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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 水を注したのは勘右衛門の悲鳴だった。ドン、と地面に何か落ちた音が続いた。
 反射的に振り向く。
 まず路面に尻餅をついた勘右衛門が目に入った。
「兵助! あ、あれ!」
 大げさ以上に震える手が、指差した先。
 あーちゃんが抱えていた黒いボストンバッグ。勘右衛門がそうしたのか、その口が大きく開いている。
 その瞼のような隙間から、肌色の棒切れのようなものがはみ出ていた。折れた棒切れのような。まるで人間の腕のように、肘の所で折れた棒切れのようなものが。
 幼い子供の腕のようなものが!
「見るな!」
 ハッとした。背後から凛々しく甲高い声が、身を突き刺すような鋭さで投げられた。
 あーちゃん。多分恐らく状況から推測するにそれは間違いなくあーちゃんが放った叫びだ。
 そして彼女は自らの髪を全身に絡み付けたまま、猫のように四足で地面を滑走し、勘右衛門の目前に転がる子供入りのバッグの所まで駆け抜けると、再び両手でそれを抱え上げ、ガードレールを飛び越えて公園の中へ飛び込んだ。
「待て!」
 勘右衛門が吠えた。
 土を蹴って公園を逃げ惑うあーちゃんに向かって。
「あいつだ、実行犯だ!」
 それは、確かに、正義の敵意を抱いた叫び声だった。さっきまで腰を抜かしていた癖に。
 彼女を。何だって? 彼女が、何だって? 彼女に?
 実行犯。何の? 死体遺棄? 拉致? 殺人? 犯罪者?
 ……手段も理性も秩序もクソもない。これだけは。あーちゃんに対するこのことだけは。この感情だけは、まだ未成熟なままでいる。
「兵助、早く来い!」
 公園の中心で勘右衛門がおれを振り返り叫んでいた。
 走った。
 三者三様。
 彼女は多分、恐怖に。
 奴は恐らく、正義で。
 おれは、多分これは、愛と呼ぶのだと思う。
 勘右衛門の手が彼女を絡めとる前に。
「兵助?」
 影が、驚き動きを止めた勘右衛門の顔の上に、落ちた。
 おれの影。
 少しの躊躇いもなく、速度と体重とありったけの力で、勘右衛門の鼻っ面をぶん殴った。
「ぐぇっ」
 と、不恰好な悲鳴を上げて、勘右衛門は背後にあったコンクリート製のドーム型の滑り台に背中をぶつけた。
 土の上にいくらかの鮮血が飛び散った。
 そんなことはどうでもいい。
 おれは勘右衛門から視線を外し、公園の中をぐるりと見回した。
 入ってきたのとは逆にある、鬱蒼と茂る木々に囲まれた出口に、人の影がある。
 あーちゃん。君は自分と無関係な場所で発生した物騒な物音に驚き、足を止めてこちらを見ていた。
 君を探す僕と、君は必然的に視線が交わった。
「早く――」
 そこまで言った時、後頭部に鈍い衝撃が走った。
「ふざけんなよ!」
 勘右衛門の正当な怒号が続いた。
 こんなのは、全く理に適った怒りだった。予測できなかったおれが、にぶいだけ。
 あーちゃんが踵を返した。それだけを見届けてから、前に倒れ込みそうになる体を両足で踏ん張って、勘右衛門の方へと向き直った。
 勘右衛門は二発目の拳を握りしめていた。
「なんだよ」
 鼻血で下半分赤くなった顔が、若干、怯んだ様に言った。
 何って、何も証明なんて出来ないから、手が出たんだ。そんなのは弁明にならない。判っている。
「なんか言えよ。何のつもりだ。邪魔すんなよ!」
 語気を強めた。
 こいつは、諦めてはいない。
 当たり前だ。その通り。
 こっちの方が正しいんだ。
 でも、おれは猛然と奴の襟元へ手を伸ばした。
