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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 嘘つきだ。多分、彼女は。
 狂人のフリなんてそう難しくもない。知っている。
 彼女は嘘をついている。のだ、と、おれは推測している。
 何故? 知りたい。
「あのね、あーちゃん。そういうことじゃなくて」
「方法? 理由?」
「理由。運んだ理由」
「刑事さんみたいですね」
 薄ら笑ったまま、あーちゃんは目を開けた。
「警察ごっこ」
「うん」
「警察はキライです」
「おれは、そうでもないかな」
「国家の犬」
「なくてはならないもの、だ」
「じゃあ、へーくんは巡査さん」
「うん」
「どうして……」
 少し、言葉を呑んだ。あーちゃんの閉じた唇の内側で、何かが押しつぶされて、飲み込まれた。その白い喉の内部へ。
「どうせ迷宮入りですね」
 自嘲のように聞こえた。これは過去のことか、今のことか。
 どっちも、全部迷宮入りの方が楽だけど。正直な話、当事者みんなが諦めるというか絶望してくれるなら、おれは今後一切危険なことに関わりあう事はない。
 しかしそういう前提だと、まずおれが何も諦めきれていない。
「もしもですね、へーくん、へーくん巡査さんが私を裏切りますと」
「裏切るって? おれが?」
「警察にタレコミやがりますと」
「何を」
「ん」
 あーちゃんは、ちょっと視線を外して考え込んだ。誘導尋問。下手くそだな、ぜんぜん偽装できてない。
「ご存知のようなあれです」
「明言を避ける。やましいところがあるからだ」
「それはもう」
「誰も知らないと思っている」
「いいえ、私は物覚えがいい方です。ご存じないかも?」
 あーちゃんは右の人差し指を、俺の喉元にぴっと突き立て、続けた。「たとえあなたの証言があったとしても」、と。
「現行犯にはなりませんが、探せばいくらでも証拠は出るでしょう。誰の犯行ですか? 私は、そんなにちゃんと始末をしていません。過去のスプリー・キラーのようには。燃やす場所もない。コンクリートや薬品は一女子高生には手に入れられない。お料理には」
 机の上のフライパンが目に入った。
 あーちゃんは笑っていた。
「食べちゃったら、人目につく所に遺棄できないです」
「そ、う」
 そうだな、と言おうとしたが、声が上手く出なかった。
 変に喉が渇いた。カラカラで、少し痛かった。
「ですので私の身柄はへーくんに託されているのです」
「通報するべきか、目をつむるべきか」
「ですです」
 どうしてそんなことを言うのかな、と、思った。おれが裏切ると思っているのかな。へーくんなのに。そうでないとしても。
「逮捕されたら私はおしまいです。なにもかも」
「わかってるよ」
「へーくんが思っている以上に、多分悪い結果になりますよ。きっと」
「わかってる」
「ん?」
 首を傾げた。
「何回も同じ事、言わなくたっていいだろう。わかってるんだ。おれは、それだけは嫌だ」
 それ、というのが、何を代替しているのか?
 広い範囲の考え得るあらゆる悲観。
 何かしらの救いを求めている。未来、なんとか平穏無事に過ごせればいいな、と。
 その反対側にあるあらゆるもの全てが、嫌だ。
 あーちゃんが、泣いたように、ぎゅっと目をつむった。すぐに開いた。笑った。
 再開して以降、始めて見たような顔をした。
「へへ。ありがとうございます」
 あーちゃんは立ち上がり、すっかり冷えたフライパンを机の上から取り上げた。
 重たい鉄の塊。一度焼けた肉。冷えた油の匂い。息を吸い込むと、嘔気がぶり返した。
 左手でソファの端を握りつぶした。
「私は、一から十までお話します? いいえ、嫌です」
 唐突に、話が変わった。
 もう泣きそうな顔はしていなかった。
「あーちゃん」
「へーくん、あの日のこと、覚えてますか」
 あの日。あれ、と指しただけで頭に浮かぶこと。おれにとって重要な日。たくさんある。生まれた日、小学校に入った日、友達がたくさんできた日、誘拐された日、始めて××の××をした日、大事な友だちができた日、××から外れた日、犯人が××された日。
 おれは全部覚えている。あの事件の当事者の他の誰よりも、はっきりと覚えているという自信がある。
「覚えてる」
 あれがどれでも、おれは隅々まで覚えている。その後のことも、これからのことも、全部覚えている。おれは多分そういう役割が適任だ。
「あの日から」
 あーちゃんは可愛らしく小首を傾げ、上目遣いにおれを見上げた。やっぱり口元だけ笑っている。何も感じていないみたいな顔。いつも通り。かわいそうに思う。
「全部壊れたんです。壊れた瞬間、覚えてますか」
「壊れた瞬間」
 繰り返して、答えられずに口ごもった。
 壊れた瞬間。瞬間。瞬間?
 そんなもの、あっただろうか?
 いや、何度もあった。何度も繰り返し壊れた。
 今こうしてあーちゃんと向き合っていること。彼女が死体遺棄の現行犯だと知ったこと。彼女と再開したこと。制服を着て高校に行ってみたこと。この町に戻ってきたこと。退院したこと。父さんと話し合ったこと。病院で治療を受けていたこと。警察と話をしたこと。入院したこと。沢山の大人に保護されたこと。警察に駆け込んだこと。一人で逃げ出したこと。犯人たちが殺されたこと。リビングに集められたこと。それから――それから以前の色々なこと。
 何もかもにぶち壊されて、また組み上げてきた。そういう風なものだと思っている。だからおれにとって決定的な瞬間なんて、一度もなかった。その瞬間なんて。延々と続く一本の線が、そもそも逸脱している。
 でも彼女は、おれとは考え方が違うらしい。
 わかっている。赤の他人なんだということぐらい、理解している。
 おれは彼女の次の言葉を待った。彼女もおれの言葉を待っていたけど、でもおれは答えられない。わからないから。わかりたいけど、でも他人の頭の中のことなんて。
 じれったそうにあーちゃんは瞬きをした。
 ぎゅっと目を瞑って、唇もぎゅっと噛んで笑えなくなって、それから低い声で話し出した。
「ママが殺された時に、私は誓ったんです。復讐してやります。犯人に。だから」
「それで、あれを……あの死体は」
 そして彼女はぎこちなく満面の笑みを作った。
「へーくんは、協力してくれるんですよね? じゃないとタダ飯食いですよ?」
 そういえば、と彼女が持っているフライパンのことを思い出した。焼けた肉のことを思い出した。あれ、今日の夕飯……だめだ、肉、苦手だな……。あれを切り落とし……。
 下を向いた。黒いソファーで気を紛らわし。食道の動きがおかしい。
 あーちゃんは、どうして平気なんだろう。
 影色の視界に、少女の白い顔が覗きこんだ。
「もちろんそんなの、嘘ですけど」
 あーちゃん。
 気持ち悪いよ。

□八、過去の作為の記憶の形成
 曖昧な記憶の話。
 曖昧な理由。まだ、幼い頃のことだったから。記憶の保持の仕方がまだはっきりと理解できていなかった頃のことだから。
 映像――音声――嗅覚――触覚――感覚――感情の、言語化。
 記憶は後から言語化した過去の話。