二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

serenade

INDEX|31ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

「どうかな。君、元々多分、不器用だろう」
 うっ、とつまるのに、追い詰めない程度の溜息。
「さっきのあの、缶詰を開ける手つき。あれは相当慣れてないか不器用かのどちらかだ」
「う、うるさいな…! だ、だって錬金術があるし、アルが…!」
「アルフォンス?」
 しまった、という様子でエドワードは口をつぐんでしまう。だが大体のところをロイは察した。つまり、過保護な弟が「怪我しちゃうから、いいよ、ボクが開けてあげる」とそういったことを引き受けてくれているということなのだろう。ありうる話だ。あれだけマメな弟なら。
「君、…まあいい」
 ロイは溜息を飲み込んで、拗ねてしまったエドワードの前髪を撫でる。そして、声のトーンを変えて話題を変えた。戻した、というべきかもしれないが。
「さて、じゃあ次は足か」
「えっ?」
「足だよ。足の爪」
「い、いいよ、切れるよ! 手だけでいいよ!」
 慌てて首を振るのは笑顔で押し留める。
「いいから。裸足になって」
「ぎゃっ! さ、触んな…!」
 わめくエドワードをまあまあと宥め、慣れた手つきでブーツを脱がせ、靴下を取りさる。当たり前だが日焼けしていない足は白く、その先の爪の薄紅色が妙に目に強く映った。うっかり食べてしまいたくなるくらいには。
 …足の甲をそっと撫でたのくらいは、大目に見て欲しい。
「ひゃっ…!」
 足を固定させるために足首を掴んだら、エドワードがびくっと肩を竦めて思わずの声をあげる。少し驚いて顔を覗き込むと、真っ赤な顔が泣き出しそうだ。さすがにからかいが過ぎただろうか。
「…ごめん?」
「…たいさのばか」
 小さな子供のように口を尖らせ、エドワードは無意識だとわかる調子でこんなことを言い出すから困る。
「…足なんか、見せたら恥ずかしいに決まってるだろ…こ、こんな、がたがただし、太いし、きれいじゃないし…」
 ロイが足に触れるのがいやなのは、それ自体がいやなわけではなく、好きな相手に見られるのがいやだという類のことらしいとそれでわかってしまって、まいったな、と男は天井を仰ぐ。何の拷問だ。
「…どういえばいいのかわからないから、…怒らないで聞いて欲しいんだが」
「…?」
 眉をひそめたエドワードに、ロイはいっそ清々しい顔で言い切った。
「どちらかというと美味しそうに見えるんだが」
「…は?」
 ぽかんとした顔で首を傾げるのを見たら、そもそも通じていないと理解させられ苦笑するしかない。
「なんでもないよ。とにかく、気にすることはない、ということだ」
「…気にするに決まってるだろ」
 ぷい、とエドワードはそっぽを向いた。拗ねたような様子は、なんというか、本当にこの子は少女だったんだな、と妙に納得させてしまうようなものだった。どうして気づかないでいたのか、今となってはそれが不思議で仕方ない。それとも、無意識に気づかないようにしていたのか。
「大佐」
 ――服の裾を引っ張られ、ロイは意識を戻した。二人は、あの押し花の絵の前にいた。なかなか感慨深い気持ちで見つめるロイに、エドワードは屈託ない調子で言う。なんでもないことのように。
「これ、すごいな」
「うん…」
「これが、錬金術師の絵?」
 そうだよ、と答えてこそりと覗き込めば、エドワードの金色の目は絵の中から何かを拾うように、どこか違うところを見ている。それを見ていたら、少女だと気づかなかったのがなぜなのかわかるような気がした。
 この子は骨の髄から錬金術師なのだ。性別よりももっと以前の本質の問題で。男であるか女であるか、それさえ超越するくらいに。そしてその天才に、ロイはきっともうずっと恋をしていたのかもしれない。純粋な存在を前に人間が抱く感情は、比例するように純粋なものだから。
「…ああ、でも違うか。…いや、でも…、あ、これなら…」
 夢中で唇を押さえて呟いているのに苦笑した。ロイにライバルがいるとしたら、それはきっと錬金術である。
「エド」
 耳元に囁くように名を呼んだら、全身で驚いた。目をまん丸にして見上げてくるのに笑いかけ、服の裾を掴んでいた手を上から捕まえ、そして連れ出す。
「な、なんだよ…」
 一瞬隣にいるロイを忘れていた。だから怒ったのだろうか、と少しだけ不安げな瞳の色につい笑いを堪えてしまう。
「気になったなら、またセレナーデに連れて行ってあげるよ」
「え?」
 どういうこと、と目で聞いてくるのに、ロイは悪戯を告白する顔で楽しげに。
「一枚、寄贈されることになったんだよ。ほら、この前一緒に夕飯を食べた人を覚えているか?」
 ブランシェットを伴った日はその前にエドワードからの告白を受けていて、だからついでにそれを思い出したのだろう。エドワードの顔が赤くなる。こんなに赤面症だということも、最近まで知らなかった。
「あの人がこの絵の管理をしているんだ。遺産相続人を探していたが、イーストシティで消息を立っていることしかわからなくてね。失踪から何年も経っていて、死亡証明が取れるから、どこかに寄付したいと」
「…でもそれでなんでセレナーデに?」
 本当の相続人がいるから――とは勿論言わず、ロイは「さあね」としれっと嘘をつく。
「相続人が生きていたら、コゼットくらいの年なんだそうだよ。それに、美術館に飾られるよりもそういう場所にいた方が絵も喜ぶからと。仲介を頼まれたんだ」
「へー。よくわかんないけど、なんかいいな。宝物です、って誰にも見えないようにするより、皆できれいだなーって見てるほうがなんかいいもんな」
 ふんふんと納得した様子で、エドワードは言う。ロイは目を細めてエドワードの手を握る。なるほど、そういう考え方もある。
「たいさ?」
 ぎゅっと握る手の強さに、エドワードは怪訝そうな顔をした。力を緩めてロイは首を振る。美しい花を花瓶にさすよりも、野に咲くそのままを愛でることを選んだ方がいいこともある。少なくとも、エドワードに接するにはその方がいいのかもしれない。
「そうだ、そういえば、鋼の」
「うん?」
「知人からヴァイオリンを譲ってもらうことになったんだよ」
 エドワードはまた目を丸くした。それから、嬉しそうにはにかむ。
「…じゃあ、また聞かせてくれるのか?」
「ああ。お望みとあれば」
 わざと芝居がかった言い方で答えたら、エドワードはぱっと顔をほころばせた。
「うん!」
 セレナーデの旋律がロイの中に鳴り響いて、ロイもまた笑みを浮かべた。


作品名:serenade 作家名:スサ