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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 林と森の中間ぐらいの、結構鬱蒼とした場所だ。その中に入ると、もっと暗くなる。こういう暗さってのは大丈夫なのかな、と疑問に思うのだが、しかし自ら向かっていったんだから大丈夫なんだろう。自分の意志じゃなくて暗くなるのが駄目なのか?
 迷いなく入っていった彼女を、当然ながら追う。
 しかしながら、あーちゃんが深夜に何をしているのかぐらい、知っている。
 茫々に生えた草を掻き分けながら進む。折れた草と、土に残る足あとは、後々の犯人特定に有力な情報と為り得るだろう。彼女は無造作にサンダルを突っ掛けている。土に残った足跡は、足繁く現場に通う存在を女性と断定する。その形状から、サンダルであろうと推測される。彼女の自宅玄関に無造作に放り出されたサンダルに、この林に自生する植物、それから土がこびり付いているのが、揺るぎない物的証拠となる。こうなると、さっきの目撃証言と合わさって、犯人像は形成される。現行犯である必要はない。
 深夜に一人、夢遊病患者のように歩き回っていた少女。近所の高校の生徒。彼女自身も犯罪被害者であり、その激しいトラウマから、自らが被った犯罪と同じような犯行を、繰り返している。
 と、世間様に思われたら、無実を証明するのは困難を極めると思うので、証拠隠滅。
 とりあえずここ数日で男の足あとも沢山つけてみた。おれの足あとなんだけど。でも別人の靴を使ってるし、ここに来る度に違うやつを準備している。それも使用済みは全て焼却済みな計画性を完備している。しかし今日の靴は、自然な言い逃れに必要なので処分しない。
 とりあえず今日の分のあーちゃんの証拠も曖昧にしておかなければならないので、彼女の足あとの上をなぞるように歩いてみる。忍者みたいに。
 普通に歩いてると、あーちゃんとおれじゃ歩幅が違うんだけど、今日のあーちゃんは非常に大股で歩いているので、その点の違和感はかなり少ないだろう。
 そんなことを気遣いながら歩いてると、どうも遅れを取ってしまう。結構、距離が開いてしまった。
 まあ、いいか。見える範囲なら。淡く光る懐中電灯が目印になっている。見失うことはない。
 あーちゃんはいつの間にか、手にスコップを取っている。それは先日、夜道の真ん中で自分の頭を割るのに使っていたスコップとは違い、長い柄のついた本格的なやつだ。農家とかで使ってそうなやつ。穴を掘るには最適。
 それはあーちゃんが林の中にこっそり保管している凶器っぽいものである。保管っていうか、放置してる。
 あーちゃんはいつも素手で使っているので、この間確認したら指紋だらけだった。心優しいので拭いておいた。
 ほんと、人に見つかることとか考えてないんだろうか。多分あーちゃんは破滅的な欲望を抱いているんだろう。知らないけど。
 でももし、彼女のこれからの行為が、欲望の導くままのものだとすると、それは完全に破滅的だ。
 道もなく、何の目印もない林の中を、ただまっすぐ強い意志で進んでいくあーちゃんの背中を追っていると、確かに彼女は何か本能的なものに頼り切っているのではないかと思う。というか本能でないなら、何を目印に進んでいるんだろう? おれの気が付かなかった手掛かり? これまであんなに細かく探しまわったのに。
 おれが彼女よりも遅い速度で歩いているのは、そんなことが気になっているからだ。
 何か手掛かりが残っているんじゃないだろうかと思って。
 あーちゃんは、迷いなく進んだ先で急に立ち止まった。
 昨日も今日も、同じ場所だ。そこに在るものに用があるのだから、当然。
 持ってきたスコップで、地面を掘る。持参した懐中電灯は、足元に転がしている。弱い光が、足元だけを照らしている。彼女は真っ黒い、でこぼこした影になる。男も女もなく、年齢も消失し、そもそも人間であるかどうかも確認できない。ただ変な生き物みたいだ。見慣れた光景。
 こんな春先の夜更けでも、地面を掘り返すというのは重労働らしく、その黒い塊はいつの間にか袖をまくって、何度か額の汗を手の甲で拭った。
 その作業が終わるまで、じっと待たなくてはいけない。さすがに自分で掘り返すのは面倒だ。あーちゃんがやってくれるならおまかせ。
 その行動自体は面白くもなんともない。この場所も、犯人が残した手掛かりもない。何しろストーカーなので、彼女の行動の詳細は調べてある。もちろん穴の中になにがあるのかも、確認済み。見慣れたと言うか、見飽きたというか。
 でもほら、犯人は現場に戻るって通説が。
 もしかしたら今日かも、と思って張り込んでみているんだけど。
 無意味だな。
 これ以上は待てない。いくら涼しい春の夜でも、そろそろ期限切れ。最大の証拠が崩壊する。
 掘り返したり戻したりを繰り返している地面は、他の部分よりも柔らかい。でも、今日の朝に少し雨が降っていたから、泥は重くなっている。掘り返すのも重労働。
 そんな面倒な仕事をやってもらった直後に、意味を全部奪っていくのは申し訳ないが、しかしおれも善良な市民なので。
 おれは充分離れた場所から眺めていた。そこから、草むらをかき分けわかりやすく乱暴な足取りで、その場所に近づいた。今、駆けつけたという体。
 そんな演技。
 息を切らしてみる。走って来た、と無言の演出。
「綾部……」
 唖然と、呟く。
 あーちゃんは、ぎょっと目を大きく見開いて、振り返った。
 ひい、と息を呑む音が聞こえた。声は出ない。
 彼女の凍りついた顔と体。暗さの中に浮かび上がる、青白い輪郭。
 少し開けた場所だ。もしかしたら彼女か犯人が、草や木を少しかき分けたのかもしれない。そして彼女の足元のあたりの地面には、植物は無く、黒い穴が開いている。
 転がった懐中電灯が、穴の入り口を弱々しく照らしている。
 おれの手にした懐中電灯は、強い光で、凍りついた彼女の顔を照らした。
「何を、やってるんだ」
 おれはまだ気がついていない。穴の中にはまだ気がついていない。彼女の背後に開いた暗い穴。懐中電灯は彼女の顔だけを照らしている。
 まだ、あーちゃんは声が出ない。
 短い沈黙。おれはこの幕に最適な台詞の間を図っている。
 じっと上目遣いにおれを見上げる、二つの目。おれはまるでそれにたじろぐように、目玉だけ動かしてキョトキョトと視線を泳がせる。
 唇が乾く。その数秒間がリアリティ。
 そろそろ頃合い。
 浅い呼吸を飲み込んだ。
「こんな夜中に」
 と、言いながら、引きつった顔の彼女の方へ、一歩近づいた。
 何も気がついていない? そんな設定、無理があるな。この異臭の中だ。息をするのも、嫌になる臭い。おれにとっては嗅ぎ慣れた不快な臭気。
 しかし多分、彼女はおれの演技の違和感には気が付かない。
 彼女は犯行の途中だったんだ。まさか、自分のほうが再び被害者になるなんて考えは無いはずだ。
 おれが少し近づいただけで、彼女は身を震わせた。
 おれは最大でも詐欺罪ぐらいの予定。彼女は被害者。殺人罪や死体遺棄罪に比べれば、可愛いものだ。だからそんなに怖がらなくてもいいんだけど。
 まあ、彼女が今もっとも恐ろしいのは、犯罪者よりも、ごく当たり前の倫理観を持った赤の他人だろう。
 おれの今の役は、それ。