嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
「無理。メールは物的証拠になる」
「えー」
「おれ以外にならいいよ」
「あ、なるほど。じゃ、電話するよ」
「電話も履歴が残るから」
「他の友達との電話の履歴に適度に挟めばいいんでしょ。わかってるって。ほら、木を隠すなら森ってやつ」
こいつはわかっていないような口ぶりで、ちゃんとわかっていることを言う奴、ということが今日わかった。
「別におれと君が今もって知り合いでも誰も気に留めないでしょ。むしろこうして同じ町に戻ってきてるんだから、当然のなりゆきじゃない。すれ違って思い出して意気投合でもおかしくないじゃない。運命だね。ああ、やっぱりだからメールするよ。どうでもいい内容でね」
「それは単純にめんどくさい」
「薄情者めぇ」
捨て台詞。下の方に消えていった。
本当に森の中で死体を探しているんだろうか。そんな訳はない。奴は校内を歩きまわりたくないだけだ。不審人物だから。
で、授業が終わるより前に、すごくどうでもいい内容のメールが来た。行動が早過ぎる。
『彼女できたよ×』最後の記号はふざけたアニメーションの顔。
嘘だと知っていてもなんか腹が立つ。
ちゃんと女子の足の写メを添付している中途半端な完成度もうざい。何で足だけなんだよ。誰の足だ。廊下に立つ制服のスカート以下。盗撮か?
もちろんこれが盗撮でもなんでもないのは知っている。
爆発しろ顔。
画面に向かって声も出さずに悪態をつく。
携帯越しに運動中のクラスメイトを見る。まだ走り幅跳びをしている。女子と男子に別れ、二つの砂場に群がっている。それぞれ順に一人づつ走って行き、飛ぶ。
彼らはそれぞれが個体としてでたらめな動きをしている。でたらめと思うのはおれがおれしか制御できない構造であるためで、それは人として当然なことのようだが、しかしこうランダムにウヨウヨと動き回っていると、その複雑な仕組みが逆説的に無秩序な仕上がりに思える。
感慨深く観察していると、男子の内の一人が急に視線をぐるりと回した。
校舎の最上階に設置された時計板を見ている。
おれも届いたメールを閉じて、待受画面のデジタル時計を見た。授業が終わるまであと、十分と少し。
次の授業の前に着替える時間が必要だから、あと五分経たずに授業は終わりそうだ。
時計を見ていた生徒が、また頭を回して、おれの方を見た。胸の前で手を振って、何かの合図。
「やめろ」
と言っているようだ。
クラス委員長として、授業を見学している生徒が携帯をいじっているという事態を、それなりに憂慮しているらしい。
授業の後、言われた。
「多少は隠せよ」
「隠す場所ないじゃん」
「腕で隠すとかさあ。転校生、一応、ここ進学校」
結構硬いことを言う。あとで教師に何か言われるのかもしれない。勘右衛門はクラス委員長として、いわゆる「わけあり」のおれの面倒を担任教師から仰せつかっている。
これも転校初日に勘右衛門本人から言われたことだ。
「おれは委員長だからクラスの人間関係にも気を使わないといけないわけ。いじめや非行の兆候も逐一教師に報告する。未然に防ぐのがおれの仕事。面倒でもないね、問題起こすような奴は端から見てりゃ、かなり愉快」
教師のやり方は理にかなっていると思う。対象と同じ目線の生徒に見張らせたほうが効率がいい。しかし、勘右衛門のやり方は理にかなっていない。単に観察して腹の中で笑うだけなら、当人に告げる必要はない。むしろ黙っていた方が安全。
でも馬鹿正直に言うって所が、まあつまり、最高の野次馬根性。
「そんなに重要なメールが来てたの?」
「まだ、来ない」
適当に思わせぶりな相槌を打つ。意味? 面倒になったから、はぐらかしてるだけ。
机の上に次の授業のための教科書等を並べる。休み時間、後二分。勘右衛門の方は、おれに絡む前にすでに机上の準備を終えている。
携帯が光った。着信。
勘右衛門は見ていない。おれは机の上に置いていた携帯をさり気なく手にとった。開きもせずに机の引き出しへ滑りこませた。
嫌な予感がした。
「お、授業始まる」
勘右衛門はおれに背を向け、教室前方の黒板の真上に磔にされた時計を見上げた。あと四十五秒で六時間目開始。
おれは四十五秒と数分を大人しく待つ。
授業が始まり、教師が教室へ現れ、起立、礼、着席、教科書を開き、教室内の人々の興味関心が教科書の中へ完全に移ってしまうまで。
机の中で携帯がチカチカ点滅している。青白く光る小さな発光ダイオード。メール受信。
悪い予感とか、直感的な理屈とか、そういうのはあるわけないと思っている。理解できないものは信じない。
だからまあ、予感、じゃない。
予測。かなり確実なお話。
折りたたみ携帯の背面ディスプレイに差出人の名前とタイトルが表示されている。
知らないアドレス。
不吉なタイトル。
『綾部です』
あーちゃんからだった。
おれは彼女にアドレスを教えていない。これまでそういう話の流れにはならなかったし、もう暫くの間は教えようとは思わなかった。だから、どこで知ったのか、わからないけど……寝てる間に携帯いじられたかな。
教師が黒板に長文を書き始めた。書きながら絶え間なく喋っている。生徒らはその喋っている内容を必死に書き留めている。
机から携帯を半分引っ張り出し、影の中であーちゃんからのメールを開いた。
『これやったの、へーくん?』
画像が添付されていた。
まばらに草の生えた地面、湿った土の踏み荒らされた形、明るい木漏れ日の背景。場所は昨日の夜中の犯行現場とよく似ている。でも多分違う場所。
何しろ違う死体が写っている。
真っ黒な焼死体。灰色の肋骨が飛び出て見えるほどよく焼けている。人間型の炭だ。
これは、おれじゃない。燃やしたのは……。
おれは燃やしてはいない。
『違う』
と手短な嘘をついた。長く語ればボロが出る。嘘ってそういうもの。
こんな形で発見されるとは考えていなかった。
□六、稀代の殺人者の感覚質
その死体を彼女が発見したのは必然だ。彼女の最近の趣味は死体を掘り返すことであり、新しい死体を探して昼夜人気のない場所をうろつき回っているという事実は驚くに値しない。
そしてあの付近に転がっている死体が一体だけだろうっていうのも、自然な推測だ。
だっておれ以外に、誰が偶然にも同じ場所で殺人を行った? 或いは別な場所で出来上がった死体を遺棄した?
もしかしたら存在したその誰かは多分、あら先客ね、って言って場所を変えただろう。おれだったら、そうする。戻ってくるかもしれない先客の殺人犯を警戒するのは不思議じゃない。犯罪者同士、必ずしもお友達ってわけじゃないからね。
だからあの死体は高い確率で、二週間ほど前におれが泣く泣く放置して行ったものだ。
それを誰かが丸焼きにした。
余計なことをしやがって。そのうち取りに戻ろうと思っていたのに。
出鼻をくじかれたような感じだ。実際の所、おれはそれを取りに戻るために、いちいち過去の記憶に不快になりながらもこの町に戻ってきたのに。
こうなったのも、他のことに気を取られて後回しにしていた自分の責任だけど。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一