嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
今はまだ、おれはコロッケパンに次いでコッペパンに油っぽいクリームを挟んだやつを食べている平和な時間である。朝抜きの昼飯でパン二つじゃ足りない気がする。
「ではまず、何故発見したのかを聞こうじゃないか」
「昨日警察にも散々話したよ」
「発言に矛盾が見られるかもしれない。お前、結構嘘吐くから」
なんだ、ばれているらしい。そこそこ上手く嘘を吐いていると、自分じゃ思ってたのに。
「何時ごろ、どこで」
目を輝かせて詰問を始める尾浜の目には、警察の取調室のイメージ。こいつは単純な奴。
「昨日の深夜二時か三時ごろ、××駅の北口側の……駅から二十分ぐらい歩いた辺り、住宅街と畑が並んでる辺りの、林の中」
「なんで君はそんな時間にその辺りに居たんだ」
「宿題が片付かなくてむしゃくしゃしてたので、散歩してました」
「むしゃくしゃすると君は散歩をするのか?」
「気が静まるまで一時間でも二時間でも歩きます。しかも健康に良いんですよ」
深夜にそんなに長時間あてもなくふらつくことが続くようなら、精神的な病を疑った方がいいかと思う。特に既に精神科への通院歴があるのなら。
「なるほど、第一発見者久々知兵助君は、日頃から健康に気を使う少年である」
尾浜は懐から取り出した手帳にメモをとる、フリ。手のひらの上で人差し指を踊らせる。
「それ何か意味あるの」
「続けて」
「食べながらでいい?」
おれの手には、半分の長さになったクリームパンが居る。半分食べたら半分になってしまった。当たり前。
「どうぞ……ん、まさか、カツ丼を要求するつもりか」
「今時の取調室じゃ出ないらしいよ」
カツ丼を出されるのは容疑者じゃないのか、と思ったが、よく考えたらおれも容疑者らしいので、それでいいのか。
しかしおれはカツ丼なんかで自白するほど貧困に喘いでいたわけではないし、愛情や人の暖かさに触れた程度で、突如として罪悪感を取り戻すような精神状態でもないのだ。そしてそれに飢えていない。
その前に、犯人じゃないんだった。
おれが食べたいのは潰れたクリームパンの残り半分。中身の脂っこいクリームが、妙においしいから好きだ。でもこのクリームが何でできているのかは判らない。練乳っぽいけど、裏面の成分表には牛乳の文字はないのだ。でもおいしい。正体不明のくせに。
「それで精神と肉体の健康のために、深夜の散歩をしていた所、いつの間にか一駅ほど歩いていました」
「夢遊病じゃないか」
「そういう診断はもらったこと無いですね」
「ではなぜそこまで?」
「特に目的はなく歩いていました。目下、苛立ちを沈めるのと健康の増進が目的だったので、地理的な目的は設定していませんでした」
「なるほど、全くの偶然だったと」
「嘘だけど」
「おい」
「本当は、ちょっと誉められたことじゃないと思うんで、言いづらいんだけど」
「いいぞ、殺しでもなんでも、きっぱり吐いて楽になっちまえ」
やっていないってのに。
「実は……歩きながら、ふと前を見ると、おれとおんなじように、ふらふら歩いている奴がいたんですよ」
「どこで?」
「どこだったかな? 駅前のファミレス辺りだったかな」
「どの駅前だ」
「そんなに何駅も歩いて移動できない」
都会の方ならともかく。
「あ、そうか」
「××駅の、北口出た通りにあるファミレス」
「お前、家はどこだ」
「どういう順番で聞くんだよ」
「いいから」
「××町の古い方の新しい所」
「××駅はお前の家の最寄りか。古い方って、小学校とかあるらへん?」
「小学校の手前の方。川の向こうにスーパーがあって、橋の所の分かれ道をスーパーと逆側に……そんな説明しても、その辺り知ってる?」
「一回行ったことあるから覚えてる。あの辺か。駅から徒歩なら十分ぐらいだな」
「深夜でゆっくり歩いてたからもっとかかったかも」
「どっちにしろ、お前は家を出てそうかからない内に、その人物を発見した」
「うん。始めそいつとおれは同じ方向に向かって歩いてて、ふとその背中を見ると、なんというかそいつは回りが見えてない風で、フラフラ歩いてて、これはまともじゃないな、と思った。で、おれも完全に深夜テンションだったわけ。ちょっとついていってみようかなと」
「まさかのストーキング告白」
「いや、尾行。期待に沿えなくて悪かったな」
「いやいや殺人告白じゃなくて安心したよ。やっぱり級友が殺人犯だと色々問題があるからね。で、死体の発見はそのストーキングの成果?」
「そう。そいつが一駅分も歩いて、住宅街の外れの森に入って行くのを見届けて、まあ悩んだんだけど、気になるだろ。結局森の中までついていって、立ち去った後を調べたら出たんだよ」
「胴体」
「穴の中から。胴体以外もくっついてたよ」
「なるほど」
ふーっと、尾浜は深く一息吐いた。
「意外に臨場感がある」
「まあね、嘘偽りない真実の告白だから」
「その一言でいっきに胡散臭くなった」
今更、だ。
「発見時の様子なんかは聞かないの」
「いや、それはまた後で」
尾浜は後ろを振り向いて、黒板の上にかけてある時計を指差した。
一時七分前。
「基本は五分前行動」
「教科書出して席に座っとくだけなのに?」
「五限は体育だ」
「あれ?」
おれは時計の下の黒板の左、窓際の掲示板に貼ってある時間割りを見た。転校してきて二週間目なので、全然時間割りとか覚えてない。
今日、何曜日だったっけ。
「水曜は五限体育。だから、水曜は飯早く食った方がいいよ」
「腹痛くなりそう」
「がんばれ、一口で行け」
おれの手の中に残ってたクリームパン、実は喋っている内に存在を忘れてしまって、ほぼ半分がそのまんま残っていた。
一口は厳しい。
「あるいは半分くれ」
「え」
「食いきれないだろ、ほら早く」
「これを渡したら絶対今日の後半戦腹減ってくる」
「素早く食わないお前が悪い。ケツの方からでいいからちょうだい」
尾浜はほぼ強引に、おれの手からパンの半分をむしり取り、一口の元に飲み込んだ。
いや、飲み込みのは無理。口に詰め込んだだけ。
「ひむがほひい」
水が欲しい、だ。尾浜が飲んでいたココアは底をついているのは判っている。さっきこいつ自身がストローを吸い上げながら紙パックを握り潰していたのだ。
「ひむ」
「いやだ」
尾浜がおれの緑茶に手を伸ばすが、おれの方が先にパックを掴んだ。これだけは渡せない。おれも最後の四分の一クリームパンが残っている。
というわけで、二口ぐらいでゆっくりとパンを咀嚼、間に緑茶をはさみつつ悠々と昼食を終えた。口一杯に詰め込んだパンに悪戦苦闘する尾浜を眺めながら。
「そっちあんまりクリーム入ってなかっただろ」
「お前は人でなしだ。冷血漢のサディストだ」
ちょっと涙目。でも言うことは言う。やっぱり面白い奴だ。
「自分で奪っておいて」
「お茶の一口ぐらい――」
「勘右衛門、と転校生ー、体育遅れんぞー」
と、その時授業五分前。教室から続々出ていく級友たち、その一人が、出口のドアの所から声をかけた。
「兵助な、こいつ」
尾浜が笑いながら席を立った。この流れはなんというか、疑いようのない平凡な日常。嫌いじゃない。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一