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serenade

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 絵に使用されている色を三原色を基本として同一円内に配置していく方法、色名の頭文字、あるいは色名のアルファベット順などで暗号を作る方法、また、単純に同系統の色を繋いで練成陣を作る方法などいくつかを考案し、実際に試してもみた。その結果、円の内に三角形を描き、その三つの頂点をそれぞれ赤、青、黄とした上で構成比の順に使われている色を並べていく方法を選んだ。これが一番、三つの絵において安定した結果を得られる可能性が高そうだったのと、渡された資料による推理だ。資料によればこれらの絵画を描いた錬金術師はたまたま趣味で描いていたわけではなく、画家としても一流の人物だった。特に彼が使う絵の具は自分で練成したものだったという。そうだとすれば、色の知識は深かったはずで、それらを暗号に用いていた可能性は低くない。
「この色は?」
「パロット・グリーン。構成は…」
 淡々としたファルマンの声に従い、ロイは円状に点を打っていく。絵の中の色の配置順も多少は影響するものと思われたが、まずは色の情報を抜き取っていくこととする。配置が関係するとしたら、点の調整だろう。
「これは」
「ペールブルーですね。その…そうです、少し離れたその位置も同じですね」
 構成は、と続く台詞に淡々とロイは従う。そんなことを繰り返しているうちに、点が打たれた円は確かに何かの形を成そうとしていた。
「……」
 ロイは黙ってその図を見る。ファルマンもそれに倣うが、ただ記号としてそれを見ることしか出来ない。
「…続けますか?」
 まだ一枚目が終わった所だ。二枚目は、ととにかく自分が関われることについてファルマンが尋ねると、我に返った様子で上司は瞬きする。そして苦笑して。
「頼む」
 短い言葉に、ファルマンは背筋を伸ばした。どちらかといえば荒事には向かない自覚がある。それでも今は最大限に活かせる知識がという武器がある。それが誇らしい。
「アイ・サー」
 丁寧すぎる返答に、ロイは肩を竦めて笑う。人懐こい顔だ。軍の高官どころか、まるで少年のような。気負いのない。
「そんなに肩に力を入れるな。まあ、頑張ろうじゃないか」
 
 ロイが絵画の解析に時間を割いていた頃。不意に眠りから覚めたエドワードは、あたりがすっかり暗くなっていることに無意識に肩を竦めた。すると、ぱちりと明かりがついてまた驚く。
「大丈夫?」
 しかし弟の声にほっとした。起きたときに誰かがいるというのは、なんだかひどく安心するものだ。
「…ん。大丈夫」
「起きられる? 何か食べる?」
 少し考えてから、エドワードは困ったように笑った。
「ん。起きる。腹は減らないけど…なんか食おうかな」
「そう、食べられたら食べたほうがいいよ。食堂で何かもらってくるね」
「え、いいよ、どっか買ってくる」
「もう夜だし、寒いって言ってたよ。大丈夫だから、待ってて」
 ね、と念を押して出て行く弟の気遣いが気恥ずかしい。しかし、「寒いって言ってたよ」という台詞がちくりと胸をさす。今のアルフォンスには気温が感じられない。確かに、夜になったせいか部屋の中も寒い。寒いと言っていたのは宿の誰かだろうか? どんな思いでアルフォンスがそれを聞いて、そして口にするのかと思うとたまらなかった。
「……」
 布団の中膝を抱えて頭を埋める。吐息が熱い。まだ鈍く痛む下腹部がなんだか呪わしい。こんなものはいらないのに。何もかもを鋭くしておかないと、とても気持ちが保っていられない。
「…たいさ」
 無意識に呼んでいた。「少年」のままなら、少年が大人の男に、先輩に憧れるような、兄に憧れるようなそんな気持ちでいられたはずで。それが出来なくなってしまったことが悲しく、恐ろしい。寒さも温かさも感じることのできない弟のことを忘れてしまうことが恐ろしく、厭わしい。
 階段を昇る足音が近くなるまで、エドワードはずっとそうして丸くなっていた。とにかくいろいろなことが空恐ろしく感じられて仕方がなかった。今までどんなに不安があってもこんなに寄る辺ない気持ちではなかった。何とかできるし何とかなるという思いがどこかにあったのだが、それが今は感じられない。ひどく弱くなってしまったような感じがしていた。

 三枚の絵画について同じ作業をロイが終えたのは、明け方近くなってのことだった。ファルマンにはもう仮眠をとらせている。色名と構成比さえ聞き出したなら、配置と解析はロイの仕事だ。誰も代わりが出来ない。唯一出来るとしたら錬金術師で、今イーストにはそれが可能な人材は二人ばかり滞在しているはずだけれども、彼らを関わらせようとは誰も言い出さなかった。
「…できた」
 眉間をぐいぐいと押しながら、霞み始めた視界でそれでもその円を確かめ、ロイは抑えた声音で呟いた。これで偽造することも出来るし、――遺産相続人についてもわかってしまった。ずっと引っかかっていた「ファンティーヌ」をどこで見聞きしたのかも。
「……」
 窓の外を見る。漆黒は、今が夜明け前であることを如実に知らせていた。夜中よりも夜明け前の方が闇が深く、寒い。ロイは少し考え込んだ後、テーブルに部下への指示を走り書きしてコートを羽織った。また単独行動を、咎められるかもしれないが、誰かの思惑に載せられて動くのもあまり愉快なことではない。
「…まだ、弾けるかな」
 ひとりごちて、彼は音もなく執務室を後にする。向かうは、市内のレストランだ。

 ノックの音は控えめだったが、店主はさして間を置かずに顔を出した。その顔は驚きと警戒、そして幾許かの安堵に彩られていた。
「こんな時間に、すまない」
 辺りを窺いながら、中へ、と短く頼めばどうぞと店主はロイを招きいれた。彼はすぐにストーブに火を入れ、薬缶に水を汲んでいる。
「かまわないでほしい。こんな時間に訪ねた私が悪いんだ」
「いえ、…私のためにも、一杯、コーヒーを」
「…そうか」
 言いながら、ロイはセレナーデの店内に飾られたヴァイオリンに近づく。ファンティーヌへ、と捧げられた文字に、目を細める。
「コゼットはもしかして、ユーフラジーというのかい?」
 店主の手が一瞬止まった。ロイは急かさない。
「ユーフラジーという女性を探している人がいる」
「……」
「このヴァイオリン、弾かせてもらっても?」
「どうぞ」
 ありがとう、とロイはヴァイオリンをそっと手に取る。音楽をきちんと習ったことなどはない。これを少し弾けるのは、士官学校の仲間に弾ける男がいたからだ。彼は戦場へも楽器を持ってきていた。楽しみも明るい話題も何もない場所だったが、食事時や起床時などは仲間のために弾いていた。彼が戦死した時たまたまそのヴァイオリンはロイが預かることになり、ついでに、少しは知っているんだろうと弾かされる羽目になることがあった。思えば、ロイが辛い時などにそれを見抜いて親友が薦めていたのだが。彼の慧眼にはどうも頭が上がらない。
 ポジションを取る。教えられたように、弓を当てる。弾ける曲はひとつしかないのだ。それしか教わらなかったから。
 一小節も弾いてみて、少し音が違ってしまっているような気もしたけれど、音が出ないということはなかった。楽器屋にでももっていけば調律は容易いだろう。
「…セレナーデ、ですな」
作品名:serenade 作家名:スサ