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serenade

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「では、今夜七時に、イースター大通のセレナーデという店でお待ちしています」

 ブランシェットが退室した後、ロイはしばらく例の絵画を見ていた。そこから読み取ったのは、祈りのような言葉と、ある場所を示す地図、その場所の開錠方法だった。絵画の根本的な設計図のほかに、それだけのものが詰め込まれていた。ブランシェットはこれを描いた錬金術師からそのことを聞かされていたのだろう。帰る前に確認したら、作家である錬金術師はこの三枚に秘密を託したと言って息を引き取ったと話していた。その場所に何があるかも話してくれた。
「助けて欲しい、か」
 人助けなど柄でもない。だが、悪くない。
 ただ。
「…鋼のを一緒に連れて行ってもいいものかなあ」
 こればかりはどうだろうか、とぼやいたのは、随分と平和な悩みだった。

 朝あんな風に別れてしまったからどうだろうか、という思いもあって、やっぱり誘うのは明日にするかと妙に弱気に思ったロイだったが、逆にエドワードからアクションがあって驚く羽目になる。
 一度家に戻って着替えよう、とシャワーも浴びていない体に顔をしかめていた夕刻、エドワードから電話があった。
『あ、あのさ、大佐』
 少し緊張しているように聞こえた。受話器を肩に挟んで机に腰掛ける。目を伏せればそこにエドワードがいるように感じられる。自然と口が綻んでしまう。
「…ああ。なんだい」
 問いかける声が自分で聞いても優しくて、もしかすると甘くさえあって、自分で笑ってしまいそうになった。けれど、ちょっと過剰なくらいにやわらかいトーンにエドワードはほっとしたようだ。次に耳に響いた声は、最初より緊張がほぐれているようだったから。
『あ、あの…おれ、…大佐に、話したいことが、あって』
「…うん」
 部屋の中はもう薄暗い。少し寒いかもしれない。エドワードは寒くないだろうか。
『…大事な、話なんだ』
 こんな時煙草でもあればよかったのにと不意に思った。今度ハボックから徴収して引き出しにでもいれておこう。
「…うん」
 少し息をのむ気配。そんなに緊張して、一体何を言おうとしているのだろう。大体、エドワードの「大事」の基準は世の中と違うかもしれないし。どこかの建物を壊した? 何かほしい文献がある? そんなこと、ロイにしてみれば他愛のないことだ。勿論ビルのひとつも全壊させたと言われたら問題だが、そんな報告は今のところない。それとも、捨て猫でも拾ったのだろうか。
 だが、確かにエドワードが告げたのは「大事な話」だった。
『お、おれ…大佐に秘密にしてたことが、あって』
「……」
『お、怒るかも、しれないんだけど…嘘、ついてたから』
「…どんな嘘かによるな、それは」
 窓の外に目を細める。オレンジが地平線に吸いこまれるように消えていった。
『…女、なんだ』
「は?」
 何がだ、とロイの頭にクエスチョンマークが閃いた。
『だ、だから! おれ、女なんだ…』
「……………………………」
『た、大佐? なあ、聞いてる?』
 ロイは口元を押さえた。どうも、思考がうまく回らない。
「…聞いてる。……それは、君……」
 私の気持ちを知ってからかっているのか? ――という問いは、喉奥で潰した。まさかそんな冗談を仕掛けるエドワードでもない。
「…本当に?」
『そっ、そりゃ、どこに女らしさがあるんだって思うのはわかってるよ! おれだって自分でそう思うけど、しょ…しょうがないだろ! ほんとなんだから!』
 疑われている、というよりも嘘だろうと思われている、と感じたのか、単に緊張が振り切れたのか。エドワードは電話の向こうでわめき始めた。…大声を出して大丈夫なんだろうか、とロイは意識を飛ばす。
『おれだって! 女になんか、なりたくなかった!』
 ほとんど悲鳴のような、押し殺した声にはっとした。泣くんじゃないか、と。泣かれたら困る。抱きしめられもしないのに。
「…落ち着きなさい、疑ってるわけじゃない、驚いて…」
『もうやだ…ほんとにやなのに、おれ、やなのに、腹痛いし、死んじゃいそうに痛いし、あんたはちゃんと話きいてくんないし、こんなの全然やなのに、…あんたのこと好きなのも、ほんとに、やなのに…』 
 語尾が鼻声だ。ロイは慌てて、受話器を逆の肩に挟みかえ、電話機本体を抱えながら壁に掛けたコートをひっつかむ。
「君、どこにいる」
『……』
「宿か? …少し音がするな、外か。動くなよ、迎えに行く」
『くんな』
「いいか、動くなよ。痛いんだろう?」
『いたくねえ』
「エドワード」
 遮れば向こうで息を飲む気配。あの宿の近くの公衆電話はどこにあっただろうかと頭に地図を描きながら考える。エドワードを回収しても待ち合わせには間にあうだろう。
「いいから。待っていなさい、それから」
『…』
「好きだよ」
 返事はなかったが、しかしそれはつまり反論もないということである。肯定ととって、ロイは受話器をそっと置いた。
「It's impossible to love and be wise …その通りじゃないか、全く」
 恋している時に思慮分別を保つことはできない――なんでも昔の偉人の言葉だという。随分前、どこかで聞いた言葉だが、なるほど確かにその通りじゃないか、と実感してしまって笑うしかない。
「…?」
 そういえばいつその言葉を聞いたのだろう。それを思い出せないことに気づいて、ロイは微かに首を傾げた。

 電話ボックスを占拠している子供に、足早に通り過ぎる人々は誰も意識を払わない。急ぎで電話を使う人間でもいれば別だったのかもしれないが、その時はそんな人は誰もいなかった。時折通り過ぎる車のライト、仕事帰りの男女、食事にでも行くらしい家族連れ、友達同士笑いあう組み合わせ、誰もエドワードに気付かず通り過ぎていく。当たり前のことだけれど、その当たり前が胸に突き刺さることだってある。エドワードは電話ボックスの床にしゃがみこみ、膝を抱えて小さくなった。寒い。痛い。誰もいない。
「……」
 いつまでも隠しておけない、というのは頭ではわかっていた。でも、言うのが、知られるのが怖かった。というより関係が変ってしまうのが怖かったのかもしれない。だからコゼットには内緒にしてほしいと頼んだのだけれど、今朝ロイが来てくれたから、彼から先にああいう風に言ってくれたから、自分も言わなければと思った。
 でも、やっぱり言わない方がよかったのかもしれない。そう思ってきゅっと膝を引き寄せた時、どんっ、とボックスの壁を叩く音がした。びくっと顔を上げれば、そこにいたのは見知らぬ顔だ。
「…?」
 眉をひそめればあまり感じの良くない男は対照的ににやりと笑い、ドアを開けようとする。酔っ払いだろうか。まだ早い時間なのに。むっとして睨み返すより、酔っ払いがドアを開けてエドワードを引っ張り出そうとする方が早い。普段ならそんな遅れは許さないのだけれど、どうも本調子ではなかったから仕方がない。
 なんとか腕は払ったものの、ドアを開けられれば酒臭さが迫ってきて顔をしかめた。不快だし、とにかく傍に来られるのが無性に嫌だった。ロイだったら、と一瞬でも期待したのがばかばかしく、みじめに思えた。
「おい、そこの!」
作品名:serenade 作家名:スサ