嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
急に話を振られたからか、刑事は目をきょとんとさせて、
「それは……」と言い澱んだ。
「それは、無理だ。基本的に警察は親族間の金銭トラブルに介入することはない」
「そりゃそうか。どうすんの?」
「帰る」
「出直し?」
他人事だからってニヤニヤしやがって。相変わらず楽しそうにしている。別に嫌いじゃないんだけど。
「出直しって、もしかして何か悪いことを企んでいるんじゃ……」
痛ましげに言う。父親は、いかにも心配しているといった演技で、子供を思いやる穏やかな性格の父親という、外側の印象を完成させようと図っている。
考えてみると、嘘を吐くこいつの顔を正面から見たのは初めてだ。父親はおれに対してはそれなりに正直だった。もちろん正直者だから善人というわけではない。大抵の殺人鬼は、犯行現場では自分の欲望に正直だったはずだ。
「もう帰ります。家には戻りません。さよなら」
少し芝居がかった台詞だろうか? たまに父親の血というものを感じて気分が悪くなる。
こんなところでやり合って、おれの方には不利益しかない。父親の方は、色々あるんだろうけど。
おれは出口に向かって真っ直ぐに歩いた。ざわついたファミレス店内に好奇の視線が飛び交っている。できるだけ目を合わせないようにして、父親の横を通り過ぎた。奴は何かに耐えるような顔で目を瞑り唇を噛み、道を譲った。勘右衛門が後に続いた。
「すみません、先輩。あの子はまだ幼児同然で……」
後ろから父親の声が聞こえた。あの刑事に向かって言っているのだろう。やはり判り易い物言いだった。クソ腹が立つ。
□十二、見えない迷路
ファミレス前の薄ら汚い路上から彼女の影が無くなっていた。あの屑と言い合っている内に、いなくなってしまった。どこに消えた?
「おい、兵助、ちよっと待てって」
「なんだよ」
背後から勘右衛門に肩を掴まれて、立ち止まった。
「なんだよってお前な、ちょっと説明しろよ」
「何を? 親のこと? なら見たまんまだって」
「それも気になるけどさ。まずお前、どこに行くのよ」
「あ?」
「お前んちこっちじゃねーだろ」
と、勘右衛門はおれの走っていた方向を指さしつつ言った。日の落ちかけた青黒い住宅街の隙間を縫う路地裏。
「別にどっか用事あるってんなら、いいんだよ。でも急に走り出すってのはさ、異常だよ」
急いでいた。慌てていた。彼女が消えた。探そうと思った。異常でもない。でも、他人の目から見たら、異常か。
「さっき、外に綾部がいたんだ。一年の、綾部」
「外?」
「父親の後ろに居た。店に入って来なくて、気がついたら居なくなってた」
「あの一年の女子か」
呟いて、少し考えてから首を振った。
「見てない。覚えてない」
「居たんだ」
「お前の親父と一緒にってこと?」
「そう」
「何でだよ」
「知らない」
「ああ、だからか」
勘右衛門はふっと笑い、おれの横に並んだ。いや、通り越して道の先に立った。
「探して聞き出せばいいわけだ。こっち?」
「あっちの方に住んでる筈だから。とりあえず無事に家に帰ってれば」
「なるほど」
頷き、歩き出した。おれも。走る程でもない速度で。
「家に帰ってるって確証あるわけ?」
「ない」
「他に心当たりは」
「……ない」
「いや、実はファミレス周辺にまだ居る可能性だってあるでしょ。お前の親父が連れて来たって言うならさ」
その通りだし、もしかしたら奴の自宅へ向かっているかも知れない。おれは自分が生活していた建造物の場所ぐらい覚えている。ここからさほど離れてはいない。あるいはあのボストンバッグの中身を遺棄するために、人気の無い森に入って行っているかも知れない。さもなくば、いつも通りに夕飯の買い物に向かっているかもしれない。
彼女の意図なんて判らない。判れば追いはしない。
「もしも彼女が家に帰っている訳じゃないなら、諦める」
「え、なんで? どういうこと?」
「誰にも言うなよ」
立ち止まる。勘右衛門に向き直った。おれはまるで犯人の死刑判決を待つ遺族のような深刻な表情をしていただろう。比喩にもならない。まるで……まるでその通りだ。
中途半端に振り返った勘右衛門が、何か言いたげに口を開き、しかしながら黙ってこっちの出方を待った。
「あいつが犯人なんだ」
「犯人」
囁くように、呟くように、オウム返しに、勘右衛門は独り言ちた。
「最近の」
と、そこまで言った時、勘右衛門が首を振っておれを制した。
「人が来る」
それまで向かっていた方向を指さし、低く言った。歩き出す。大股で追って、横に並んだ。
奴が追ってきている可能性は、否定できない。
「最近の?」
「誘拐と殺害と遺棄」
自然、二人揃って低い声になる。
「お前の親父だ」
「そうだ。別に、親が殺人犯の奴だってこの世にいくらでも居る。殺人なんて世界中いつでもひっきりなしに行われてるんだし」
「まあ、そうだろうけどよ。なんで警察に行かないの?」
「証拠がない」
「じゃあ何で……」
「だっておれが容疑者に数えられてるんだ。被害者の一人がいなくなった前後で、目撃証言があって」
「あっ」
小さく驚愕の声を上げて、勘右衛門はまじまじとおれの顔を見つめた。それからゆっくりと、全身を頭上から踵まで、視線を一往復させた。
「先に気付けよ、名探偵」
先日からバラバラ死体で見つかってる女の子と、ほぼ同時期に行方不明になった双子の兄がいる。ほぼ一ヶ月半以前。彼の消息は不明なままだ。おれも知らない。が、彼が姿を消す直前に、その自宅近辺で不振な男が目撃されている。
これは一応、警察が掴んでいる非公開の情報だ。
でも自称名探偵の小浜勘右衛門ならそのぐらい把握して然るべき、だろう?
ニュースになっていないこととはいえ、周辺住民の間では評判になっているんだ。
つまり、その目撃情報によると、おれが一番怪しいってことになっている。おれと背格好容姿のよく似た不振な男が、少年の手を引いて歩いていたって、目撃者が言うんだから。
もちろんおれは犯人じゃない。アリバイがないから、潔癖を証明できないだけで。
だから、という話。
「いや、でもそれは……確かに異常に似てるけど……ちょっと、短絡的な推理じゃないか?」
「まあ、これだけなら。だから警察にはまだ言えない。半端なことやると、逃げ切られそうだから」
「証拠揃えて、追い詰めるつもりか」
「そうだ」
勘右衛門は深刻に黙り込んだ。口角が僅に持ち上がり、薄い唇の隙間が不敵に笑っている。
良かった、本当に。こいつは正義側の無責任な野次馬。
正義に見える方を取り敢えず応援しようって腹だろう。もちろん、怪しいと思われた時点で手の平返されそうだけど。
「お前は本当に面白いよ」
「そりゃどうも」
「褒めてるぜ」
「判ってるよ」
何故か勘右衛門は小さく噴き出して笑った。
「だから……つまり、父親の所にいるとかなら、もうどうせ手に負えないから、諦める」
「そうか……うん、それなら……判った。で、その目撃証言でお前の親父よりお前の方が先に疑われたのは、お前が失踪しているって情報があったからか」
「それと、父親にはどうやらアリバイがあるらしい」
「知人の証言−−?」
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一