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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 体育っても、まだジャージ来てないんだよな。今日も見学かな? 虚弱体質みたいなイメージついたら嫌だな。そうでもないんだけど。
「あ、そうだ」
「何?」
「もう一つ重要なことを聞き忘れた」
 尾浜は立ち上がり様、再び取調室の演技に戻った。
「その、お前が後を付けた相手の特徴は?」
「おれと同じかそれより下ぐらいの、男。後ろ姿しか見てないけど、身長は低め、痩せ型、茶髪、襟足長めのパーマ。黒い服着てたけど、多分どっかの制服」
「なるほど。高校生ぐらいで、そういった風貌」
 尾浜はうんうんと頷くが。
 つまり供述は全部嘘。

□五、嘘つきは窃盗犯のA-B-C
 結局体育は見学になった。学校指定のジャージがないから仕方がない。代わりに運動の際に着用できそうな服の一着も持っていない。一人寂しく、運動場の端に座って眺めている。みんな走り幅跳びとかして楽しそう。
 様態。遠くから見ると楽しそうに見える。やったことはないから楽しいのかどうかは知らない。
 しかし少なくとも、こんな隅に追いやられてぼうっとしているよりは楽しそうだった。
「サボりですか」
「お前もな」
 声は、背後から急に現れた。
 おれの座っている場所は運動場の端、縁。小高い丘の上がこの高校の敷地になっていて、周囲はぐるりと急な崖だ。楕円形の運動場の半周も、崖に切り取られている。
 おれは崖と運動場の境目のフェンスに寄りかかって座っていた。
 そして奴はフェンス越しに話しかけてきた。
 フェンスがあるっていうことは、そこは越えちゃいけないことになっているということで、その向こうにいるのは正しくない。教師に見つかれば多分叱られる。
 まあ、こいつはそれ以前の事情で、教師に見つかれば摘み出されてしまうだろうが。
 なにしろこいつは、ちゃんと制服を着込んでいる上で、授業も受けずにふらふらしている。一つ年上のはず。学年は下になるのか? 茶髪で、実に軽そうな見た目。
 そんな頭が、崖の端から生えてきた。
 崖を降りるとちょっとした森。まさかここにも死体が? なんて妄想も、別に大した飛躍でもないだろう。だって昨日、おれはまさに森の中の死体を見つけたわけだから。もちろん細かく言うと嘘だ。
「おれはサボりじゃありません」
「サボってるだろ、人生」
「違います不可抗力です」
「違わないよ。早く帰れ」
「ひどいなー」
 少し首を傾け、横目でその首を確認した。おれの寄りかかっている崖と運動場を隔てるフェンスに、奴は額をぴったりくっつけて喋っていた。崖の途中から突き出た岩の上に膝立ちして、顔だけ運動場の上に出している。遠目に見たら生首。
 カラフルな植物の緑とフェンスとおれの影で、授業中の人々からはよく見えないだろうけど。多分。見えたらほんとに生首騒動だ。
 ニュースによると最近はそういった事件が多発してるそうなので。
 まあ、そもそも授業中の人々は、一人寂しく見学してる生徒なんかに大した興味は持っていない。
「せっかくおれがこうして来てあげたのに」
「頼んでないよ」
「冷たいなー。へーすけくん、おれは君の力になろうと思ってだね」
「学校の裏で何をしてた?」
「調査中でした」
「何の」
「うへっへっへ」
 喉から思わず漏れた、という笑い方だった。漏れたのは笑い声であって下の話ではない。
「なんだよ」
「おれはへーすけくんの知らない事をですね」
「気持ち悪いな」
「死体や誘拐犯よりましだよ」
 口の中で含み笑い。くっくっく、と殺し切れない笑い声が、奴の俯いた頭の下から聞こえた。
「で、誘拐犯の手掛かりを探してたんだろ。何でそこなんだよ」
「ほらほら、木を隠すなら森って言うじゃない」
「誰が何の目的で木を隠すんだ」
「はあ? へーすけくん、これは例え話だよ。別に隠すのは木じゃなくてもいいんだよ? 場所も森じゃなくていいんだよ?」
「……なんで森の中にいたんだ」
「だからー、木を隠すには森の中だから」
 会話が成立しないのは、こいつが馬鹿だからか? おれが馬鹿だからか? 両方?
「死体の山はもうあるわけだからさ」
 また、俯いて少し笑った。笑うときに、視線をそらす癖らしい。視線をそらすのは、隠し事があるから、かな。
「楽しそうだな」
「楽しいねえ、自由っていいよね」
 ニコニコ笑いながら、まあかなり皮肉たっぷりだ。
「いいな、授業」
「見学ですけどね」
「いいないいな」
 すると、ふと押し黙ってしまった。
 きっとこいつは授業中の人々を眺めている。おれはタカ丸の方をまともに見ないので(見ると生首と喋っているのがクラスメイトにばれるので)、推測だけど。
「ねえ、へーすけくん」
「なんだ」
「どうしてブルマは衰退してしまったのかな」
 やっと喋ったかと思ったらそれかよ。
 しかしこいつの目線の先に何があるのか、よくわかる。なぜならおれも大体同じ部分を凝視しているわけであって。
 黒い短パンと肌色の境目の辺り。狭い範囲だけちらつく白い膝の裏とその上。もちろん女子の。
「一つの時代が終わったんだよ。これはこれで悪くないし」
「おれが小学校の頃まではブルマだったんだよ」
「へー」
「さてはへーすけくんは生ブルマ女子を見たことがないんだね。かわいそうにかわいそうに。おれは常々へーすけくんはかわいそうな人生を送っていて気の毒だと思っているけど、これが一番かわいそうだなあ」
「なら、立場入れ替わってくれ」
「うへへへ」
 だらしなく、というか曖昧な笑い方だ。笑ってるんだか単に呼吸してるだけなんだか、わからない。
 本当は笑っていないのかもしれない。
 きっと顔を見ても、どっちだかわからない。
「ブルマを知らないような人生かぁ」
「そしておれはブルマを知っている人生を送る」
「ははは。一緒だよ一緒。おれが君でも、君がおれでも、同じにしてくれるよ、へーすけくんは」
「おれはお前みたいに他人のために動いたりしないよ」
「それは完璧な嘘」
 即答。お前に何が判る? おれには何にも判らない。
「あ、それでは」
「ん?」
「調査再会してきます。結果は後ほどご連絡」
 そして奴は、立ち止まっていた崖を器用に降りていった。それを肩越しになんとなく眺めていた。
 崖はそこそこの鬱蒼具合で木と草に覆われている。したがって制服に木の枝とか葉っぱとか土とかゴミがどんどんまとわりついていく。当然来た時からそうだったわけだが、さらに森の中に逆戻りしていくので、悪化の一途。
 土まみれになっているだろう制服の膝のあたりが気になる。正確に言うとクリーニング代が気になる。あとクリーニング屋の人に怪しまれるだろうってことが気になる。おれはリスクが嫌いだ。それはおれの制服なのだから、もう少し気を使って行動して欲しい。なけなしの所持金で購入した明るい学生生活のための大切な制服なんだから、粗末に扱わないで欲しい。
「あっ」
 地面にたどり着く寸前で、また引き返してきた。さっき足を載せていた岩に、こんどは両手で捕まって、そこで止まった。
 さっきまでより下の方で声が聴こえる。生首事件は隠匿された。
「あのさあ、電話ありがとう」
「利便性を測っただけです」
「わかってるよ。だからありがとう。あのさ、メールしていい?」