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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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「そう。その日は日頃から通ってるパチンコ屋に一日中居たって、パチンコ友達からの証言」
 よくも人の金で、そう浅ましいことができるもんだ。別に返してもらおうとか思ってないが。
「詐欺師は好きよね、パチンコって。詐欺って詐欺返されるっていうね。にしても小銭で偽装できそうなアリバイだ」
「口がうまいから。バレない自信はあるんだろう」
「意外とバレないかどうか不安で仕方なかったりするんじゃない。だってお前は、そのうち出る所に出て親父に不利な証言する気マンマンなんでしょ」
「まあね」
「怖えなあ。ホント、夜道に気をつけなよ、君は。もはや、おれもだろうけど」
 おれは笑いもしないで頷いた。冗談にもならない話だ。何にせよ、まずおれが殺されちゃ、全ておしまい。居場所も知られてしまったようだし。その前に。
 日が落ちた。
 住宅街の街灯が、まだ点灯されていない。光もないのに幾つもの影が重なり合って、重苦しい空気が漂い始めた。目の前にいるはずの勘右衛門の顔さえ読めない。空気は静まり返り、人の体温なんてものが少しも感じられないような暗さだ。多分、もうほとんどの人が家に篭っている。通りすがりも期待できず、誰の証言も得られない。これだから田舎は……なんだか、殺人にも格好のシチュエーションじゃないか。
「それにしても」見えない顔で勘右衛門が言った。「それにしてもお前、本当に親父と似てるよ。損な人生だな」
「今更」
 その後に続ける言葉が出なかった。
 似てる、だって。やめてくれ。
 それはおれの猟奇性の最たる証明だ。奴に生き写しの顔体。それは客観的な科学的な理性的な物理的な異常性なんだ。やめてくれ。反吐が出る。
「あいつ年いくつなの」
「二十六」
「は? お前は?」
「十七。お前と同じだって」
 勘右衛門は、暫く絶句していたようだった。暗くて表情が見えない。
 いや、でも、前例はいくらでも……と、ブツブツ呟く声が聞こえた。そうだ、生理学上、全く不可能なわけじゃない。社会的な異常性が横たわっているだけで。
 その時、俄にジジジ……という音を立てて、一斉に街灯が光りだした。
 ぼやけた輪郭だが、奴の顔がようやく見えるようになった。小難しい顔をしていた。
「よく信じる気になるよな」
 薄らボンヤリした黄色光に誘発されたみたいに、ふと、意味もなく呟いた。皮肉めいて聞こえたかもしれないが、蔑まれるべきは「嘘つき」のおれの方だろう。今話した内容には、嘘はないけど。
 勘右衛門は小難しい顔を急にほどいて、丸く見開かれた目で、こっちを見た。
「あ」
 ポカンと開いた唇。
 違う、視線が素通りしている。
 右の利き手のを少しだけ持ち上げている。控えめに指差すような仕草。
 頭だけ、後ろへ回した。緩慢だった、おれの動きは。視界で捉えるより先に、パタパタと走り去って行く足音が聞こえたのだ。
「あいつだ!」
 勘右衛門が弾かれたように走り出した。
 あいつ、だ!
