嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
おれも気がつかなかったのに、タカ丸は何で気がついたんだろうか。気がついてしまって、無事なんだろうか。奴とタカ丸は面識がないから、心配はいらないか? それに、戦力として勘右衛門ってどうなんだろう。こいつ、おれに似てるから、大丈夫そうだと思うんだけど。
まだ会いたくない。
□十、熱血新米刑事のストーキング講座
不正解だ。しかし惜しい回答。赤ペンで三角をつけて、お情けで二点ぐらい頂いたっていいだろう。一問十五点ぐらいの応用問題だったと仮定して。
校門前は、わずかに異様な雰囲気だった。他に下校中の生徒はまばら。あらゆる杭の影が長く伸びている。
その風景の中、校門の側に男が仁王立ちに待っていた。こんな奴は知り合いにはいないが、まっすぐにおれを睨んでいるので、どうも間違いなくおれに用があるらしい。
表情から厳つい印象を与えながらも、容姿的にはごく普通の若者の範囲内に収まっている。細身のジーンズと灰のジャケット。何かスポーツでもやってらっしゃる? っていう体格。そういう若者は世においくらでも居る。そんなごく普通の若者に睨まれる覚えはないんだけど、ごく普通の若者に変装できる職業の方とならば、ちょっとした御縁がある。遠い昔から。
あれはそういう職業の人間の目をしている。面倒な話。
監禁殺人犯とどちらが面倒か、と言われりゃ、ここは正直悩む所。
勘右衛門がその男の方をチラチラと横目で見ながら、知らないふりで適当な世間話を敢行する。
おれも全く気がつかないふりで、やり過ごしてやろうと思った。
前を通り過ぎる。
男はじっとおれを見ている割には声もかけない。
ここで通りすぎて、今やり過ごして、後を付けられても嫌だな、と思った。何かあるなら、目撃者の多いところで。
おれの顔に出ていたのか、この男も同じようなリスク管理を行ったのか定かではないが、ともかく男は、通り過ぎたおれの背後から肩をむんずと掴んできた。
痛い。素人の力ではないのは馬鹿にでも判るわけで。結構な勢いで振りほどいて、背後へ振り向き様に思わず睨み返したのは、印象が悪い行為だっただろう。失敗した。
そいつは胸元から素早く黒い手帳を取り出し、向き直ったおれの顔に殴りつけるように突き出した。それはまるで、とっておきの必殺技だと言いたげな感じ。ちょっと得意げに正義に燃えた顔つきだ。子供みたいに。
吹き出したりしたら、更に印象は悪くなるだろう。堪えた。
「警察だ」
と、怒ったように手短に、しかしやはり得意げな薄ら笑いを隠しきれずに、そいつは自己紹介をすませた。
横で勘右衛門が口をあんぐり開けて動作停止している。どうせ直ぐに、面白くなってきたなんて言い出すに違いない。
「警察? 何の用ですか」
冷静ぶってみる。いや、もちろんぶらなくても冷静なんですけども。
「とぼけるなよ。心当たりはあるんだろう?」
「現行犯でもないし、逮捕状もない」
今この瞬間の身の潔白なら自信がある。
あ、そうでもない。携帯の削除済みデータがあった。人間の丸焼き画像。アレが来た時点で水没でもさせて、新しい携帯を買えばよかった。
そんな風に後悔するのは実際に逮捕されてしまってからでも別に遅くない。
突き出された警察手帳を眺めながら、一瞬の間に色々と考え込んだ。
どうも、この警察という団体が苦手だ。嫌いでもないし、彼らがなければ今のおれは生きていないわけだし、つまりあらゆる意味で恩人らの集団なわけなんだけど。
引け目を感じる。負い目じゃない。引け目だ。
「馬鹿だな」
男は笑った。慈愛を含んだ苦笑いだった。それで急に大人びた。元々、どう見ても大人だが。
「お前はな、現行犯だ」
「は?」
その苦笑いで思い出した。こいつとは、数日前の深夜に会った。早朝と言うべき時間か? 事実上犯罪幇助を行っていたにも関わらず、善良な第一発見者として事情調子を受けた時だ。深夜の住宅街側の森林における、あーちゃん被告による死体遺棄事件について。
記憶の通り、つり目で顎の細い、精悍だか喧嘩っ早そうな顔立ち。始終苦虫を噛み潰したような顔で、壁を背に仁王立ちしていた。一言も発さなかった。ほかの刑事たちよりも若いなと思った覚えがある。それだけ。
「何やったんだよ」
勘右衛門が、予想通りの浮ついた声で話に割り込んで来る。
おれは思わず、といった風に、自分の両手を開いたり閉じたりしながら眺めた。返り血でもついてんじゃないかっていう、そんな感じで。
もちろん何もついていない。
「まだ、新しい死体は出てませんよね?」
「そんなことはわかっている! 本当に……あいつが言ってた通り、人を食ったようなやつだ」
「人を殺したことはありますけど、食べちゃいないですよ」
「知っている! おれはお前の戯言を聞きに来たんじゃない」
知っているのか。嘘なのに。
「で、おれは今度は一体どんな犯罪を犯したんですか?」
男は肩を落として大きくため息を吐き、しょうがないやつだ、聞こえるようにぼやいた。
「捜索願が出てるんだよ、家出少年」
等と、信じられないようなことを言った。
親の話。
子供の頃、罪も無い少年少女の頭を金属バッドで殴打して誘拐監禁虐待のワンセットが趣味の犯人に監禁されていた頃。おれの父親は、恐らく何も知らずにのうのうと生きていた。
やがて逃げ出してきた自分の子供を見て、奴は大いに困惑した。非常に迷惑そうだった。嫌悪感すらあった。過去のおれの目にはそう映ったし、今でもその印象は間違いではないと確信している。
母親は奴の元からとっくの昔に姿を消していて、女の行方も、生死も、子供のこともだいたい忘れ去っていたから、と当時の状況から推測される。
それでも奴は、この初対面の糞ガキがどうやら実の子供らしいとあらゆる証拠を持って特定されてしまった手前、引き取って養育せざるを得ない。奴は両親――つまりおれの祖父母との縁はとっくに切れてしまっているというか既に死んでいるとかで、いよいよもって迷惑千番のようだった。
一緒に生活するようになってから、日常的に、奴はおれの事を「使えない奴」と表現した。その通りだろう。おれは奴に使われる気が一切起きなかった。血の繋がりを持ちだして奴隷になれと言われても、何の説得力もない。
別に奴はおれに奴隷になって欲しかったわけではないようだが、とにかく、天涯孤独の二十代男性の家に一切面識のない子供が世話になるというのは、何事もスムーズには行かなかった。
だからまあ、おれは一つ親切心を出して、先月辺りから家出してみているっていう話だ。
以上は不完全な嘘だけど。
仮におれの証言を信じるとして――すると矛盾が生じる。奴がおれを探す理由。
いなくなって、喜んでいるのが筋だろう。なぜ捜索願を出した?
簡単な話。
その警察官は食満留三郎と名乗った。私服捜査中だろうか。校門前で気まずい空気を創りだしたそいつは、まばらに通り過ぎる学生たちの目を気にして、場所を移そうと提案した。
おれは頷き、そして勘右衛門も頷いた。なぜか。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一