嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
なかなか、死体の回収のタイミングというのは図り辛い。現代社会に生存する大部分の日本人はそういった試みの経験はないだろう。おれも初めての挑戦だ。
まずは情報収集なんて体裁を取って、歳相応に学校なんか通ってみたりしたんだけど。無駄足。
でもまあ、仕方がない。
世の中広いんだし、起こること全てを自分で把握できるわけないし。
その死体が出来上がったもの、おれの大きな誤算だったけど、もっと元をたどればおれがこうして望む望まないとに関わらず外に出てきてしまった過去にも原因がある。おれの意志とは無関係に世界では色々なことが起こってしまっているから。
そんなふうに考えてみれば、過去の事象なんてのはそのほとんどが自分の思惑とは関係なく出来上がってしまってるものばっかりだ。
だから、これは仕方がない。
殺したのも。
捨てて行ったのも。
誰かが丸焼きにしたのも。
まあ、終わったこと。
考えなければならないのは、今後の身の振り方。
当初の目的は消えた。あの死体を回収するのは、多分もう無理。人に見つかってしまった。しかもあーちゃんにだ。彼女はわかっててあんなメールを送ってきたんだろう。幼馴染な彼女は、当然おれの本質を知っているんだから。
この件については白を切ろう。おれがやったっていう証拠は残してないし、あれだけ焼けた死体から身元の判明は不可能だ。あんな状態じゃ親兄弟でも見分けはつかない。年齢性別の大まかな見当はつくだろうが、っていう状態。元より被害者はほとんど身寄りも残ってないはずだ。行方不明になって久しいが捜索願は出されていない。わざわざ触れに行かない限りは、おれは安全圏にいる。
で、あーちゃんがあの死体を警察に持ち込むのも考えられない。自身の後ろ暗い趣味のために。しかしまた死体遺棄癖が出て、あの炭を細切れにして町内あちこちへ撒いてしまうかもしれないが、そうなったとしても殺害の容疑者は彼女になるだけだ。おれには関係がない。今となっては赤の他人のおれに、露ほどの容疑もかかりはしない。
仕方がない。この件は放置しよう。
犯罪者にはなりたくないのである。
じゃあ、次はどうしようか。
まず二つ、ある。
尻尾を巻いて逃げるか、否か。
逃げるほうが安全だ。犯人の――ここのところの一連の猟奇殺人事件の犯人の視界に、今のところおれは入っていないようだ。いずれ見つかるだろう。おれは隠れていない。
犯人はおれをどうするだろうか?
恐らく、まずは笑顔で近づいてくるだろう。奴は至極間抜けな変態で、欲望に忠実に生きている。奴は喜んでおれの方へ近づいてくるだろう。未だ、おれが奴の所有する愉快なおもちゃのままだと思っている。そのはずだ。
反吐が出る。
おれは死体を拾うためだけに戻ってきたんじゃない。
あの糞野郎を抹殺するために戻ってきたんだ。
そのために死体は必要だった。奴を追い込むために、その死体は無残な生前の姿のままでないとだめだったんだ。
当てが外れたんだ。うまくやるための。世間を裏切らないようなやり方を考えていた。
別に、感情の赴くままに、と何の制限もなくやれるのなら、なんだってやってやる。刃物だろうが、鈍器だろうが、銃器だろうが、薬物だろうが、素手であろうが、なんでもいい。なんでもいい。どれも生々しい妄想として頭の中で繰り返した。愉快な妄想。本当にそれを成し遂げられるなら、きっとおれは腹の底から大声で笑えるだろう。生まれて初めてこの世の悦びを知ったかのように笑い続けるだろう。
でもそれって現実だと犯罪だと言われたので。
仕方がない、と、踏みとどまるだけの理性を持っている。
だからおれは上手く世の中で認められている範囲内で、少なくとも明るい場所ではその規律の中で動くしかない。
犯人は、おれの裏切りを知ったら――まあ、ただでは済まないだろう。ただでは済まさない、と言うだろう。
おれが奴を呪っている事実に面食らって、きっと正当防衛的な凶行を試みるだろうから。
一旦逃げた方が得策か、と考えるのは、恐怖心からか?
何しろ未だにあーちゃんが生きていたわけだし、タカ丸もいる。かなり他人だけど尾浜とかクラスの友人たちもいる。下手に動いて、危険な目合わせたらまずい。
それに返り討ちにあって死ぬのも怖い。
時間をおいて身奇麗になってからまた出直し、っていうのも考えるわけだけど、そうなるとあーちゃんとタカ丸の存在が問題になってくる。
タカ丸の奴は既に首を突っ込んできた。ここでおれが引くって言ったって、それならあいつは一人でもやるって言うだけだ。だいたい想像がつく。
それに、あーちゃんの方が心配だ。
彼女は何をしようとしているんだ? だいたい、何者なんだろう?
いや、あーちゃんなんだけど。
幼馴染。近所に住んでいた。十年前、一緒の家に監禁されていた。九年前、そろって外に出た。違う病院に搬送された。違う施設に移された。おれは親に引き渡された。彼女は遠い親戚に引き取られた。最後の日から、あの事件の最後の日から会っていなかった。もう、赤の他人。
他人の考えていることなんて一切判らない。
彼女がどうして死体を掘り返しているのか?
予測。
彼女は彼女なりに、何かを成し遂げようとしている。
別に彼女はおれを貶めようとしているわけじゃないだろう。おれ――久々知兵助。この世におれの他に存在する同姓同名の久々知兵助に対してはどうだか知らない。
根拠はある。まず、彼女の死体掘りはおれがこの町に発作的に戻ってくる前からの趣味だったようだ。だからおれとは無関係の所業。
それから、彼女はおれとの再会に非常に驚いていた。予想だにしなかった、という反応だった。だから、彼女の行動がおれをはめるための計画的な犯行である可能性は全くない。
転校してきてすぐに。
ここに戻って来る前に、あーちゃんが現在どこに住んでいるかは調べがついていた。同じ学校の転入試験を受けた。小学校も中学校もまともに通わせられなかった割りには、進学校の途中入学に合格できる学力を身に着けていたのは父親の長年の教育の賜だが、特に感謝はしていない。
登校初日から尾浜勘右衛門に絡まれ、家の外に出たといっても何もかも自由に動くというのは困難だと改めて実感する。休み時間、昼休み、と一つ下の学年の教室の様子を伺うタイミングを図っていたが、学級委員長の監視の目をかわせない。
その日の最後の授業、化学が移動教室だった。
授業を終えて、教室へ戻る途中の廊下。ほとんど沈みかけの夕日が、まぶしく、差し込む場所だった。
数人の女子と楽しそうに話しながら、彼女があちらから歩いてきた。
前など見ていなかった。おれの方は見ていなかった。
記憶に相違がなければ、と思った。息を呑んで、真横でしゃべり続ける尾浜をシカトして、すれ違うその女子を慎重に、他の生徒に悟られないように、眺めた。
垂直に、八十度、七十度、六十度、五十度、四十度、三十度、二十度。
記憶の中にある横顔の映像と似ている。でもその映像は当然ながら九年前に見納めた切りのもので、その後の年月でどう変わっていくのか、という予測推測には自信が全くなかった。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一