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serenade

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 ドアの隙間から、不審げな声が小さく呼ぶ。青年の顔が綻ぶ。
「そうだ、ぼくだよ…!」
 ロイは明るさを増す空を見上げた。どう見ても素人の青年ひとりに、こちらは軍人が二人。ひとりは肉弾戦闘派。
「コゼット」
「は、はい」
 ロイは諦めたようにコゼットに声をかける。女性は驚いたようだったが、それでも気丈な様子で返事をする。
「安全は誓おう。…店内を少し借りることは出来るかい」
「え…ええ、あの、…どうぞ」
「頼む」
 女性がドアから離れる気配を感じながら、ロイは部下と犯人とを見る。そして淡々と言葉を発した。
「事情は中で聞く。ハボック、くれぐれも注意しておけ」
 さすが型破りな上司だ、とハボックは肩を竦める。にやけるのを隠すために。
「アイ・サー」
 ほら、立て、と促しながら、これだからこの人についていくのはやめられない、なんて思ったりしていた。

 セレナーデの一画、テーブルのひとつを使って、取調べ、あるいは謎解きは始まった。コゼットは厨房から遠巻きに様子を見守っている。店主の姿はない。早朝だが、どこかに出かけてでもいるのだろうか。ロイと別れてから寝なおしたわけでもあるまい。
「さて。モーリス・ブランシェット」
 青年はロイを見もしない。だが、ロイも気にしない。
 ――ポワティエ・コレクションの管理団体を取りまとめているのはブランシェットという人物で、この青年はその息子である。
 犯人に関するデータは、前科のないグループとしかわかっていなかった。つまり、誰だかわからない、という。目撃証言も少なく、犯人グループの人数もつかめないような状態だった。司令部に直接届いた予告状を半信半疑の警邏隊が確認して事件の発生を知ったくらいだし。
 管理財団側が提供した資料には勿論モーリスの資料など含まれない。ロイが青年の正体について情報を持っていたのは、財団に関する資料を軍内部で揃えたからだ。財団を取り仕切るブランシェット事務局長はポワティエ氏の最後の顧問弁護士だった。雇用主の遺言を執行すべくそのまま財団の管理者になったということらしい。それだけなら、別にそこまでおかしなことでもない。ロイが違和感を覚えたのは、単純に財団側の、ブランシェットの対応についてだ。
あまりにも準備がよすぎるものだから、立て篭もり事件自体が財団側の演出ではないかと訝ったのである。
「何から聞こうか。動機あたりからというのがパターンだがね」
「……」
「大佐、あの、一体…」
 コゼットが遠巻きに声をかける。ロイは困った風情で片方の眉を下げる。
「なに。彼が私の管内でちょっとやんちゃをしてくれたものでね。人生相談みたいなものだ」
 思わず噴出したのはハボックだけだ。
「…アルーエット、というのは。君のことかね?」
「……」
 やんわりとした問いに、コゼットは顔を曇らせ下を向いた。そうだがよい思い出はない、という態度に、ロイはそれ以上踏み込まないことを選ぶ。この二人がどうやら古い知り合いらしい、たとえば幼馴染とか、と考える程度に留める。
 モーリスはポワティエ氏に仕えた男の息子で、恐らくコゼットはポワティエ氏の孫か何か、とにかく血縁にあたる。どういう事情でファンティーヌという女性がポワティエ氏の許からどうやって離れたかは不明だが、お互い素性だけを考えたら接点はなくもない。
 そして、ロイの脳裏に蘇るのは、今朝方店主に聞いた話だ。
『娘は、預けられた家で随分とつらく当たられていましたが、』
 彼はそう言っていた。そうだ。コゼットの母親は彼女を預けて働いていた、という話だった。駆け落ちをして、ということだから、普通に考えたらその時点でポワティエ氏とファンティーヌの間には縁が消えてしまっている。しかし相手が死んでしまって働いていて、娘はどこかに預けられていた、というのだから、どうしようもなくなって親元に預けたということも考えられなくはない。勿論違う可能性だって高いのだが。
 とにかく、二人に接点があるとしたらポワティエ氏しかない。それは確かだ。
「君がさらわれてから、ぼくはずっと君を探していたんだ」
 それまで黙り込んでいた青年、モーリスがコゼットを見つめ、ぽつりと告げる。緑を帯びた褐色の瞳に、そうか、この目が司令部を訪れたブランシェットと同じ色なのだ、とロイは気づく。顔立ちも似ているが、この瞳の色は完全に遺伝だ。
「…ちがう」
 コゼットは、俯いていた顔を上げ、震える声で言った。おびえることでもあるのだろうか、と一瞬ロイは考えたが、そうではなかった。よく見れば、彼女は怒っていたのだ。
「違う。そんな風に言わないで。父さんはわたしを助けてくれたのよ。わたしはさらわれてなんかいない」
 ロイとハボックは視線を交わす。もう少し黙って聞いていた方が話が動きそうだ。
「助けたって…何を言ってるんだ、君、だって…」
「迷惑よ」
 普段は穏和で朗らかな顔が、ひどく怒っている。また、傷ついているようにも見えた。ロイは椅子を立ち、二人の視線の真ん中に立った。
「老婆心だが、教えてやろう。女性に迷惑と言わせるようでは、男としてはだめだ」
 うわあ、とハボックが呻くのを、ロイはまた無視した。二人の間では日常的なことだ。
「ひとつだけ聞きたい」
 ロイは睨みつけてくる青年を淡々と見据えて問う。
「これは自分で考えたことか? それとも、父親に言われてやったことか?」
「…あんなやつ、関係ない」
「……」
 吐き捨てるような口調だけで信用は出来ない。しかし少なくとも、嘘を言えるほどに器用な性格ではなさそうだ。後は父親の方が大事にしたくなかった可能性もあるが、息子だから事なきを、という態度でもなかったように思う。
「…コゼット。ありがとう」
 しばらく青年を観察した後、ロイは表情を硬くしたコゼットを振り返り、告げた。はっとしたようにあげた顔は珍しく心細そうだ。
「ハボック」
「了解っす」
 名前を呼べば、ハボックはロイの考えどおりにモーリスを押さえて立ち上がる。青年は複雑な顔で足元を見ていて大人しい。自分の考えに揺らいだといわんばかりの様子だ。要するにそれは答えのひとつだろう。コゼットとぶつければ何かわかるかと思ったが、これ以上の成果はなさそうだと切り上げることにする。…行きつけのうまい店を失うのもあまり楽しい事態ではない。
「邪魔をした。…次に来てもうまいものを食べさせてもらえるか、私は」
 冗談めかして言えば、強張っていたコゼットの顔も少しだけ綻ぶ。
「もちろん。…そうだ。あの子も誘ってきてくださいね」
 この返事にロイは少しだけ目を瞠る。先に店の外に出ていたハボック達には聞こえなかっただろう。…と、思いたい。
「…ああ。そうしよう」
 ほんの少し照れくさそうになってしまったその態度が彼らに知られなくてよかった、と彼は思った。

 司令部に到着すれば、仮眠もとっていないのだからとロイは部下に角を出された。君が帰宅するなら私も考えよう、と切り出したら余計に怒りを買ったようで、その時の中尉の冷たい視線と言ったらなかった。
「…わかった。昼まで休ませてもらう。君は」
「では、私は午後から休ませて頂きます。それまでに資料はまとめておきますので」
作品名:serenade 作家名:スサ