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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 泥棒がいるって言った。侵入者、侵入者。今この家の中の侵入者。昨日の深夜、おれは家中の鍵を開けて、閉めた。確認した。家中を確認した。朝も、起きて、おれは家の中を掃除という名目の元うろつき回った。一人で。
 だからおれは知っている。
 昨日の夜から現在にかけて、この家の中に侵入者は一人。
 あってはいけない人間。
 それっておれしかいないみたいだ。
「昨日の夜、戸締りちゃんとしてただろ?」
「覚えてません」
「おれがしといたよ」
「でも誰か入ってきています」
 まずいなあ。何か、何かが不審なんだろう。おれの何かの行動が、あーちゃんの異常のセンサーに引っかかった。行動の痕跡、どれかが、彼女にとってのへーくんと結びつかないらしい。恐らく。
「大丈夫だよ、誰もいない。心配なら、家の中見てまわろう」
「え?」
「何なら、あーちゃんがシャワーを浴びてる間に確認してくるから」
 きょとんと、見上げてくる二つの目。少し茶色がかった複雑な円形の模様が浮び上がっている。その眼球がぬるりと光る。それは急に近づいた。彼女の背伸び分の十センチ。
 濡れた臓器の表面、波打つ血管が詳細に見える。ゼロ距離で触れるぐらい。
「誰が」
 答えを期待されていない疑問形。
「誰が勝手に見ていいって言いました?」
 湿った呼気がおれの唇にぶつかった。
 冷えた声に反して、生々しく温い。
 唇はゆっくりと震えて言葉を繰り返す。
「誰が勝手に家の中を見ていいって言いましたか?」
 瞬きしない、目、二つ。
 見ている。
 警告?
 笑ってもいない、怒ってもいない、無表情なその顔。赤の他人の中に一人在る時のような顔。
 気付かれた。侵入者の、存在の、違和感の、正体。
 いや、気付かれていた? 痕跡に? おれが泥棒のように漁ったのは、冷蔵庫やクローゼットの中だけじゃない。
 彼女が白痴でないことに今更思い知った。白痴であったら犯罪なんか上手くやれるわけ無いんだけど。
「まだ、見てないよ……」
 と、弱々しく嘘をつく。
「嘘つき」
「嘘じゃない」
 と、嘘をつく。
 それ以上の嘘を重ねても、どうにも動けないのは判っている。判ってるんだけど――もしももう一度、問い詰められたら、また嘘をつくだろう。隠蔽に嘘は付物。
 今やおれの手にあるのは嘘しか無い。
「嘘つき。黙っていれば、嘘にもならなかったのに」
 あーちゃんはそんなことを、過去形で言った。
 黙秘権の行使、ね。しかしそれも確固たる証拠を突き付けられれば、儘ならない。
 儘ならないのだ。
 前後不覚の数秒間の沈黙が過ぎた。これはおれの黙秘じゃない。証拠を前に絶句してるだけ。
 多分あーちゃんは判ってるんだろう。
 急に口元を吊り上げ、笑った。
「まあ、いいです。許してあげます」
 口元に浮かべだ笑みに目元が付いていくまでタイムラグがあった。意図のある笑い方。
 そしてストン、と背伸びを解除した。
 今はもう目も口も笑っている。ついさっきの、ベッドの中と同じ……。
「私は心が広いです。へーくんを信用します。ね?」
 ニコニコ。元通り。ゆっくり時間をかけた無表情からの氷解が、警告の駄目押しのように感じられる。冷や汗が出た。
 おれは恐らく強張ったままの顔で、改めて彼女を頭の上から足先まで見下ろした。
 ――全裸だった。
 ああそうだった、あーちゃんは全裸だった……。
 どうしよう。なんか困難状態は解決してない。
 弁解、おれは完全にあーちゃんが全裸というのを忘れていました。見ないようにしていたのに思わず全部改めて舐め回すように見てしまったのは意図的な行為ではありません。
 誤解です。
「そうだ。それと着替えを忘れました」
 そんな普通な感じで言われても。
「へーくん、服ください」
「え、あ、うん」
 しどろもどろに頷くおれの手から、あーちゃんは制服を少し強引にもぎ取った。
 くるりと踵を返して、廊下をタタタと走っていく。
 ……真っ白いおしりが見えるけど見えない。
 へーくんに見られるのは別に良いってことなのかなあ。
 廊下の突き当りを曲がる。その先が洗面所。そこで、あーちゃんは足を止めた。廊下は電灯を一つも付けていない。昨日確認した時点では、別に電球が切れているとかそういう訳ではなかった。単に暗いほうが好きなんだろう。
 真っ暗な中で、彼女の体は白く光って見える。その皮膚はまるで無傷のままみたいだった。
 あーちゃんはその肌を全く隠しもせずに、振り向いて、いたずらっぽく笑う。
「別にそんなに一から十までお世話していただかなくても大丈夫ですよ?」
 ごもっとも。ついさっき、それを実感したばかりだった。
 おれは曖昧に笑い、何となく手を振って答えた。
 どうしておれの家探しがバレたのか。そして家の中彼女の秘密。それって、例えばへーくん、に対してだって許せない事?
 とりあえず彼女に対して、おれの個人的メモ(脳内)。
 青髭公。
 この一連の事件、件の児童連続誘拐事件で未だに行方不明のままの被害者少年等々のことを思う。
 たぶん、もう新しい死体は出ないだろう。だってどうやら在庫がない。

 昔々、おれはヒーローになりたかった。でも、なれなかった。ずっと一緒だった友達を見捨てて一人で逃げ出して、そしてそれがおれの決定的な破綻となった。
 別に、自分で自分が壊れているとは思っていないけど。しかし医学的に言えば壊れているらしいので、やはり客観的事実としてはちゃんと壊れているようだ。
 あの誘拐事件から来年で十年経つ。
 誘拐された小学生の男女は、暗い部屋に閉じ込められた。
 その始まりがどんなふうだったか、覚えている。
 おれは、小学校からの帰り道、一人で田んぼの畦道を歩いていた。おれの家は商店街の中にあったけど、学校から住宅街の間には広い田んぼが広がっている場所があった。
 非常に見通しのいい場所だった。
 今考えてみると、そんな見通しのいい場所にも関わらず、小学生のガキの頭を鈍器で殴りつけ誘拐する、という凶悪犯罪やってのけた犯人はかなり運がいいんじゃないかな。
 単純に目撃者がいなかっただけの話。
 確かにその日は平日の昼間で、いつもよりも人影は少なかったとは思う。
 陰惨な事件が進行しているなんて誰の考えも及ばないような、空が広くて青い晴れの日、授業に飽きたおれは学校を抜けだして、勝手に家に帰ろうとしていた。
 その行いが間違いだったのか正しかったのか、と考えてみると、もしかしたら正しかったのかもしれない。
 もしも。もしもで考えると、もしも犯人がその日の誘拐に失敗していたら、あーちゃんは今もあの部屋に監禁されていたかもしれない。だから。
 何の前触れもなく、背後から頭を殴りつけられた。骨と金属が、楽器のように高らかに鳴り、脳みその中ではお椀状の頭蓋骨が音叉のように共鳴し、純音を長時間鳴らし続けた。鳴っている間じゅう、おれは気絶していた。
 ただ歩いていただけで背後から頭を殴られるなんて経験、普通に生活していたらありえないと思う。事件後発覚したことだけど、その時の凶器は金属バットだった。骨の柔らかい小学生が、よく死ななかったと思う。
 気がつくと暗く狭い部屋の中だった。