩に手を回して、嬉しそうにじゃれ始めた。帽子の上から頭をぽんっと軽く叩きながら、こちらに向ってくる木手に視線を向ける。
作品名:LOST ③ 後編 作家名:s.h