 長い髪の影が、鈍く光る住宅街の路地裏にたなびいていた。
 彼女の消えた曲がり角へ、走る。追う。短い路地の向こうに、細長い人間の後ろ姿が見える。黒いアスファルトを蹴りつけて、左右に流れて行く情景の中、走った。
 彼女はまた走る。逃げていく。路地を右手に、左手に、路面駐車の車の影へ、影を縫うように、弱々しく細い二本の足を懸命に動かしている。
 次第に彼女との距離は縮まっていた。
 おれは彼女よりは早く走れる。彼女は、クラスでも左程足の早い方じゃない。知っている。いつか遠くから、彼女のクラスの体育の授業を見ていた。
 それに彼女は大きな荷物を抱えていた。重たそうな、幼児の一人でも収納できそうな黒いバッグ……。
 追いつける、と思った。難なく。その揺れる長い髪を掴み上げて、引き摺り倒すことができる、と。
 小汚い公園に沿う道へ出た。砂場、ブランコ、ジャングルジム、滑り台、ベンチ。すべての金属は錆び付いて、全ての木材は腐食しすり減っていた。錆びたオレンジ色の電灯が木々の隙間で喘ぎ喘ぎ光を落としていた。
 長い一本道だった。彼女は真っ直ぐに走っていくだろう。
 多分この道を走り切る前に追いつける。
 走った道筋について考えていた。以前ここからそう遠く離れていない所にいる父親と暮らしていたにも拘らず、おれはこの町の殆どを地図でしか知らない。
 引き返すこと、彼女を連れて、若くは一人で……引き返すこと、を想定していた。先のことを。
 なんだか、まだ余裕があるみたいだ。
 彼女の背中へ手を伸ばした。
 髪を引き摺る必要はない。
 急に彼女が身体を捻り、振り返った。
 伸ばした手が宙を掴む。
 あーちゃん、君はまるで追い詰められた子犬のように、顔を歪めていた。その端整な顔が一瞬だけ視界に入り込んだ。
 その瞬間、彼女の体が車道の真ん中へ弾き飛ばされた。
 抱えていたバッグが、地面に墜落する。
「グゥッ」
 と、形容し難い呻き声が、地面近くから弱く響いた。
 彼女を突き飛ばした黒い塊が立ち上がる。
 ところでおれの通う高校の制服は深い緑と紺のチェックのブレザーで、こんなに暗い夜は当たり前だけど真っ黒に見える。
 まして勘右衛門は髪も染めず真っ黒な頭をしている。おれも染めてないけど。
「こう、頭も使わないとね。馬鹿正直に走り回るだけじゃあな」
 得意気に、息も上げず、勘右衛門はニヤリと笑った。
 どうやらおれに対して言っているらしい。
 そういえばこいつ、いつの間にか姿が見えなくなっていた。どこかに置いてきたかと思ってたら。
 別に待ち伏せなんかしなくても追いつけてたタイミングだったと思うんだけど。
 地面の上で体を折り曲げていたあーちゃんが、弱々しく身体を震わせて上体を起こそうとしていた。
 勘右衛門は彼女には目もくれず、落ちたバッグの方へ近づいていく。
「兵助はあっち」
 と、視線も向けず言う。
「指示すんなよ」
 彼女がパッと顔をあげた。深刻に、どこか大怪我でもしたかのような悲劇的な目でおれを見た。
 それを少し離れた所から見下ろしている。
 おれは全く何も準備していない自分に気がついた。
 なぜ、と訊ねて……回答は得られるのだろうか、権利はあるのだろうか……。
 一歩、近づく。
 彼女が全身をビクリと震わせた。
 そもそも彼女の全ての不幸はおれがこの世に生まれてきてしまったことに起因するわけで。
 追いかけなくてもよかった。無事に家に帰れたことを確認できれば、それで短絡的な願い事は完成していたんじゃないだろうか。
 もう一歩、近づく。
 黄ばんだ街灯の光の下で、彼女の瞳は徐々に燃えるような怒りを灯し始めていた。……暗すぎて見えていなかっただけだろうか。
「綾部」
 彼女は、その名を呼ばれて、あまりにも大きな衝撃を受けたように、また身体を震わせた。その弾みで、一つに結ばれていた髪がほどけた。走っていた間に緩んだのだろうか。風が吹き流れ、顔に、全身に、その豊かな髪が蛇のようにうねり、絡みつく。
 黒々とした髪の隙間から、彼女がおれを見上げていた。
 ギラリと光り輝く彼女の目玉の、ま白い部分が黒の隙間から覗いている……。
「うわっ」