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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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「今からご飯作ります。勝手な行動は慎んでくださいね?」
 あーちゃんは台所へ向い、おれは笹山兵太夫くんの手を引いて、二階の彼の部屋を向った。
 この少年はフルネームで笹山兵太夫くん。とても複雑な境遇下にあるために一言で彼が何なのかと説明するのは難しいけれども頑張って一言で説明すると、先日から行方不明になっている双子の兄の方で妹は既に死んでいてしかも死後あーちゃんがばらしてその辺にぶちまけてしまった不憫な子でどうやら犯人はこの双子を暫くの間監禁していたようだが何のためなのか杳として不明でまた監禁されていた間に彼らがどんな目にあったのか全然聞き出せないというか聞き出すのも申し訳ないのでなんにも聞けていなくてそのままになっているという状態でしかもこの間のあれはあーちゃんが犯人の所から掻っ攫ってきたっていうタイミングだったらしくてだからといって警察にも行けないので現在のところこの家に軟禁状態にあるっていうそういう感じ。
 もうちょっと詳しく説明すると。
 あの日、あの後、家に帰ったおれは彼女を問い詰めた。当然の流れとして。
 慌てて家に駆け戻ると、あーちゃんはまたしても裸であった。

 玄関、続いてリビングのドアを荒々しく開け、最初に目に飛び込んできたのはあーちゃんの生白い背中だった。テレビ前のソファの上で、彼女はちょうど服を脱ぎ終わった所で、胸と背中に長い暗い茶色の髪を豊かに垂らしていた。
「急に入って来ないでください」
 と、振り返った彼女は、胸の前で腕を組んで、申し訳程度の恥じらいを示した。
「な、なんで裸……」
 さっきまで走っていたおれは、息も絶え絶えに間抜けな質問を行った。
「今帰ってきたから着替え中です。文句あります?」
「別に文句は」
 言い澱みながら、でもそれどころじゃなくて、おれは部屋の中を慌てふためいて見回した。相変わらず変な感じのする、広いリビング。ワンルームマンションのように使用されているその部屋に、特に異常など無かった。おれが家を出た時と、ほとんど変わらない。裸の彼女と床に脱ぎ捨てられた制服の他は。
「なにか?」
 あーちゃんが着替えを続行しながらおれを呼んだ。
 何か。どんなに探しても何もありませんよ、と挑発されたような気がして、頭がカッと熱くなった。そう、この時は気が立っていた。
「どこにやった?」
 焦っていた。それは元々だ。鞄に入っていた子供の肉体のせいだ。今の彼女の言葉は関係ない。
 おれが彼女に詰め寄ってその手首を掴むと、あーちゃんは「わ」と小さな声を上げた。
「なにが?」
「カバン!」
「かばん?」
 あーちゃんはダボダボのシャツ一枚を羽織って、下は履いてない。そのシャツの裾から白いパンツと柔らかく伸びる二本の足が見えた。
 二人の間にソファの低い背中を挟んでいる。
「惚けるなよ」
 おれは短く言葉を切った。次に続けるべき言葉を思考しないといけなかった。
 あーちゃんは、おれの頭の中身なんて知ったことじゃない。だから、おれが次を言い出そうと口を開いた瞬間に、それを遮ってにっこり笑って喋り始めた。
「大丈夫ですよ。今度は、生きてました!」
 今度は?
 いつものように、脈絡がない。
「まって、あーちゃん。順を追って話を……」
「だからぁ、拐った子供は生きてましたよ。良かったですね」
「子供」
 おれはもう一度部屋中を見回した。
 さっきあーちゃんが抱えていた、あの黒いボストンバッグを探して、ギョロギョロと首と目玉を動かしまくった。
 この部屋に気配がない。あの中身の生身の肉体の。
「おもしろい」
 ククっという、含み笑いが彼女の唇から漏れた。
「子供は子供部屋ですよ。私達の時も、そうでしたね?」
「どこだ」
「家中の扉を開ければ見つかりますけどー。ふふ、絵本みたい」
 おれは多分すごく血走った目で、彼女の姿を見つめた。
「それは、探していいってことかな」
「駄目って言っても勝手に家の仲を嗅ぎ回っちゃうんでしょ? へーくんは、前科一犯です!」
 そう言いながら、彼女はおれの鼻筋を人差し指でつーっとなぞった。ぞわぞわする。くすぐったい。
「すごい汗」
 あーちゃんが言うとおり、額から流れた汗が右の睫毛の上まで滴り落ちた。
 息が詰まるような感じ。
 おれは彼女の手を取り落とし、踵を返した。
 リビングの入り口の扉を視線で追う。何故だかそれが遠くへ逃げていくような感じがした。
「あら」
「探すから。邪魔するなよ」
 背後の彼女の顔は見えない。後ろから聞こえた短い感嘆詞の後、音は無くなった。
 扉が遠く見えたのは、望むものがこの空間には一欠片もないと判った絶望のためだったのだと思う。
 あーちゃんの方は振り向かずに、おれはとにかく家の中のすべてを荒す決意しなければならなかった。
 焦っていた。あの子供は無事なんだろうか? いや、鞄に入っていたのは本当に子供だったのか? 精巧に作られた人形ってことはないのか? どうしてあーちゃんはその荷物を抱えていた? この家へ連れてきて何をするつもり? あーちゃんの証言は信用できる? 私達と同じように? 私達と同じように……私達と……同じように……。
 嫌悪感に近い疑惑が頭の中で繰り返された。濁った水に脳みそを沈められるような不快感を感じた。感じながら、おれは彼女に対する同情と、博愛の、個人的感情の、精一杯の愛情というものを手放すことのないように、耐えなければならなかった。それに、そんな彼女を如何にして守るべきかをきちんと考える必要にも迫れれていた。
 信じられない、と、思えば全部終わりだ。
 いや、逆か?
 彼女が犯罪者であると、信じてしまえば、終わり。
 あーちゃんは断片的だ。
 きっと意図的に嘘をついている。
 何かを隠している。
 だから彼女の行動は犯罪者的だ。
 多分それは嘘だ。
 おれは彼女のことを信じていない。
 根拠はない。それを探している。それが必要だ。ないものをないと示すための証拠を……。
 廊下に出て、リビングの隣の和室の戸の前に立つまでの短い、数秒の間。煮え立つような思考が生まれて消えた。
 頭の中が混雑している。その状態のまま、和室の襖へ手を掛け、その赤茶色の引手に、ひどく不恰好に南京錠が掛けられているのを見つけ、あっと声が出た。
 さして丈夫でもないような、紙と木の軟らかい襖の縁と、白木の戸の枠にむりやり鉄の部品がねじ込まれている。
 最初にこの家を探った時には、こんなのはなかった。
「ご連絡が遅れました」
 廊下の向こうでリビングの戸が開く音と同時に、あーちゃんの声。
 続いて、フローリングを裸足で歩くぺたぺたという音。振り向くと、着替えを終わらせた彼女が、右の手でなにか小さなものを弄びながら立っていた。
「この家の全部の部屋に鍵をかけてみました」
 と言って、右の人差し指と親指で摘んでいるのは、金色の薄く小さな鍵だった。強く握れば拉げてしまいそうな頼りなさの。
「物々しいね」
「ただの防犯対策ですよ」
 あーちゃんはおれの手を取り、小さな鍵を握らせた。
「どの部屋?」
「二階の一番奥です。他の部屋は開けちゃダメです」