 もう一度、コンクリートの壁に背中を打ち付けるようと思った。が、さっきのように簡単に突き飛ばされたりはしなかった。
 この暴力は分り易すぎたらしい。
 勘右衛門はその前に半歩を引いて背中をコンクリートへ貼り付けて、衝撃を耐える姿勢に入っていた。
 おれは確かに勘右衛門の襟首を両手で突き飛ばした。存外に手応えがなかった。
 だからおれは奴の首をいつでも締め上げることができるように、その首筋に両手のひらを這わせて、壁へ押し付けた。
 その左手を、勘右衛門の手が掴んだ。それから鼻血まみれの顔でニヤリと笑った。
「笑うな」
 その笑い顔に、急に怒りが湧き上がった。
 彼女を馬鹿にされているんじゃないか、と、そんな考えを抱いた。
「笑うよ。お前面白いわ」
「彼女は犯人じゃない」
「彼女……彼女か!」
「何がおかしい」
 別にその理由なんか知りたくはない。こいつが笑っていようがそうで無かろうが、どうでもいいことなんだ。客観的に考えると。どうやらおれは滑稽であるらしいが、それはこいつの主観であって甚だどうでもいいことだ。それに腹を立てているおれの感情も、全く、どうでもいい筈だ。
 クソ、笑うなよ! 部外者の分際で!
「お前、これは犯罪幇助だぜ、判ってんのか?」
「彼女は犯罪者じゃない」
「いや! おれは見た! あれが何なのか、お前の位置からははっきり見えなかっただろうが、おれは証言できる」
「やめろ」
「庇う気持ちは判るさ。でもなァ、兵助君、現代日本じゃ、それは悪、って区分だぜ」
 息が止まった。
 肉体が何もかも不要になったような気分だった。脳髄だけが宙にぽかんと浮いているような。
 利害が反した。明確にそれは提示された。だから、
「殺してやる」
 冷えた手指が、思考と同期して速やかに動いた。
 やわらかい首の肉に人差し指と親指がめり込んでいく。おれは両手で勘右衛門の首を絞めている。その生暖かい皮膚は次第に湿気りを帯び始めた。酸素と血液が、細くされた管の中を喘ぎ喘ぎ流れていくのが判る。
 殺す必要があるとは思わない。口をついて出たのは真っ赤な嘘だ。
「脅しか」
 赤くなった顔を歪めながら、掠れた声で勘右衛門は言った。抵抗もせずに。なんでだ?
「脅しだよ。警察に彼女のことを言うなら、殺してやる」
「今じゃ、無いんだな。手、離せよ。気持ち悪いんだよ」
「今だ」
「それじゃ、話が、違うじゃねぇか。馬鹿野郎、目撃者がいる……」
 ギクリとして、おれは周囲を見回した。公演の内部……遊具の影……道路際に植えられた樹木……鬱蒼と茂るその葉の隙間……オレンジの街灯……外側には沈黙して並ぶ住宅街……人影は無かった。不気味なほど、生きたものは何もなかった。その静寂につられて、自分も息を止めていた。そして何度も目を凝らして全てを見回した。
「落ち着いた?」
 視線を戻すと、勘右衛門は悠々と笑いながら、手の甲で鼻血を拭っていた。
 いつの間にか、おれは手の力を緩めていた。どころか、完全に奴から手を離していた。元々、本当に殺人なんてことをするつもりは無かったけど。
「今殺したら脅しにならないっつうの。大声出してやろうかと思った。助けてぇー殺されるーっつってよ」
「なんで出さなかった?」
「はっはっは」
 まったく愉快でもなさそうに、愉快に笑い、勘右衛門はおれの顔の前に人差し指を一つ、立てた。
「一つ、教えてやらなければならないと思ってさ」
「何だって?」
「お前を脅し返してやろう」
「はあ?」
 ニヤニヤ笑う顔を凝視した。無意識下で眉間の筋肉が緊張した。睨んでいるのはわざとじゃない。こいつの言動がそうさせただけ。
「おれは、お前が隠そうとしている真実を知ってしまった。警察も知らないようなネタだ」