にぎやかな休日
「そういうこと言うから今どきの若者はって言われるんだぞ」
「あいにく、俺はそんなこと言われたことありません。品行方正で通ってますから」
「世間を欺いていることについてお前は罪悪感を持て」
いったい、なんなんだ。休日は休むためにあるんじゃないのか。義父に言われるのか、所属事務所も「休め、休め」とうるさい。
思えば先々週もなぜかスルメを持ってやって来た。どうせ考えても理解しがたい神経なのだからと考えることを放棄したら、死ぬほどつまらない恋愛映画のDVDを見せられ、ひたすらスルメを齧り続けることになった。よくもここまでの駄作を見つけてきたと額に青筋が立つのが自分でもわかったが、曲がりなりにも年上ということを考慮して「面白いですか」とできる限り穏やかに聞いた先で、おじさんは見事に爆睡していた。抱き込んだクッションの上に上手い具合に顎を乗せ、いかにも夢中ですなんて雰囲気に騙されたと頭の線がプッチリ切れて、思わず蹴り上げた足がテーブルの角に当たり悶絶した。
ただでさえ疲弊している神経をひっかくような真似をするのが相棒だって言うのか。
「開けてくれないと守衛のおっちゃんとバニーの悪口言いながらピザ食うぞ」
「そうしてください」
「お前のあーんなことやこーんな恥ずかしいこと言っちゃうぞー」
「言われて困ることはしてません」
「本当かっ、すげぇっ」
「・・・・・・あなた、何が言いたいんですか」
「だからぁ、扉! あ、け、て」
「嫌です」
お願い、とばかりにウィンクされてもキモイだけだ。生理的に虫唾がはしり背中がぞくぞくする。
「ケチ」
「はい、それで結構です」
「わかった。守衛さんと二人でピザ食うもんね。お前のないことないことないことをあったことのように言ってやる」
「・・・・・・って、嫌がらせじゃないですか。パワハラです」
「お前、俺を上司だと思ってんの」
「いいえ」
「じゃ、パワハラじゃねーじゃん」
「同僚からの精神的苦痛もパワハラになるんですよ」
「バニーちゃんは物知りだなぁ。すげぇすげぇ。そんなことはおいといて、開けてくれよぉ。ピザ、冷めちゃうじゃん」
「だからっ、開けたくありません」
何を言われてもめげない虎徹に、バーナビーも負けずに言い返す。
「じゃ、じゃんけんしよう。俺が勝ったら開けて」
「嫌です。俺がじゃんけん弱いの知ってて言うなんてセコいですよ」
「お前も面倒くせーなぁ。ボタン1個押すだけだろ? ほら、開けろよ。こてっちゃん特製ピザだぜ。俺ぁな、ピザも得意だっての」
チャーハンだけの男じゃねぇのよ、と意味不明な自慢を画面の向こうで繰り広げ始めた虎徹をバーナビーはげんなりしながら眺めていたが、腹の虫がぐぅと鳴ったのを機に自分を納得させて無言で開錠のボタンを押した。何も食べるものはないし、外に出るのも面倒だし、腹が減ったからだと言い訳する。何よりおじさんの粘りはスッポンのごとき、だ。
腹立ちまぎれにインターホンの画面を消すとき、「サァンキュゥッ」というご機嫌なおじさんの声が聞こえた。
上機嫌で現れたおじさんは「色気ねー部屋だぜ」と文句を言いながら、リビングのソファに座るとちゃっかりと飲み物を要求した。
「バニー、俺、ビール」
「ねぇよ」
「うわっ、ご機嫌ななめ」
「当たり前でしょ」
「腹が減ってるからだな。イライラはシワシワの原因だぜ。せーっかく若いんだからよ、もっと楽しそうな顔しろって」
「あなたのせいでこんな顔なんですよ。あなたはいつでも楽しそうですね、おじさんなのに」
「ったく、お前は一言多いな。おっさんにはおっさんの楽しみがあるんだよ」
「へー、初耳」
「棒読みだな、おい」
バーナビーは虎徹に背を向けるとキッチンの冷蔵庫からビールを2本取り出し、少し考えてから常温でストックしていたビールを1ダース冷蔵庫に入れてリビングに戻った。
得意と言うだけあって、テーブルの上にはまるでテイクアウトしたような立派なピザが姿を現していた。うわ、うまそうと思ったことは微塵も顔に出さず、バーナビーは無言でビール缶を虎徹の前に置いた。
「サンキュー。昼間っからビールが飲めるなんて最高だよな」
「飲んで食べたら帰ってくださいよ」
「まーたお前はー。来たばっかの客にそんなこと言うなよ」
「毎回来ると夜までいるくせに。たまには人の迷惑も考えて行動してください。大人なんでしょ」
さっそくビール缶に口をつけて豪快に飲む虎徹の喉仏を目にしながらバーナビーは言った。休日に同じテーブルを囲む他人が最近おじさんばかりだと気づいてますます気分は下降する。
「ふふーん、大人だよ? 大人は何でも知っている」
「はいはい」
喉仏がぐびぐび動くのを見ていると、バーナビーも急に喉が渇いた気になって、ビールのプルタブをパチンと開けた。
それを見て虎徹はピザをバーナビーのほうに押しやった。
「食え、食え。でっかくなれよ」
「もうでっかくなってますよ」
ピザに手を伸ばしてバーナビーは言った。少なくともあんたよりは背も横幅もある。
ピザはまだほのかに温かく、きっと焼きたてを持って来たのだろうと思われた。連絡もせずに突然来て、本当に留守だったらどうしたんだろうと考えて、おじさんのことだから守衛と二人で食っててもおかしくないと思った。それで、自分が帰ってきたら「よお」とか言うんだ、誰とでも仲良くなれるこの人は。
バーナビーは勢い良くピザにかじりついた。
「うー」
思わず唸ったのを慌てて途中で止め、まじまじとピザを見る。口の中ではとろけたチーズとピザソースが絶妙にマッチして、そこにサラミやピーマン、玉ねぎが味を添える。
「うまいだろー」
得意気に胸を張るおじさんに言い返す言葉もない。これが焼きたてだったら、もっとうまかったに違いない。あぁ惜しい。こんなことなら、さっさとドアを開けておくんだったと少し後悔するくらいには絶品ピザだった。「超ウマウマピザ」も嘘ではない。
それでも素直にうまいと言うにはおじさんのドヤ顔が憎らしくて、「あなたにしてはまともですね」と天邪鬼なことを言った。
その間に2ピース目に手を伸ばしていたら笑われるのは必死だったが、それを虎徹は笑わずに「おー」と軽く相槌を打つに止めて、「食え、食え」と満足そうに言った。
一緒に食おうぜーと言った虎鉄はビールを飲むばかりで、自分で作って持ってきたというのに小さな1ピースを口にしただけだ。
バーナビーも飲めないほうではない。むしろ飲めるし、飲むのが好きだったから、二人して缶ビールを1ダース開けた。それでも互いに酔いはまったく顔に出ない。
「ワインにしますか」
「あ、それ、俺、酔っ払うからダメ」
「へぇ、あなたでも酔うんだ」
「俺、結構酔っ払うぜ。特にちゃんぽんするとてきめん」
「じゃ、僕はワインにしますけど、ビールでいいですか」
缶が空になっているのを確認してバーナビーは立ち上がった。
「おー。なぁ、バニー」
空き缶を数個持って背を向けたバーナビーに虎徹は声をかけた。
「お前、もう腹いっぱい?」
「いっぱいです。誰かさんの分まで食べたんで」