にぎやかな休日
すっかり乾いてしまうと虎徹はバーナビーの髪にざっくりとくしを入れて整え、肩をポンと叩いた。
「はい、終わり」
「あ、どうもありがとうございます」
バーナビーが振り向いて素直に礼を口にすると、ん、と虎徹は頷きコードを抜くために立ち上がった。
「あなたの髪も乾かしましょうか?」
バーナビーが言うと驚いた表情で虎徹が振り返る。・・・・・・何か?
「俺はもう乾いてっからいいよ。さ、寝よう寝よう。おっさんは眠いわ」
そうですか、とバーナビーは答えたがなぜだか胸がもやもやする。
虎徹はコードをドライヤーにぐるぐる巻きつけるとテーブルに置いた。そこでバーナビーはハッとして「ハブラシ」と言った。
「すいません。ハブラシを洗面台に置いておいたので使ってください」
「お、サンキュー」
すいっと立った虎徹の後をドライヤーを手にしてバーナビーは追った。引き出しにドライヤーをしまい、出て行こうとすると「お前は?」と虎徹が言った。
「俺は風呂からあがったときに磨きました」
「あっそ」
バーナビーは寝室の押入れから掛け布団を取り出しベッドに放り投げ、一つ大きく息をついた。それから寝室を出て、リビングのテレビを消し、グラスをシンクに置いて、リビングをちょっとウロウロし、やることがなくなってソファに座った。
「よーし、バニー、俺は寝るぞ、お前が何と言おうとも」
眠いを連発するくせ、元気な声でそんなことを口にする虎徹にバーナビーは風呂に入っている間に何度も胸の内で練習した言葉を今度は声に出して言った。まるで今思いついたかのように、でも恩着せがましく聞こえるように口にした。
「あなたが俺を蹴らないって約束するならベッドの半分を提供しますけど?」
「まーじーかー」
途端に嬉しそうな声を発する虎徹にバーナビーは不本意なのだと見えるよう細心の注意を払って頷いた。照れていることは微塵も気づかせてはならないし、気づかれたら死にたくなる。
ぴょぴょんと近寄ってきた姿に、おじさんがそんなことしてもキモイし! と自分にさえ照れをごまかし、普段より数倍そっけなく振舞った。
「まーったくバニーちゃんは照れ屋さんなんだからぁ」とからかいたいのを必死に我慢して、虎徹は「サンキュー、サンキュー」と軽く言うに留めた。
まったく、こいつは子供か! 10歳か! この不器用さがたまんねぇよなぁとバーナビーの後ろをついて行きながら、虎徹は見られないのをいいことにニヤニヤ笑った。この物慣れない感じが初めてのお使いみたいで憎めない。
寝室の壁はクリーム色、ウォークインクローゼット、ベッドはブラウン系でまとまり、雑誌ラックにいくつか雑誌が挟まれている。全体的にすっきりとした印象で、バーナビーの綺麗好きさを表していた。
「お前ってスゲーな」
散らかしっぱなしの部屋を思い浮かべながら虎徹は感心した。下手すりゃ女の部屋より綺麗だろ、これは。
「俺の部屋も片付けに来てくんない?」
「嫌ですよ」
ようやくいつもの調子で答えられてバーナビーはホッとした。が、問題はベッドのどちら側で寝るかだ。壁際で寝たいがそうすると隣で寝るおじさんに閉じ込められている感がしてなんか息苦しい。かと言って、反対側にするといつも目覚めると壁側を向いている自分がおじさんを押しつぶしているかもしれない。ああ、困る。
「俺、こっち。イェーイ」
苦悩するバーナビーの目の前でおじさんがベッドにダイブする。遠慮の欠片もない勝手すぎる行動だが決められないバーナビーにとっては少しばかり朗報だ。しかし、ど真ん中にダイブされてもどちら側なのか。片方に寄るのかと無言で見守ればそのまま大の字で寝ようとする。
「・・・・・・何やってんですか」
「あー、広いベッドって最高だなー」
「俺も寝るんですよ、邪魔です、邪魔。さっさとどいてください」
「はいはい。まったくお前は口が悪ぃなぁ」
「態度の悪いあなたに言われたくないですよ」
どうやら壁側をあける気らしく、虎徹はごろりと転がった。バーナビーはわざと軽く虎徹の足を蹴飛ばしてからベッドにあがり、「ここが境界線ですからね」と2つ並んだ枕の間に携帯電話を置いた。
「ここから1ミリでも出たら即ソファ行きですから」
「へぇへぇ」
掛け布団を引き寄せながらのやる気のない虎徹の返事を完全に無視して「電気消しますよ」とバーナビーは言った。
「ん、よし、オッケー」
ごそごそと掛け布団にくるまりながら虎徹が返事をしたのを聞いて電気を消し、バーナビーも布団にくるまって壁側を向いた。
「お前さー、携帯、こんなとこに置いていいわけ?」
眠いはずのおじさんはなぜだか元気に話かけてくる。寝ろよ。
「俺、やだなー、携帯がここにあるの」
「なんでですか」
「夜中でもお前の携帯って鳴るんだろ? 俺、起きたくねーもん」
なんだ、それは。あなたの携帯は鳴らないとでも?
「緊急のときしか鳴らないですよ」
「鳴るんじゃん」
「仕方ないじゃないですか。そういう職業でしょう? っていうか、あなた、携帯は?」
思わず振り向いた先で、暗闇に慣れない目でもおじさんの目と合っているのがなんとなくわかる。
「かばんの中。貴重な休みの日に仕事の電話なんか出たかねーよ。俺が休みのときは仲間が頑張ってるんだし」
「正義のヒーローもただのおっさんってわけですね」
「そう、ただのおっさん。娘が大好きなおっさん、時々かぁちゃんが何してっかなって思うおっさん、意外にトランプが得意なおっさん。な、どこにでもいるだろ」
「何を偉そうに言ってるんですか。緊急の呼び出しがあったら困るでしょ」
「家族からの電話のときだけ音量がでかくなるように設定してる、ってそうか、お前電源落とせ」
「無茶言わないでください」
「休みにかかってくる電話なんてどうせロクでもない話に決まってんだ」
なおもぶつぶつ言うおじさんの頭の中はどうなっているのか。あなた、この前、ヒーローはどうのこうのと暑苦しく語ってたはずだけど。
「もううるさい。とにかく携帯はこのまま置いときます。電話がかかってきたら諦めてください。俺にかかってくる電話はどうせあなたにも関係あることでしょうから。そんなことより蹴飛ばさないでくださいよ」
バーナビーは言い置いてごそごそと壁を向いた。
「俺の寝相に注文つけるなよ」
「ベッドまで提供してるのに蹴飛ばされるなんて割りにあいません」
「努力はする」
「頑張ってください」
適当に答えてバーナビーは大きく息を吐き、眠る態勢をとった。暗闇でいつまでも話していると寝るタイミングを逃しそうだ。現におじさんはあんなに眠そうだったのに寝る気配を見せない。
なぁなぁ、とバーナビーにまた話しかけてくる。それをすっぱり無視していると「寝てねーだろ、おい」と脇腹をちょんとつついてくるから飛び上がった。
「ぎゃっ、なんですか、ちょっと!」
勢い良く振り向いて暗闇に慣れた目でしっかり睨んでやると「寝てないくせに無視すんなよ」と言われ目が飛び出るかと思った。
「寝てなくても寝そうというか寝たいんです! 電気消したでしょ。あなただって眠いって言ってたくせに」
「うむ、俺も眠い。寝たいがお前に言いたいことがある」