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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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「そりゃ、初めてならまず信用してもらえるように努力するよ。この仕事はそれがまず骨が折れるんだ。でも君は、もう三回目だし」
「というか、そもそもおれは患者じゃないんですよね」
「ああ、そうだな、その通り。クソっ、また話逸らしやがったな! 僕が訊きたいのは、君が何のために行動しているのかっていう……」
「まるで容疑者に対する詰問みたいですね」
 伊作さんは、ウッと言葉を詰まらせた。
「どうして他人がそんな事を知りたがるんですか? 好奇心か、正義感か、あるいは誰かから報酬でも貰っているのか」
「……あとは、同情と責任感さ」
「あ、そうだ。それも」
「どれも、だよ。お金以外は、全部だ」
「悪意も?」
「悪意?」
 きょとんとして、おれの目を見た。
「人間の行動の動機、全部って」
「馬鹿か! それを言ったら食欲とか性欲とか、何でもあるじゃないか!」
「それは気持ち悪いです」
「お前な」
 と、何かを言い掛けたながら何かを飲み込み、伊作さんは口籠った。
 それから、吸う、吐く、と、荒い深呼吸を行った後、眉間を押さえて少し俯いた。
「君は」
 伊作さんは、うつむいたまま少し考えた。ややあって、眉間を押さえた右手の指先で重たい頭を上に押し返した。
「君は患者なんかじゃないから言うけど」
 また少しうつむいて、同じように親指で眉間を押さえた。
「クソ野郎だな」
「あはは」
 変な笑いが出た。
 真面目腐って、言うことだろうか。
「おかしいか? これでも立場を考えてオブラートに包んでやった」
「あ、おれ今冗談を解しました。そういうことですよね? だってそんなの、言う必要のない事だ。本当に思っていたとしても」
「ないな。ない。違う。ただ、僕が腹が立つから言った。僕の素直な気持ちだ」
「おれのこと嫌いですか?」
「はあ?」
 伊作さんは、訝しげに眉を顰めた。その顔はまじまじとこちらを眺めて、次第に意気消沈したように眉尻が下がっていった。
「そんな親に捨てられた子供みたいなこと言うなよ」
 と言って、さも苦しげに溜息をついた。
 これは親に捨てられた子供の顔だろうか、と思って、自分の顔を両手で触った。手のひらでその起伏を撫でた。判らない。
 別に、実際に捨てられてはいない。逃げ出しただけだ。
「僕が君に抱いている大半の感情は同情だ。大人として、他人として、友人として。たからどんなに君が減らず口のうまい小生意気なクソガキだとしても、僕は君の味方だよ」
 失敗したな、と思った。別にこの人のこんな重苦しい告白が聞きたかった訳じゃない。こんな空気はあまり好きじゃない。どう反応を返せばいいか判らないし、何の利益もない。
 顔を上げて時計を見上げた。
 何を思ったのか、伊作さんは小さくビクリと震えた。
「監視って言ったのはさ、勿論、師匠に君の面倒を見るように言われてるからだよ」と、早口に喋り始めた。
「社会に出て日の浅い君を援助しなければならない。とは仰せつかったものの、しかし師匠は僕に詳しい話などしなかった。調べりゃ判るって言って、君を送りつけてきた。僕は君らの記録をできる限り調べ上げた。公に報道されなかった分も含めてね。でも、そこまでだ。僕は事件の一部始終を見ていたわけじゃない。事件後の君を監視していたわけでもない。調べれば調べるほど君についての記録は僕の精神を大いに落ち込ませたが、しかし結局、それでも僕は何も知らないも同然さ」
「しばらくの間面倒を見るってだけなら、何も知らなくても構わないでしょう」
「そうはいくもんか。君もさっき言ったぞ、好奇心って」
 好奇心。
 おれの周囲に集まる正常な人間は、皆そうだ。殆ど、恐らく、多分。
「僕が君の味方である動機は同情。僕が君の個人的な情報を知りたいのは好奇心のせい。はっきり言うと、学術的な視点から、君の境遇と精神に興味がある。君はこの世に何を求めているのか? あーあ、それはどうせ師匠にはちゃんと話してるんだろ。だから師匠は君を信じてこの街に送り返してきたんだ。そんなことはちゃんと判っているんだぞ。それなら何で僕は信用してくれないんだ。僕だけ蚊帳の外で、機械のように動くことなんて出来ないからな」
 早口で捲し立て、後半はほとんどおれの方など見ずに、天井と空中に向かって嘆きを飛ばし、終いにはいじけたように机へ突っ伏した。
「なあ」
 机に伏した腕の隙間から、ちらりと視線をのぞかせた。子供っぽいな、この人。そんな側面もある。
「僕は結構、君には本音で接しているつもりなんだけど」
 様子をうかがう目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 本音で? 嘘はないと? あるいはそうなのかもしれない。でも、この仕草は演技がかっている。
「だんまりか。そうか、僕のことが嫌いだからか」
「そういうわけじゃないです」
「いいんだ。好き嫌いで物事を語れよ。そのほうがよっぽど人間的で安心する」
「誰が?」
「僕が、安心する」
「おれ、別に伊作さんの安心のために生きてるわけじゃないんですけど」
「腹立つなあ、ほんと。皮肉ならせめてちょっと笑って言ってごらんよ」
「笑ってませんか?」
「僕は君の笑った顔を見たことがない。師匠も君はほとんど表情が変わらないと言っていた。無理もないけど」
「さっき笑いませんでしたっけ」
「ひどい顔だった」
 普通に笑ったつもりだった。笑い方を教えられたことは今までの人生で一度もないが、多くの他人がおれの前で笑うのを見て、それは充分に学習していたつもりだった。
「せっかく可愛らしい顔をしているんだから、もったいない」
「可愛い?」
 クソみたいな話だ。
 おれはおれの顔が好きじゃない。何しろあのクソ以下の親の生き写しの顔だ。だから今のところは、好きじゃない。奴は後からおれの前に現れた癖に、誰もが奴こそがこの顔の正当な持ち主であるかのように言うのが気に食わない。遺伝の正当性っていうのは机上以外の何処にある。
「伊作さんの方が女みたいな顔してるじゃないですか」
「いや、そう思ってるのは君だけだよ」
「後ろから見たらどっちかわからないですよ。髪、切らないんですか?」
「わからないのは君だけだ。普通の人間なら髪の長さ以外にも骨格や肌の色、身長や体型服装、その他色々をトータルして判断するものだ。その複合的な判断能力は、成長と共に見に付くものなんだ。通常ならね。だから君がそれを苦手とするのも無理はない。拗ねるなよ。拗ねるならもっと顔に出しなさい」
「拗ねてませんよ」
「何が癇に障ったかな」
 顔の話を持ちだされたことで怒りはしているが、別に拗ねてはいない。これじゃ本当に十歳児のような扱いじゃないか。
「感情を表現しなさい。それが難しいんだろう。まだ君には治療が必要だよ」
「もう帰ります」
 苛ついていた。おれは答えを聞く前に立ち上がった。
「また来週もおいで、久々知少年」
 引き止められなかった。
 あと三十分。
 予定よりも随分短い時間で重病人が開放されたとなると、看護婦は訝しむだろう。伊作さんが嫌がったのはそのことだろうし、本当のところおれもあまり他人に不信感を与えるようなことはしたくない。