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serenade

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 けれど、もう一度腕を掴まれた時。ボックスの外で声がして、え、と振り返った時にはもうそこには近寄りがたい表情の軍人。酔っ払いもその登場には驚いたのだろう。目を丸くしていた。
「その手を離せ」
 高圧的に命じるにとどまらず、実際に酔っ払いの手は軍人によって放り出された。勢いがついて、酔っ払いは尻もちをつく。
「こんな時間から随分出来上がっている。いい御身分だ」
 口元をゆがめての恫喝は背中が凍るような声で、酔っ払いは喉を詰まらせ、慌てて逃げていく。何か喚いていたようだったが、言葉になどなっていない。
「…すまない」
 なんとなくついていけなくてぽかんとしていたら、何か言う前に黒いコートに包まれて抱きしめられていた。
「遅くなった。大丈夫か?」
 さっきまでは酔っ払いを脅していたのに、もうその影はどこにもない。響きはただひたすらに優しく、労わりに満ちたものだった。
「………だいじょうぶじゃない」
 それが呼び水になって、すっかり弱くなってしまう。エドワードは顔を青い軍服の胸にうずめるようにして、軍服の裾をきゅっと掴んでいた。ロイは…一瞬息をのんだようだったが、自分のコートでエドワードを包むようにして、もっと強く抱きしめてくれる。背中を何度も撫でてはおろす手に鼻がつんとしてしまって、困った。
「…おいで」
 このままこうしていてもどうしようもない。ロイは声をひそめて、近くに停めていた車までエドワードを連れていく。誰かが見ていたらきっといかがわしさを覚える場面だが、幸か不幸か誰に見咎められることもなかった。
 助手席にエドワードを座らせて、ドアを開けたまま、跪くようにしてその手をそっと握る。驚かせてしまわないように。なるべく、真摯に響くように。
「痛いのは、大丈夫か」
 瞬きに合わせて、金色の睫毛が雫を降らせる。そんなに痛いのだろうか。察するに、男には一生わからない類の痛みだろうから、どうしてやることもできない。案ずるくらいしか。
「…すごく痛い」
「…そうか…、どうすればいい? 薬を飲むか。撫でようか」
 真面目な顔で訊いたのだが、エドワードは顔を赤くしてロイの手を振りほどき、助手席の上で体を丸くした。耳まで赤くしている。
「なっ…なでるとか、い、いいから…!」
「そうだな。触られたくはないか…」
 ふう、と溜息をついて、ロイは立ち上がる。そして、エドワードの足を車内に軽く押し込んでドアを閉めた。そのまま運転席へ回り込む。
「私も、君に大事な話があったんだ」
「……………」
「今朝、望まない、と言ったんだが…」
 びくり、とエドワードの肩が跳ねる。
「やっぱり、気が変わった」
「………」
 エドワードが驚いた顔で振り向く。ロイは、ゆったりと腕組みをして、少し悪戯っぽい表情で隣のエドワードを覗き込む。
「きみが、好きだ」
 エドワードはぽかんとした表情で口を開き、そのまま固まってしまう。ロイは腕をほどいて隣に伸ばし、小さな頭を自分の胸に引き寄せる。
「…………」
「きみが。さっき言っていた。私を好きなのが、嫌だと。…どうしてだか聞いても?」
 何も言わないし身動ぎもしないエドワードに、そっと尋ねれば、きゅう、と震える手で服が掴まれた。どうせなら抱きついてくれればいいのに、とロイは思う。
「…だって」
 今にも倒れてしまいそうな声だった。胸がかきむしられるような。
「だって。…ぜったい。だって…おれじゃ、だめだもん」
「……なにが?」
「わかんない…」
「……」
「でも。だって。変だもん。おれが大佐好きとか。変だ。そんなの。絶対、変だ…」
「じゃあ、私が君を好きなのも変だということか」
「…でも大佐の好きっておれと同じじゃないかもしれない」
「ほう。たとえば、じゃあどんな好きだというんだ?」
 少し意地悪く尋ねたら、エドワードが黙り込む。時折鼻をすすりあげるのが聞こえて、本人に言ったら怒るかもしれないが、かわいいな、と思って聞いていた。もっと小さな子供だったとしても、女は生まれた時から女であることがほとんどだというのに、どうもこの子は違うらしい。
「……わかんない」
 エドワードらしくもない気弱な答えだ。と、無意識のように膝を引き寄せて腹部を押さえようとする。痛みで支離滅裂なことを言っているのかもしれない。そうだとしたら可哀想だ。
「……鋼の」
「ひゃっ! ちょ、ちょっと…!」
 嫌がる腕を引き剥がし、そっとやっぱり薄っぺらい腹部に手を押し当てた。びくっと跳ねた肩は見ないことにして、そのままそっとさする。
「私の手は冷たいかもしれないが…」
 純粋に痛みをどうにかしてやりたくて擦れば、エドワードがぎゅっと上からその手を掴んで首を振る。ロイは嘆息を押し殺す。
「やっぱり、嫌か…すまない」
「…やじゃない」
「え?」
 ぶんぶんと首を振りながら、エドワードは声をもう少し大きくした。もうすっかりあたりは暗いのだけれど、覗き込んだ顔は真っ赤だった。ロイは瞬きも忘れて見つめていた。
「だから、や、じゃない…っ。…でも、は、はずかしいから…」
「………」
 ロイはやっと瞬きした後、なんだ、と拍子抜けした顔で笑い、ついでとばかりエドワードの額にキスした。
「っ?!」
「嫌じゃないならいい」
 ぽんぽん、と抱き寄せた頭を軽く撫でる。エドワードはしばらく赤い顔で唸るようにしていたが、諦めたように体の力を抜くと、自分から今度は抱きついてきた。恐る恐るのように握りしめられた手は小さくて、あたたかくて、なんだかたまらない気持ちになる。叫び出したいような。
「…たいさ」
「うん?」
 くぐもった声に優しく答えれば、エドワードはまたしばしの沈黙。そして。
「むかし、かあさんが」
「……」
「髪の毛。長くして、結ったり、リボンをつけたりしてほしいって言ったことがあって」
 ロイは黙ってエドワードの頭を撫でた。やわらかい手触りは手に楽しい。
「似合わないの、わかってたんだけど。おれはずっとこんなだったし…近所の男とか、喧嘩したって負けたことなかったし」
 それは想像に難くない。きっとその後ろから慌ててアルフォンスが飛び出してとりなしたりしていたのだろう。今と全く変わらない。
「大佐はどう思う?」
 唐突な質問。それに続いて、エドワードがじっと見上げてくる。純真さを感じさせる瞳に、ロイはただ目を細めた。
「お母さんに賛成する」
「…変だと思わない?」
「どうして。似合うと思うよ」
 素直に答えたら、一瞬驚いた後照れくさそうに笑う。
「…アリガト。…おれさ」
「うん」
 エドワードの手が、そっとロイの腕に添えられた。控えめな触れ方は初々しい。そして、もう、怖がってはいないように思えた。
「…大佐に、好きな人がいるかも、って聞いてさ。それがなんかすごく気になってさ。…そんなのずっと考えてたら、…その…なっちゃったんだ」
 ぼそぼそした喋りを辛抱強く聞いて、ロイは頷く。よくわからないが、心の変化が体にも変化を及ぼした、ということだろうか。それは何となくわかるような気もする。体と心が両方成長して人間は大人になるのだし。
「頭ではわかってたんだけど、こんなに痛いと思わなかったし、こんな…なんか変なにおいするだろ? こういうのもやだし…」
作品名:serenade 作家名:スサ