笠松先輩CP詰め
今笠
混雑する駅の中でふと顔を上げると、笠松は反射的に眉間にしわを寄せた。視線の先には、群衆からほんの少し頭の飛び出た男。そんな、割と目立つ眼鏡を掛けた長身の男は笠松を見つけた途端、嬉しそうに手を大きく振るものだから、笠松はさらに表情を歪めた。
他人の振りをして通り過ぎるなんて、無理なことで。
「かーさまーつくーん!」
あろうことか、大声で名前まで呼ばれる始末だった。
通行人の一部の視線を受けて、居心地の悪さが笠松を襲う。ニコニコと笑う男から逃げられないと悟り、まだ手を振り続ける相手を止めるために男に近づく。
「いい加減にしろ!」
パンッ、と数センチ高い男の頭をはたく。
「こんな人混みで目立つことすんな! シバくぞ!」
「シバいてから言わんといてや」
ひどいわぁ、なんて暢気に呟く相手に、笠松はため息を漏らすしかなかった。
男はため息なんかつかんといて、と軽い調子で言った後、笠松の耳元に触れそうなくらいに顔を寄せた。
「それとも、幸男って呼んだほうが良かった?」
その距離の近さと甘さを含んだ低い声に、笠松は思わず身体を強張らせる。
笠松の様子を見てほくそ笑んだような男の顔に、気づけば拳を握り鳩尾にそれをめり込ませていた。
「ちょ、腹パンはあかんやろ!?」
痛みで腹部を押さえる相手に、笠松は舌打ちで応えた。
「おい、用があんならとっとと行くぞ。どうせ、俺んちに来る気だったんだろうが」
人でごった返している駅で平均身長を超えた男二人が騒いでも変に目立つだけで、何一つメリットがない。だったら、早く人がいないところに行くのが良いだろうと、笠松は歩き始める。
その後姿を見て、眼鏡の男はほんのわずかに口元を綻ばせた。