嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
ごく普通の男子高校生ができることじゃない、とも知っているけど。何かが発覚して警察に押収されるとか、そんな失態を犯さなければ。
夢中になって携帯を弄る勘右衛門を眺めていると、少し気分が悪くなった。
おれはリスクが嫌いだ。
だから万全に予防線を張る。
恐らく、勘右衛門は件のメールを見ることはできない。
と、理性でわかっていても気分が悪いのは、無意識中の不安。
「わかった、ここだ」
勘右衛門が机を叩いた。晴れがましい顔をしていた。
この顔に恐怖も嫌悪もないんだけど。
ウキウキと突き出された携帯の画面に、短いメールの本文が表示されている。短い内容で、開いてもいなかった奴。十一時二十分頃、授業中に来たメール。
ちゃんと読んでね
最後に矢印が二つ重なった絵文字。
「ここ、こっち向き」
メールの末尾に挿入された赤い上向きの矢印をなぞって、勘右衛門の右の人差し指が画面上を上にスライドする。
「本文の二つ上の欄は『件名:最後まで』、それから絵文字の『月』」
「最後までちゃんと読んでね」
「件名の最後の絵文字をちゃんと読んでね、ってこと。暗号っていうのはさ、大抵の場合、一番初めに送信者宛に解読法が述べられているものなんだ」
勘右衛門が得意げに語った。つまり、そういうことだ。
「さっきのメールは『夜』だ。内容と関係ない絵文字。現在時刻から考えて……まずここで違和感覚えなきゃ、名探偵にはなれないな」
残念ながら、こっちにはそういった予定はない。
それに、奴の考えた暗号を解けたからといって、名探偵だなんてとてもじゃないが名乗れない。と、思う。
「この最初のヒントから、四通後、件名、『アイスとチョコのどっちがすき?』末尾は『ケーキ』」
奴とアイスやチョコレートの話などしたことはない。変なメール。
「で、次のメールの最後に『手紙』」
勘右衛門が人差し指で空中に横長の長方形を描いた。三角形の折り返し付き。
「メールじゃなくて?」
「ざっと読んでみたら手紙の方っぽかった。判ってるくせに引っ掛けるようなこと言うなよ」
ちょっと、口を尖らせた。
「答えが判ってるのに話に付き合ってやってるんだ。感謝しろよ」
「だって推理シーンは手順を追って、親切丁寧に読者への解説をしないといけないだろ?」
「そろそろ家に帰りたくなってきた」
おれがそう言うと、勘右衛門は深刻そうにニヤリと笑った。
「いいのか? この暗号の内容が真実だとしたら」
重々しく言った。古い洋物映画の探偵のように。
「手短に」
そしておれは出鼻を挫く。このやりとりは楽しい。
「はあ」ため息。「まあ、判ってる話聞くのも面倒だよな。でも答え合わせぐらいさせてよ。この暗号はつまり――縦読みだろ?」
「縦読み?」
「あ、そういうのは知らないのね」
勘右衛門が一人で納得したように頷いた。
「いや、正確に言うと縦読みでもないんだけど。つまりさ、絵文字の読みの頭文字を、繋げて読む。まず最初の『月』『ケーキ』『手紙』」
「つ、け、て」
「で、次が『宝石』。多分これ、『ルビー』のつもりだと思う。赤いし」
「つけて、る」
「『蛙』『笑顔』『リボン』『耳』『チケット』『ニヤリ』『木』『お酒』『月』『ケーキ』『ロケット』。で――」
「ちょっと待て、一気に言うなよ」
「か、え、る、え、が、お、り」
「そうじゃない」
おれは勘右衛門の手から携帯を奪い返した。ちゃんと全部を記憶してたわけじゃない。
びっしり並ぶ意味のない受信メールをスクロール。時系列を遡って暗号を読み返す。件名の最後に絵文字が入っているもの、入っていないもの。連続して、あるいは数回の意味の全くないメールを挟んで、記号は挿入されている。記号アリのものだけを視覚、知覚、記憶。
「どうしてお前はその暗号に気がついたのか? そこから考えた方がいいかもしれない」
つ、き。
け、ーき。
て、がみ。
る、びー。
「ま、普通に絵文字の使い方がちょっと変だってのは気づくだろ」
か、える。
え、がお。
り、ぼん。
み、み。
ち、けっと。
に、やり。
「件名だけ流し見してても、内容と関係無いのに繰り返して使われてる絵文字が目に付くわけだ」
き。
お、さけ。
つ、き。
け、ーき。
よ、る。
「もしや暗号か、とね。いくつもの難事件を解決してきた探偵なら、勘が鋭く働くところだろう。名探偵ならば、もしやと思う。ここが見せ所なんだ。半信半疑でもとりあえず考える。暗号の定石として、まず最初に解読方法を相手に提示しておかなければいけないって話はしたと思うけど」
「付けてる。帰り道、気をつけよ」
つまり、斉藤タカ丸はこの暗号を貫き通すために、意味不明のメールを大量に送ってきていたというお話。依存症に陥っているとか、そういうわけじゃない。
おれが前に話したメールとかは証拠が残るから、っていうのを気にしているんだろう。
が、これに意味があるとは思えない。
「でもお前は探偵じゃない」
「は?」
「聞いてた?」
「……聞いてなかった」
上機嫌で独り言を言っているのは見えていたけど。
肩をすくめてみせた。特に悪いとは思っていない。
「はあ」再度、ため息。
「おれはさあ、期待してるんだよ君に。最初っから」
「最初って?」
「転校初日。初対面から、顔を見てすぐ直感があったね。言っただろ? お前からは事件の香りがする」
おれは肩を竦めた。鼻で笑って見せた。
やっぱり、嫌いじゃない。主に二つの理由による。
一つは清廉潔白な被害者の身としては、このような野次馬による目撃証言というのは非常にありがたいものだということ。
もう一つは、こいつはおれの経歴をダシにして会話をするのに、他の人間よりもほんの少し抵抗が少ないということだ。
これまでの人生の半分以上が「腫れ物」なおれにとって、そこを触れずに当たり障りなく楽しい会話というのも労力を要する。気を使われないように気を使うのも面倒くさい。その点こいつは、そんな相手の顔色を読み間違えた気遣いよりも、好奇心の方を優先する。つまり、適当に対応しやすい。
まあ、たまに正気に戻って気まずそうな顔をされることもあるけど。
「しかし兵助くんよ、どうすんだこれ。暗号。ストーキング宣言。闇討ち予告か? 夜道に気をつけろ的な」
「だからいつ帰ろうか、困ってたんだ」
嘘だけど。
だってこれ、奴がおれを付けてるって話じゃないだろう。誰かがお前を付回しているから気をつけろ、という警告だ。読み間違い。面白いので、訂正しないけど。
「兵助君、やたらとストーカーからモテるね。今季二人目?」
「変態との縁がやたらあるのはもう諦めてる」
親からしてアレなんだし。間違いなく遺伝しているだろうというのが残念な現実。
「で、どうする? 一人で帰れる? 夜道が不安ならこの探偵役のおれがついて行ってやろうか」
「まだ夕方だけど」
と、言いつつ、おれは勘右衛門と一緒に教室を出た。
付けてる。帰り道、気をつけよ。
心当たりなんて、あの変態野郎の犯人しかない。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一