にぎやかな休日
「絶っ対いりません。ついでにホットケーキもいりません」
「ああん? さっきは食うって言っただろーが。俺は腹が減ってきたぞ」
「どーぞ、焼いて食べて帰ってください」
「おお、わかった。焼いて食べて食べさせて、ここで寝る!」
「ちょっとちょっとちょっと! ここで寝るってなんですか!」
「何ってなんだよ、ここで寝ちゃ悪ぃのかよ」
「悪いです! さっきから帰れって言ってるでしょ!」
「だーかーらー、お前は人を追い出したい病だ。俺が治してやるって」
「勝手にわけのわからない病気にしないでくださいよ。お願いですから帰ってください。真面目な話、人がいると眠れないんですよ」
「お前なー、それは問題だろ。将来、嫁さんもらったときどうするんだよ。一緒には寝れませんってか?」
「それとこれとは別です」
「なんだと! それじゃ、俺がダメだってことかよ」
「あなただけじゃないですけど男はイヤです」
「お前! ムカつく! モミモミチュッチュッはいいってでかい声で言うな!」
「あなたが言ってるんでしょう! 誰もそんなこと言ってませんよ!! あーもう! 変態に変態って言われるなんて! 信じられない!」
「何気に暴言吐くな。誰が変態だ、コラ」
「あなた以外に誰がいるんですか! もうやだ、帰れ」
「だーかーらー、帰んねぇよ。俺はここで寝ることに決めた。ちゃんと一宿一飯の恩義は忘れてないだろ? ピザとホットケーキだぞ、それもスペシャルサービス『あんこ』のせ」
「ホットケーキは食べてないどころか焼いてもないです! ピザはあなたが勝手に持ってきたんでしょ」
「あー、お前、そんなこと言うわけ? 俺より多く食ったくせに」
「あなたが『飲むと食べねんだー』とかいうからじゃないですか」
「しょうがねーだろ、飲んで食べ過ぎると吐くもん、俺」
「吐けばいいじゃないですか」
「へー、このキレーなリビングでゲロゲロしてもお前はいいんだな」
「トイレで吐くくらいの常識はあるでしょうっ」
「バカヤロ。ああいうのは突然バシャーッと吹き上げるもんなんだよ」
「それならすべてあなたが掃除してください」
「それは嫌だ」
「汚した人が掃除するのは当たり前でしょう!?」
「ゲロするくらい気分の悪い人間にそんなことさせるなんて鬼か」
「その鬼が帰れって言ってるんですから帰れ」
だんだんくだらない言い合いになっていることに気づきながらも、言い返さなかったほうが負けのような気がする。ああ言えばこう言うと思いながら、悔しいことにこの状況を楽しんでしまっているのは言いたいことを頭で考えるより早くポンポンと口にしているからだし、後腐れがないとわかっているからだ。今まで気軽にこんな言い合いをしたことがないバーナビーは渋い顔をしながらも一度も使っていない掛け布団のタグを切ったか思い出そうとしていた。
一方、虎徹はと言えば最初から断られるとは思ってもいない。なんだかんだ言ってバニーは甘いしな、と能天気に構えていた。お前が他人と距離を置いているのは知ってるよ。人当たりがいいくせに誰にでも薄いガラスのような壁をつくってる。
わからないでもねぇよ、人付き合いなんか面倒だもんな。離れ過ぎればよそよそしいし、近づき過ぎればイラつくし、ちょうどいい距離を測るのは難しい。だけど楽で当たり障りのない付き合いより、ムカついても面倒でもちゃんと向き合ったほうがいいって俺は信じてる。
お前は頭がかってーし、時々うっせーけど、結構気に入ってる。ガキみたいだしな。そろそろ俺にも慣れただろうし、泊めてくれたっていいんじゃねぇの。
「まぁまぁ、落ち着けって。お前を蹴り落としゃしねぇよ。どうせダブルベッドだろ?」
「って、何、ベッドで寝ようとしてるんですか。ソファに決まってるでしょ、ソファに!」
「俺は客だぞ! こういうときはいつもお世話になっている先輩、ぜひベッドにどうぞって尊敬の眼差しで言うべきだろ」
「あーつーかーまーしーいー! 泊めてもらえるだけありがたいと思わないんですか! ・・・・・・じゃなくて、帰れ」
「もー、バニーちゃんはぁ、仕方ねぇなー。ソファでもいいけどさ」
だからその尖り口は見たくない。キモイから。
「普通にありがとうバーナビー様とか言えないんですか」
「なんで様付けだよ、コノヤロウ」
「あーもういいや、早くホットケーキ作ってくださいよ、腹減りました」
「お前はねー、女王様か。さっきまで食わねーとか言っときながら、どんな態度だよ」
ぶつぶつ言いながら立ち上がりキッチンに向かう虎徹の後ろをバーナビーがついていく。
「ちゃんとキツネ色に焼いてくださいよ。半生とか嫌ですからね」
「うっせ。卵と牛乳出せ、こら」
「なんでケンカごしなんですか、大人げない。何個出せばいいんですか」
「大人げないのはお前だ。ほんっとによー。2個くれ」
ボウルにホットケーキ粉と牛乳を適当にザザッと入れ、片手で卵を割り入れた虎徹の手際の良さに驚きながらバーナビーは少しわくわくした。隠してはいるが子供の好きな食べ物の大部分がバーナビーの好みとかぶっている。お子様ランチが大人用としてあったら本当は通販したい。オムレツに旗が立ってる写真だけで少しばかりテンションが上がる。・・・・・・絶対に秘密だけど。
「お前もホットケーキくらい焼けるようになれよ」
「パスタのほうが好きなんですよ」
バーナビーは憎まれ口をたたきながら淡い黄色のタネがフライパンに薄く伸びる様子をキラキラした目で見ていた。それを気づかれないように横目で見ながら虎徹はこっそり胸の内で笑った。ホットケーキを段重ねにして旗なんか立てたら、こいつ、踊っちまうんじゃねぇか?
二人とも同じようなことを考えていたが、もちろん互いにそんなことは悟らせない。それが人付き合いってもんよ、と虎徹は思いながらも、そのうちバニーをからかってやろうと胸の内だけでニシシと笑った。
あんこを大いにプッシュしていた虎徹だったが出来上がったときにはバターと蜂蜜(もちろん虎徹が持参していた)がたっぷりかかったホットケーキも出来上がっていた。それに冷蔵庫に残っていたレタスといちごを適当にちぎったり切ったりして虎徹はサラダらしきものを作り、オリーブオイルベースのドレッシングをかけた。飲みすぎだ、まだ飲めると少々揉めて、飲み物はホットミルクなんて子供の飲み物に落ち着いたが、スコッチを垂らすか垂らさないかでまた揉めた。
「あなたの酒量を俺に押し付けないでくださいよ」
「うっせ。若いからって飲んだくれてるとアル中になるんだぞ」
ぶちぶち文句をたれながらホットミルクを飲んでいるバーナビーに年上ぶって説教してみるが虎徹とて自慢できる食生活を送っているわけではないのだ。ただバーナビーよりマシだというだけだがそれが二人の優劣を決める。
「ところで、風呂に入りますか?」
「酒臭いまま寝ろってか?」
「違いますよ! シャワーか風呂かって話」
「そりゃ風呂だろ。湯船にドボーンとつかってだな」
「はいはい。ドボーンとつかって頭にタオルを乗せるんですよね」
「お前乗せてんの?」
「っ、俺はシャワー派です!」