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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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「おれの勘では……いいか、ただの勘だ。しかし長年の調査で洗い出した事実と、刑事としての経験に基づいた、勘だ。あの現場にはもう一人が存在した。第三者だ。女性二人を殺害し、姿をくらました誰かだ。そしてその誰かは、今も社会的制裁も受けずに、のうのうと暮らしている。そうなんだろう、久々知、し」
「あ」
 変な声が出た。
 反射的に立ち上がった。おれは結構、滑稽な顔をしていただろう。
 道路へ開いたガラス張りの壁、そのあちら側に父親とあーちゃんがいた。

□十一、生存二択
 何で彼女までそこに居るんだ!
 ファミレスの敷地を囲んだ申し訳程度の緑の植え込み、それから大きな窓ガラス。それだけを隔てた向こうに、父親が人懐こく温和そうな面を下げてこちらを見ていた。
 ドアをノックするような仕草でガラス板を叩く。何かを言った。聞こえない。
 その後ろにあーちゃんがいる。
 着古されたダボダボのジャージに、長い髪を後ろで一つにまとめたあーちゃんは、幽霊のように青白く虚ろだった。
 丸く膨らんだ入った黒いボストンバッグを両手に抱いている。まるで、事実と真逆に、彼女の方がその荷物にしがみついて体を支えているようにも見える。
 彼女はおれの父親の後ろに、従うように立ち控えていた。こっちは見ていない。アスファルトへ視線を落としている。
 まさか、と脳髄の内に疑いが走った。
 彼女にも暴力を振るったのか。
 まさか、と疑った。
 いや、まさか、なんて意味がない。目に見えている事実なんて疑いようもない。おれの頭が狂っているのでなければ。彼女が、そこに立っている。そこまでは真実だ。
 父親は入り口を指さし、また何か言いつつ微笑んで頷いた。
「そっちに行くよ」
 と、言ったのだろう。
 おれはやっとテーブルに向き直り、食満留三郎を睨みつけた。
 嘘、か。おれに会う前に連絡を取ってやがったな!
「いや、おれは……」
 弁明するように、奴は首を振った。動揺を隠しきれずにいる。
「兵助、お前」
「帰る」
 座席に置いていた鞄を引っ掴んで、おれはそのテーブルを飛び出した。
 入り口に奴がいる。ウェイトレスと、一言二言を交わしている。そんな奴と喋るなよ。ただの害悪なんだ。
 こっちを見た。店内の喧騒を透かして…………奴と対峙した。
 真っ直ぐ、テーブルとテーブルの間の観念的な直線の道。その向こう側から父親が近付いてくる。
 出口が父親の背後にしかない。回避できない。苛つく。
 横目で窓の外を見た。あーちゃんがまだそこに立っている。魂の抜けたように、荷物を抱えてじっと立ったままだった。
「兵助、おれも帰るわ」
 勘右衛門も立ち上がり、それからおれの耳元に口を近づけた。
「あれがおまえの親父? なんか……」
「おかしいだろ。見たまんまだ」
「似てる」
 短く言い切って、勘右衛門は小さく頷いた。あらゆる疑惑を潰して固めたような一言だった。
「こんにちは。久しぶり」
 店内を真っ直ぐに近付き、声を掛けるのに不自然でない距離まで至ってから、父親は声を出した。
 まるで親子の再会とも思えない淡々とした短い言葉を、眉を下げていかにも悲しそうに、本心ではもっと溢れんばかりの愛情を抱いているのに、深い事情のためにそれを発揮することが許されていないのだ……と、そんなふうに周囲に思わせる態度をとる。
 おれの目の前まで来て、立ち止まった。
「探したよ」
 目元に涙が滲んでいる。握手を求めるように右手を差し出した。
 別に肉体の生理的反応を促すのはそう難しくない。嘘泣きができるなんて特技の内にも入らない。
 この男の性質で感心すべき点は、その誰でもできるような演技を、連続的に、周囲の誰もが納得するまで根気よく続けることができるということだ。涙一つに留まらず。
 一ヶ月前に行方不明になった、男手一つで育てた大切な一人息子と、やっと再会することができた。といった設定が大嘘であろうと、真面目にやり切る。多大な執着心と尊大な妄想を併せ持っていながら、今のところまでの人生が破綻していない……というか破綻していることを世間に隠し通していられるのは、この虚言癖が積み上げてきた結果だろう。
 要するに救いようのない嘘つきである。
 それが、自身の人格形成に関わる重要な期間を一緒に生活した上での、この父親に関する感想だ。
「何も言ってくれないんだね」
「食満留三郎さんと知り合いなんですか」
「え?」
「職務を越えて尽くしてくれてたみたいなんで」
 奴は驚いたような、困ったような顔をした。言うまでもないが、こんな仕草の一つも周囲を自分の思うように動かすための嘘で、本心は別の所にある。断言してやる。
 窓の外にまだあーちゃんがいる。あの大きなボストンバッグの中身はなんだろうか。小学生ぐらいの子供の死体ならちょうど入りそうだ。
 それを見せるために、わざわざ出向いて来たのか?
「いや、学生の頃の後輩なんだ。知らない仲じゃなかった。だから、息子が家出したと聞いてちょっと一肌脱いでやろうと思って」
 後ろから、刑事さんが答えた。
 これは半分の確率で嘘だ。数年前の父親の友好関係がどうなっていたのかなんて知らないが、おれを探していたのは犯人探しのためだってついさっき言っていたじゃないか。
「家に帰る気は、ないんだね」
「ない」
「どうして? 家のお金を盗んで出ていったのを、怒られると思ってるからかな」
 いやらしい奴だ。この場にいる第三者に聞こえるようにわざわざよく通る声で言う。おれの印象を落として、自分の印象は上げようとしている。こういう言い回しが上手い。
 でも、その金はおれのために国が振り込んだ金額より随分少なかったはずだろう?
 こいつの口座には、毎月何もしなくても順調にそれなりの金額が振り込まれるようになっている。おれが転がり込んできたことで父子家庭になって生活保護の対象になれたし、犯罪被害者等給付金ってやつもある。これは九年前の事件の被害者であるおれが、未だに重い障害を負っているということで……頭の方の障害だから事実どうなんだか判らないが、とにかく父親の準備した医者がずっとそう診断していたからそういうことになっている、それに対しての見舞金で、つまりどちらにしろおれが受け取るべき金だ。
 だからこいつが定職にもつかず、税金で遊んで暮らしているのは世間とおれのおかげだ。その上でこんなでかい顔とでかい声でいられるのは、ある種の特異な才能だろう。一般的な神経の持ち主なら恥ずかしくて表を歩くことも出来ないはずだ。
「おい、なんか反論しろよ」
 勘右衛門がおれの肩を叩いた。小声でもなかった。明らかに苛ついた声色で、奴に対抗するような、周囲に言い聞かせるような言い方だ。
「喋らない方がいい」
「はあ?」
「あいつは口がうまい。職業詐欺師だよ。そういうのには、端から関わらないほうがいいんだ」
「お前の父親だろ?」
「そうだ」
 勘右衛門はおれの顔を二秒ほどじっと見た。それから、頷いた。
 話が早くていい。
「金のことならそこの刑事さんにご相談されたらいいんじゃないですか。出るとこに出るとか」
「そういうのって可能なの?」
 と、勘右衛門が刑事に向かって言った。