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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 でも、この人とあまりにシリアスな話し合いをするのは、楽しくない。何となく。哀れんで扱われるのが我慢できないほど嫌なわけじゃない。別に、この人に嫌悪感があるとか、そういうわけじゃないんだけど。
 顔の話が不快だった。今日は多分それだけだ。
「あ、そうだ」
 伊作さんが急に跳ね起きた。
「あのさあ、君に紹介したい人がいるんだよ。高校の頃の僕の同級生でね」
「はあ」
「向こうにはもう君の話はしちゃったんだけどさ、そいつ今警察やってるんだよ」
 えへへ、と少し誤魔化しを含めたように頭を掻いた。何故か? 何故かって。
「良い奴だから、色々相談してみるといいと思うよ。口もそこそこ固いしさぁ。今度の日曜日にでも会ってみたいって」
 どうして人間ってのはみんな嘘つきなんだろう。もしかしたら人間の必要十分条件なのかもしれない。嘘は。
 伊作さんはおれの手に無理やりそいつの連絡先を書いたメモ用紙を握らせた。
 やっぱり見覚えのある名前だ。
 食満留三郎。
 人の個人情報を勝手に他人に売りつけやがってこのオカマ野郎、などとは言わずに、おとなしく頷いた。

 診察室から出ると、待合室はさっきまでよりも賑わっていた。とは言っても、誰も自由には喋らない。親子連れ、夫婦、恋人同士……のように見えるいくつかのグループが、弱々しい声で断片的な会話を交わしていた。
「へーくん!」
 患者を並べたソファーの一番前で、あーちゃんが大声でおれを読んだ。甲高い少女の声。人々は萎縮し、受付で働く看護婦たちが鋭い目をこっちに向けた。
「あーちゃん、病院では静かに」
「遅いです。家で待っている人も居るんですよ。何の話をしてたんですか?」
 あーちゃんは全くおれの話など聞かずに、まだ大きな声で……実際、大声というほどでもないんだけど、でも病院の待合室では十分騒がしく聞こえるだろう。
そんな事、言っても仕方ない。おれは診察前と同じように、彼女の隣へ腰を下ろした。
「いつも通りだよ。不安はないかとか、睡眠障害とかそういう……」
 等と嘘八百、慎重に並べながら、あやふやに煙に撒く。
「よくなりそうですか?」
「うん」
 取り敢えず、相槌。
「ふーん。へーくんは、安全なところに居ますからねー」
「ん? どういうこと?」
 まるでこの子は危険なところにいるみたいな言い方だ。
「正直にお話してるんですか、あの医者と」
 向き合った彼女の目が、不満げな光でどよんでいた。それは単に、診察というやつが長引いて、待たせてしまったからいじけているせいかと思っていたけど。いや、家を出るときから不貞腐れて口を尖らせていたから、単に病院が嫌いなのかと思っていた。病人扱いが、というか狂人扱いが、嫌なのかも、なんて。
 どうやらそれは甘い考えだったみたいだ。
 あの医者、と、憎々しげにあーちゃんは発音した。
「そりゃ、おれは患者だし、あの人は医者だからね」
「わたくしはですね、どうしてへーくんがあの医者を紹介してきたのか考えているのです」
「だっておれと同じ病院に通った方がいいだろ? こうして一緒に来れるんだから」
 言って、おれはソファーの上に置かれた彼女の手を慎重に握った。
「これはデートですか?」
「そう」
「頭おかしい二人の、慎ましやかなお付き合いですね。精神病院デート」
「心療内科だよ」
 おれは彼女の白いワンピースの袖口ばかり見ていた。あーちゃんがとんでもないことを言い出すから、どうも気まずくて。変に静かな待合室が。ここにはたくさんの人がいるのに。
 病気の人々は自分のことで手一杯で、同時に世界のすべてが気になって仕方がない。おれがそうだから、きっとみんなそうだと思う。
「わたし、あの先生がきらいです」
 確かに、おれだってあの人を信用していいのかどうか疑ってはいるんだけど。いくらあの人の知り合いだと言ってもね。何よりあの無駄に長い髪を切ってやりたくてしょうがない。
「でも、初対面じゃないか」
 あーちゃんがこの病院に来るのは、今日が初めてだ。これまで、彼女の親戚は人目を気にして遠くの街の病院に通わせていた。彼女はそれに従っていた。特に何の意図もなく。親戚連中が彼女の問題からほとんど完全に目を逸らし切っても、彼女は特になんの意図もなく同じ病院に通っていた。その病院はあーちゃんに薬を受け渡す以外の何の役にも立っていなかった。
 別に彼女にとって病院なんてどこでもいいし、なんでも良かったのだ。
 だからちょうどいいと思って、おれはあーちゃんの病院を移すことにした。
「どうしてこの病院にしましたか?」
「知り合いに紹介してもらったんだ」
「どのお知り合い?」
「かなり昔にお世話になった人」
 と、嘘。
「名前を言いなさい名前を」
「新野先生っていう人」
「知らない人」
「だろうね」
「むー、へーくんは私に教えていない人間関係がありますね」
「ま、一個人として。嫉妬してくれる?」
「私、物分かりいいように見えます?」
「見えない」
「その通りです。私はあいつが嫌いです」
「善法寺先生」
「善法寺伊作。あの人は嘘つきです。嘘つきは嫌い」
 嫉妬、じゃないよなあ、これ。
 嘘つきじゃない人間なんていないのにな。あーちゃんだってそうじゃないか。
「だからあいつは私の敵なんです」
 と、彼女はむくれてそっぽを向いた。


□十四、僕らの明るい監禁生活
 猫や犬をペットに飼ったことがあるだろうか? おれ自身はないんだけど、小学校の頃にクラスの友達から聞いた話。彼らは耳や鼻がいいからか、出かけたご主人様が家に帰ってくるのを、同じように家で家族の帰りを待つ人間のどもよりも早く察する。猫が急に玄関に走っていったと思ったら、その十分後ぐらいに長く出張に出ていた父親が帰ってきた。猫はその家に住む人間の家族の誰よりもその父親の帰りを待ちわびていて、そして誰よりも早く帰りを知ったんだって。
 友達の話しだ。かなり羨ましいと思って、親にペットを飼いたいと何度もねだった。その頃は羨ましかった。
 今は、どうだろう?
 ドアを開けた時、少年は階段を駆け下りてきて嬉しそうに「おかえりなさい」と言った。
 少年は外を見ることは一切許されていないはずなのに、戻ってきたのが少し前には判っていたようだった。
「こら、勝手に部屋から出ちゃ駄目ですよ」
 靴を脱いだあーちゃんが、彼の頭にポンと手を載せて、そう言った。ペットに躾をするように……いや、お姉さんぶって、かな。
 少年はくすぐったそうに笑う。
「怖い怖い殺人鬼が来るかもしれないんですよ」
「こんな日曜日の昼間に、ちゃんと鍵を開けて入ってくる殺人鬼なんて、いないよ」
「わたしは兵太夫のことを思って言ってるんですー」
 おれは後ろ手に、慎重に玄関の二つの鍵を回す。弱い音が鳴った。あーちゃんには聞こえただろうか?
 そうして、あーちゃんと少年のやり取りを見ながら、ペットの話を思い出していた。幼い子供なんてのは、犬猫より多少の知識があるだけで、どうも簡単に懐けることができるみたいだ。これは経験上の話。
 でも人間はペットにはならないよなぁ。
「へーくんさんも、お帰りなさい」
「ただいま」
 おれも彼女に倣って、少年の頭を撫でた。